彼は誰時の窓下

桜部ヤスキ

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第1章

4. Enter : 歪められた世界

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 部屋。薄暗い空間。白い布。
 どうして。どうしてこんなことに。どうして
 壊れていく。大切なものが。自分の中の何かが。
 崩れていく。音もなく。あっさりと。
 …………どうして




 6月中旬。
「どう?いい出来じゃないこの看板。キャラクターもいいでしょ。僕が描いたんだー」
「……おお、すごいおどろおどろしい字体だな。キャラクターってこれ…………何、貞子?」
「あれはお化けでしょ。これはゾンビ。先月発売されたライフハザード5に出てくるキーパーソン、いやキーゾンビだよ。知らない?」
「知らない。ああいうホラー系のゲームは俺には無理だよ。怖過ぎる」
「名神君、そろそろ部室行った方がいいよ。今日合奏でしょ」
 佐々蔵と喋っているところへ、クラスの吹奏楽部員から声をかけられる。
「あ、そうだった。課題曲とヒット曲メドレーだよね。嫌な組み合わせだな。あっ先行ってて。悪い伊志森、絵の具の片付け任せてもいい?」
「あぁ、後で使うからそこ置いといてくれ。今から部活か?頑張れよ。……っておいバカ蔵!やめろ折れるだろうが!」
「はは、そっちも頑張れよ。じゃ」
 でかでかと『恐怖の探検隊』と書かれた段ボールを持ってはしゃぐ16才児のお守りを伊志森に任せ、教室を出る。
 廊下を歩いていると、放課後にもかかわらずどの教室からも賑やかな声が聞こえてくる。

 東が丘高校文化祭2日前。クラスや部活の出し物の準備もいよいよ大詰めだ。

 吹奏楽部は2日間とも演奏会をすることになっているため、毎日とにかく練習練習。新入部員唯一の初心者にとっては正直かなりきつい。
 ちなみに3組の出し物は前述の通り。要するにお化け屋敷と宝探しが合体したようなものだ。最近流行っているアクションホラーゲームの実写版をやりたいという提案にクラスのほぼ全員が賛同した。
 一応付け足すと、そのほぼ全員に含まれなかったのはホラー苦手組の伊志森と俺。佐々蔵に関しては言うまでもない。部活の練習が忙しくてクラスの準備にはあまり参加できていないが、仕掛けや小道具が着々と作成されていく過程を見るのは内心穏やかじゃない。
 渡り廊下に差し掛かると、縁に肘をついて遠くの町の景色を眺めている柳の姿があった。
 癖のない艶やかな黒髪がなびいて揺れている。
 最上階のこの通路は屋根がなく、通る度に大抵強い風に見舞われる。今日はまだマシな方か。
「柳。こんな所にいたのか。教室にいないと思ったら」
 隣に立った俺の姿を横目で捉え、再び目線を戻す。
「何もできない奴がいたところで邪魔なだけだろ」
「そんなことないって。それにまだ壁紙とか小道具とかの色塗り終わってないみたいだから、手伝ったらきっと楽しい__」
「1人で勝手にやれってか。それこそ迷惑だろ」
「俺も一緒にやるよ」
「興味ない」
 …………はぁ。つれないなほんと。
 晴れた空の下の風景を眺める表情は、この1ヶ月ずっと曇り模様。話しかけてもろくな返事が返ってこない。
 何か考え込んでいるように見えるが、その本心は分からない。突っ込んだ話はしないと言った手前深く追及し辛くもある。
「お前こそ油売ってていいのか。明後日が本番なんだろ」
「ああ……そうだね。これから部活の合奏なんだけどさ、クラスの準備に演奏練習なんてかなりハードだよ。1日を25、6時間に伸ばしてほしい。というか分身が1人ほしいな。忙しさが軽減されるかも」
「ならさっさと行け。俺相手に時間を割く暇があるなら」
「そんな言い方しなくても…………なぁ、柳。お前こういうイベント事って、あんまり好きじゃない?」
「…………賑やかなのは、あまりな」
 憂鬱そうな表情で呟くその言葉は、あまり本意ではないように感じられた。何でだろう。
 ほんとは参加したいのか、なんて訊いても否定されるだけだろうけど。
 でも、もし本当にそう思っているのだとしたら…………。
「なぁ、柳。明日が準備最終日だろ。お前もさ、出し物の完成形がどうなるか見てなよ。俺は途中部活で抜けるかもしんないから、代わりにさ」
「見てどうすんだ」
「あー、客観的視点からの改善点、とかあれば。傍から見ないと分かんないことってあるだろ。もっとこうした方がいいっていうのがあったら、俺からみんなに伝える」
「…………興味ないって言ってるだろ。それより部活はいいのか」
「あっそうだった。……じゃあまたな」
 渡り廊下を駆け抜け、部室を目指す。
 既に道中の外廊下には様々な楽器ケースが置かれ、皆合奏準備に入っている。
 それにしても、考えの読めない奴だよな。
 興味ないと言ってる割には満更嫌そうでもないように見えた。でもあいつ圧倒的に表情変化が乏しいからな。対して俺はどうなんだろう。
 そんなことを考えつつ無意識にしかめっ面でもしていたのか、楽器庫から出た所で先輩にそう指摘された。
 ……俺は顔に出やすいタイプってことね。
 何でもないですとその場を後にし、楽器ケースから取り出したマウスピースをくわえ、吹き鳴らす。
 手のひらに収まる程の小さな部品。
 これ単体だと楽器に取り付けた状態と比べて大した音量は出ないから、あの渡り廊下までは多分届かない。



 夕方。
 外はほぼ暗くなっており、西の空だけがほんのりとオレンジ色に輝いている。
 はぁーあ、今日も疲れたな。
 文化祭の演奏と並行して8月のコンクールに向けた練習もやるってほんとに大変。おまけに今日はやけに金管の音が揃ってないって先生に指摘されて、何回もやり直しさせられた。
 明日は13時から体育館リハーサルだったか。朝練もあるから早めに行こうかな。
 北棟のコンクリートの階段を下りると、下駄箱にたむろする馴染みの姿が2人。
「よっ。2人共今帰りか」
「部活お疲れー累人君。僕らもさっき切り上げたところだよ。いやぁ文化祭準備って最高だね!ついのめり込んじゃう。こうなったらとことんまでクオリティ上げるぞー!」
「俺らのクラス異様にガチ勢多いよな。完成形とか見たくねぇ……」
 ハイテンションの佐々蔵とは裏腹に、暗い顔の伊志森。
 確かに、出し物製作へのクラス全体の意欲は半端ない。早朝から夕方まで空いた時間をフル活用して準備が進んでいる。すでに教室が若干廃屋風テイストになってきていて、教科ごとの先生がやって来る度に驚いたリアクションをとる。俺も何だか落ち着かないから別教室の授業は正直ありがたい。
「前日は午後丸々準備できるんでしょ?楽しみだなー。絵具もっと買ってこようかな、赤色」
「何で赤限定だよ。ていうかあれさ、廃病院っていう舞台設定なんだろうけど絶対元からまともな施設じゃなかったでしょ。闇の研究所って言われた方がしっくりくる」
「なるほど、禁断の人体実験に手を出した禁忌の研究施設跡……いいねその設定」
「おい累人!余計なこと言うな、内容がさらにやばくなる」
「うっ、ごめん」
 そうなったらもう準備にも参加できないかもしれない。怖過ぎて。
「そ、それより早く学校出た方がよくない?最終下校時刻過ぎたら反省文でしょ」
「それまでに門から出てさえいれば大丈夫だよ。まだ15分あるから飲み物買ってこー」
「へいへい、さっさと選べよ。累人、お前は何がいい」
「えっ、あいや、俺は自分で買うよ」
「この前お前におごってもらったからその返しだ。遠慮すんな」
「そう?じゃあ……ほうじ茶」
「オッケー。相変わらず渋い選択だな」
 靴を履き替え、中庭の脇を横切る。
 各学年の教室がある南棟1階の、東側の渡り廊下横。そこに自販機が鎮座している。
「えーっと、ほうじ茶っと。俺は、そうだな……カフェオレにするか。蔵、お前も決まったか」
「んー、んー悩むなー…………じゃあ、ソルティメロン!」
「マニアックだなお前ほんと」
「これがねー、癖になるんだよ。伊志も飲んでみる?最初はほんとにね、未知の味って感じ」
「ノーサンキュー。ほらよ。累人も」
「ありがと」
 キャップを開け一口飲む。
 冷たい液体が喉を通過していく。あぁ、疲れた時にはいいな。
 少しばかり感傷に浸り、下校時刻を思い出して慌てて自転車を取りに行く。あの2人は電車通学のため駅まで歩きだが、途中まで道が同じため時々一緒に帰っている。3人共違う部活に入っているため放課後に揃うことなんて滅多にないが。
 自転車を押して裏門へ向かう。こうやって3人で帰るのって久し振りだな。
 相変わらずテンション高めの佐々蔵が、手中のペットボトルを振りながらスキップする。文化祭の出し物決めの時からずっとこんな調子だ。
「クラスの出し物もいいけど、文化祭と言えば屋台だよ!2人共この前買った食券忘れずに持ってきてよ。プログラムは明日配布だよね。どこ見て回るか決めとこうよー」
「わーったよ。あと泡立つからあんま振るなよ」
「大丈夫、泡立ってもおいしいから。何かね、5組がすごいって噂だよ。本格的な縁日みたいで、内装すごく凝ってるらしい。射的とか型抜きとかあるんだって」
「あー聞いたそれ。なんか店番の奴は浴衣着るとか」
 …………文化祭か。
 これまでの学生生活ではなかったイベントだから、もちろん楽しみではある。クラスの出し物や演奏会の練習にみんなと一緒に取り組んで…………。
 ……あぁ、そうだ。

 の中に、柳は入ってない。

 原因も解決策も分からないから現状保留。それって、見えているのに見えてない振りをしていることと、同じなんじゃないか。
 でも……だからって…………俺は…………。
「……あのさ、2人に相談なんだけど」
 気付いた時には口に出していた。
「ん?どしたよ」
「何か悩み事ー?」
「あの、えっと…………例えばさ、友達が困った状況にいるとして、俺はその状況を何とかしたいと思ってるんだ。それで、ようやく解決の糸口が見つかったのに、その友達は実行に移そうとしない。俺も手伝うと何度言ってもすげなくあしらわれる。……俺はどうしたらいいんだ。何か機会を伺っているのか、それとも、俺1人だけでも何かした方がいいのか……分からないんだ」
 地面を見つめながらつらつらと言葉を吐き出す。
 しばし沈黙が流れた後、佐々蔵が口を開いた。
「ふむ、なるほど。最近ちょっと元気ないなーって感じたのはそれが原因かー」
「えぇっ、そう見えてたの?」
「いっつもつるんでればさすがに分かるわ。問い質そうとするこいつを何度引き留めたことか」
「悩みがあるなら聞いてあげるのが親友でしょうが。なのにそっとしとけって、伊志は薄情だねー」
「お前の言う聞いてあげるはほぼ尋問なんだよ。毎回とことん質問攻めにしやがって。少しは配慮ってもんを覚えろ」
「熱心に向き合ってるってことだよ。それで累人君、君はその友達を助けたいけど、本人がなぜか協力的じゃない。困った状況にずっと居続けているってこと、だよね」
「ああ、そうなんだ」
「うーん、その状況が具体的にどういう感じなのかにもよるけどー」
「困ってるって、本人が言ったのかよ」
 何気なさそうに告げられた伊志森の言葉。
 その言葉が、なぜか胸に突き刺さった。
「えっ…………本人が、言った……?」
「お前はそいつを助けたいんだろ。でもそいつは、お前に助けてほしいと言ったのか」
 それは…………あれ。
 考えても考えても、該当する記憶が出てこない。
「困った状況っつっても、本人がそれを認めなきゃ成立しねぇよ。他人が主観でものを言っても意味がねぇ。当事者が状況をどう捉えているか、それが分からねぇと」
 ……あいつが、柳が、学校中で孤立して、話せる相手が俺だけという状況を、一度でも、自分の口から、辛いと言ったことがあったか。
 でもそんなの、言わなくたって分かる。
 あの顔は、窓際の隅でぼんやり外を眺めるあの表情は……あれは…………。
「伊志!何てこと言うんだ君は!それじゃまるで累人君が自分勝手に人に善意を押し付けてるみたいじゃないか!」
 佐々蔵がペットボトルを振り回しながら食って掛かる。容器の中は泡立って真っ白だ。
「そうは言ってねぇよ。ただあんま1人で突っ走っても失敗するかもしれねぇから」
「言い方ってものがあるでしょ。君の方がよっぽど尋問めいてたと思うけどー?」
「うっせぇ、柄じゃねんだよこういうの。んじゃ後は任せるぜ、熱心アドバイザー」
「言うだけ言って丸投げとは無責任だなー。ねぇ累人君」
「……いや、伊志森の言う通りだ」
「へ?何が?」
「困っているんだろうとか、今の状況を変えるべきだとか、俺は思ってる。けど、あいつがはっきりそう言ったことは多分ない。口に出さなくても分かるなんて思ったけど、俺は、あいつのことをどれだけ分かっているんだろう……」
 出会って2ヶ月ちょっと。ギスギスした関係から始まって、進展したと思ったらまた逆戻り。
 互いに深入りしない。そう約束した。でもそのせいで今の事態が、見て見ぬふりをしている状況が生じているのではないのか。
「何をするにせよ、情報がまだ足りないってことだ。だったら集めるまで」
「よく分かんないけど、解決したの?」
「俺1人が奔走しても解決にはならない。これは、俺達の問題だ。よし解決した。ありがとう2人共」
「んん?その解決は何の解決?」
「その解決ってどの解決」
「……あーうん、とにかく悩み事はなくなったみたいだね、よかったー。それにしても君がそんなに真剣に向き合ってるなんて、その友達って一体誰__」
「あ、7時になったぞ」
 伊志森が呟き、つられてそばにある時計を見上げる。
 現在の時刻、午後7時ちょうど。
 現在地、裏門前。
 ちなみに、まだ門はくぐってない。
「わお、みんなずらかれっ!」
 佐々蔵の掛け声と共に、一斉に学校敷地外へ駆け出した。
 教員にはバレてないよな。反省文なんて絶対ご免だ。



 翌日。
 一難去ってまた一難とは言うが、近頃二難くらい一気に来てる気がする。それだけここ数日手一杯ってことだろう。クラスでも部室でもみんなの気合の入り具合に引っ張られて、ずっと息切れしているような状態になっている気がする。
「名神君は、2日とも昼から吹部の演奏なんだよね。じゃシフト希望は午前ってことでいい?」
「あ、うん、いいよ」
「名神、担当希望とかあるか。ないならこっちで適当に決めるぞ。多分裏方の仕掛け作動役になるだろうけど」
「あ、うん、いいよ」
「累人君、この手術台のシートと患者服にもっと血糊付けていい?」
「ちょっと待て」
 最後のやつなんかおかしいぞ。
「もう十分だろ。まだ真っ赤にするのか」
「赤黒く、だよ。時間経過で乾いてこびりついた血だから。僕としてはこれじゃまだ足りないと思うんだよねー。ライフハザード5の舞台が数年前に閉鎖された病院で、あれを再現するわけでしょ。あの病院ねー、中にすごい数の病室があってね、その中に手術台がたくさん置いてある部屋があるの。どれも血で汚れたシートがかけられてて、その中の一つが突然独りでにめくれて、下から腹を裂かれたゾンビが__」
「はいストップ。あのな蔵、クラスの出し物なんだからみんなに確認とれ。いいな」
「むー、分かったよ。ねーこのシートさ……」
 伊志森に諭され、早速他の生徒の元へ塗料追加の許可を取りに行く佐々蔵。そして、小道具作成班による協議が始まった。
「……いいの?もっとやばいことになるんじゃない?」
「止めて意味あると思うか」
「……ですよね」
 文化祭準備はいよいよ大詰め。
 明日の本番に向けて、現在3組総出で教室を改装中。
 机は全て撤去され、壁や窓にはひび割れや血痕が描かれた画用紙やビニールが貼られる。黒板にはおどろおどろしい字体で書かれたルール説明。数々の脅かし仕掛けや小道具も搬入され、いよいよ本格的に廃病院へと姿を変えていく。
 今の段階で感じるクオリティの高さにぞっとしながら室内を見回すと、入口すぐ左横の壁にもたれかかる柳の姿が目に止まった。
 せっせと準備が進められる様子を、一見つまらなさそうな顔で眺めている。
 何だよ、やっぱり参加したいんじゃん。本当に興味がないならこの場にいるわけない。
 よし、確か小道具の血痕の仕上げがまだだったから、後で絵の具と筆を渡してやろう。見てるだけっていうのはやっぱりつまらないよな。これはクラスの出し物なんだから、クラス全員が参加しないとだめだろ。
 もちろん文化祭当日にも参加させなきゃな。吹部の演奏も聞かせたいし、暇な時間があったら屋台とかに連れまわそう。嫌がられるかもしれないけど。
 大方壁の模様替えは終わった。
 次は室内構図。曲がりくねった通路を作るため、仕切りの段ボールを設置していく。もちろん廃墟仕様の塗装済み。
「おい累人、それをその線に合わせて置いて……ん、どした。疲れてるのか」
「……え?あぁ、午後から演奏のリハーサルあって、その後にこっちの準備してるから、まぁちょっとは」
「ここんとこ朝も放課後も練習尽くめだろ。少し休んでてもいいぞ」
「いや、そんな大した疲労じゃないよ。それに、こういうイベントの準備って割と好きなんだ。この、みんなで協力してものを作る感じが」
 そうは言っても疲れが溜まっているのは事実。
 全身が何となくだるいし、頭もうまく働かない。明日体調不良で寝込むなんてことにはならないよな、俺の体。
「ま、程々にな。何なら今日は早めに切り上げて……ん、そういえばあいつは?」
「佐々蔵ならさっきパレット持って教室出てったけど」
「どこに何しに行ったんだ。廊下とか関係ない所汚してんじゃねぇだろうなあの野郎」
「あー、ないと願いたいね。てか前から思ってたけど、伊志森って佐々蔵の保護者みたいだよな」
「はぁ?ったく、中学ん時も言われたよそれ」
 と、やれやれというように頭をかく。
「まぁあれだ。何しでかすか分かんねぇっつーか、行動が突飛で危なっかしいとこがあんだよ、あの単細胞。だから仕方なく目を離さねぇようにしてるっつーか。気付いたらあいつの思いつきに巻き込まれてるみてぇな」
「なるほどね。でも確かに、保護者まではいかなけど気にかけたくはなるよね。何考えてるか分からない、でも何だか放っておけない。向こうが巻き込んでくるのか、こっちが心配性なのか。まぁでも

          (やめろ)

柳よりはましかな。あいつすぐ不機嫌に__」
「今、柳って言ったか」
「え?」
 顔を上げると、伊志森が手を止めてこっちを見ている。
 他にも周囲の2、3人が同様に。俺たちの会話が聞こえていたであろう範囲の人間が。
「え……言った、けど……あれ、お前、もしかしてあいつの、

          (やめろ言うな!)

柳一夜のこと知って__」
 その瞬間俺が分かったのは、その場の5人程が虚ろな目でこちらを見て、一斉に口を開いたというところまでだった。
 そして__

【ヤナギイチヤハ存在シナイ】

          (あ)


「……あれ?」
「おい累人、そっち線に合ってるか。そろそろ固定すんぞ」
「えっ?ああうん、大丈夫。じゃあ俺が段ボール持っとくから__」
「ただいまー」
 2人で仕切りをガムテープで固定すべく作業していると、佐々蔵がふらりと戻ってきた。
「すごかったよ5組。立派な屋台まで作ってあって。でも再現度ならうちのクラスも負けてないだろうな。ん、今仕切り設置中?じゃ手伝うよー」
「いや断る。お前じっと持っとけっつってできた試しねぇだろ」
「えーひどいなー。それくらいできるよ、多分。あ、実はさっき5組行く途中にパレット落としちゃって、そしたら床に絵の具が見事に血痕みたいに飛び散ってね。すごくきれいだから2人にも見てほしいんだけどー」
「……じゃあ俺、掃除しに行ってくるわ」
「ああ、悪いが頼む累人」
 佐々蔵に役目を譲り、ギャーギャー言い争う声を背に教室を出る。
 全く、何でパレット持って出たんだよ。ていうか自分で汚しといてそのまま放置するか普通。
 雑巾を手に廊下へ向かう。
 その際視界の端に映った、教室の出入口の左横。

 そこには誰もいない。最初から。

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