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終章
185:愛しい君【ヴィンセントSIDE】
しおりを挟むイクスが話したことは
俺が元々知っていることだったが、
それでも知らなかったこともある。
過去に存在していた魔術が
消えた理由が、まさか神の
交代によって起こっていたなんて。
創造神が交代するなど
あり得るのか?
と俺だけでなく
恐らく父も公爵殿もレックスも
思ったと思う。
だがイクスが当たり前のように
話をするので質問をすることも
できなくなってしまった。
イクスの感覚では
創造神が交代することは
あり得ることで、むしろ
交代することは構わないが
その後のことを
考えるべきだとか、
そんな神を批判する言葉が出てくる。
批判する気持ちはわかるが、
神に対してそんな言葉を
言っていいのだろうか。
それとも神に近い
イクスだから許されるのか。
だが俺はイクスの説明を聞き、
色んなことが腑に落ちた。
ずっと巻き込まれる形で
イクスのそばにいたが、
『精霊の樹』の時も、
なんでこんなに幼いイクスが、
と思っていた。
だがそれには理由があったのだ。
イクスの言葉に父が大きく
息を吐いた。
「イクス君が古語を読んだり
魔術が使えるのも、
そのおかげということか」
「はい、僕はその……
カミサマから加護、とか
スキルとか、色々貰ってて。
これで世界を救え!みたいな……?」
何故かイクスが可愛く首を傾げる。
なぜ疑問形なんだ?
というか、すでにイクスは
この国も世界も救った存在だ。
なのになぜ、そんなにも
自信が無さそうにしている?
世界を救っている自覚がないのか?
それとも幼く、純粋過ぎて
意味が分からず世界を救ってるのか?
「何故選ばれたのが、
こんな幼いイクス君だったのか……」
俺が思ったことを
父がそのまま口にした。
実は騎士である父は
本人は隠しているつもりだが
可愛いものが大好きだった。
俺が子どもの頃は
俺よりもイクスを
可愛がっていたと思う。
ただし、自分が厳つい顔をした
体格の大きな騎士であることで
イクスに怖がられることを
恐れていたのだろう。
イクスに隠れて俺に
菓子を持ってきて
イクスに渡すように
強要したり、
ぬいぐるみのような物を
俺を通して渡したりしていた。
そしてイクスが喜ぶ姿を
扉の陰から見て
満足そうな顔をしていたのだ。
イクスは俺の母から
貰ったと思っていたが
そうではない。
そんな斜め上の愛情表現しか
できなかった俺の父だが、
イクスを可愛がっていることは確かだ。
そんな父の友人で俺の父の
趣味を知っている公爵殿も
大きく頷く。
「この子の前世の妹が
鍵だったのだろう。
彼女の力が必要だったため、
イクスが選ばれたに違いない」
父も公爵殿も互いに顔を合わせ、
イクスは幼くて
か弱い存在なのだから、
俺たちが守らなければ、
みたいなことを確認し合っているように見える。
まぁ、言いたいことはわかる。
なんたって世界を救う、だ。
本来であれば、
屈強な騎士とか
体力が有り余るような人物が
適任だろう。
その考えにレックスも
同意らしく、
「そのせいで、幼いイクスが
犠牲になっていい筈がありません」
と大きく言う。
俺も同意してしまうが、
イクスをちらりと見ると
どことなく不機嫌だ。
きっと僕は
幼い子どもではないとか
もう18歳だとか
思っているに違いない。
俺は慰める意味も含めて
さらにイクスを抱きしめようとした。
が。
レックスがいきなり立ち上がる。
「イクス、すぐに兄様と帰ろう。
大変だったね。
疲れただろう。
そうだ、一緒におやつを食べよう。
それとも久しぶりに兄様と一緒に
寝るかい?
沢山甘えて良いんだよ」
なんだと?
イクスが可愛いは同意はしても、
一緒に寝るだの
甘えるなどはダメだ。
兄弟だからと言って
冗談ではない。
同意はできん!
俺はイクスを抱き上げた。
「イクスを甘やかすのは俺の役目だ」
レックスを威嚇するように言い、
これ以上、何か言われる前にと
部屋を後にする。
それでも公爵殿にはひと声
かけた方が良いと思い、
「イクスを休ませます」
とだけ言った。
イクスは驚いたようだったが
俺は無視だ。
ようやく会えたのだから
早く二人っきりになりたい。
それからきちんと叱らねば。
あとレックスと添い寝だけはダメだ。
それだけはきつく言わねばならない。
このハーディマン侯爵家の屋敷の
敷地内には俺たちが住むための
新居が建てられている。
イクスが週末泊まりに来るとき以外
全く使っていないので
専属の使用人はいない。
だが逆に、使用人がいないからこそ
呼ばなければ誰も来ないのだ。
ここなら思う存分、
イクスを堪能できる。
下心が全くないとは言わない。
イクスと一緒に添い寝するときは
ぎゅっと抱きしめたり、
イクスの肌に触れたりすることもある。
まだ本格的に抱いてはいないが、
イクスが初夜で恥ずかしがったり、
恐怖から拒否しないように
少しづつ淫らなことを
時間を掛けて教えているのだ。
最近では、快感を追うことも
できるようになってきた。
イクスがいいというのなら
すぐにでも『珠』を
使うことができると思う。
もちろん、まだ学生のイクスには
無理なことは理解をしているが。
俺はイクスのためにお茶を淹れた。
残念ながらこの離れには
菓子はない。
あのジュに食べられた菓子が
残っていれば持ってこれたものを。
そんなことを思いつつ、
俺はイクスの隣に座る。
肩を抱き寄せると、
イクスは俺にもたれかかってきた。
……可愛い。
愛しい気持ちが溢れて来て
口づけたくなる。
だが、今は無理だろう。
イクスはきっと疲れている。
こういう時は甘やかして、
イクスを寝かせる方向に
導く方がいい。
経験上、無理させると
イクスはすぐに熱を出すから
たっぷり甘やかして、
それから寝室に連れていこう。
いや、その前に叱らなくては。
俺を置いて行ったことだけは
一言いっておかなければ。
心を鬼にして俺はイクスを見る。
だというのに。
イクスは可愛い顔で俺の手を取った。
「あの、あのね」
小さな指を俺に絡めて
上目使いにみあげてくる。
「向こうでね、
僕、ヴィンスとの赤ちゃん、
欲しいなって思ったんだ」
は?
と、俺は思考が停止した。
それは今から俺と『珠』を
使うような真似を
したいということか?
イクスがそれを望んでくれているのか?
俺は息を吸い込む。
まさか、と思う。
イクスのことだから
きっと意味も分からずに
こんなことを言ったのだ。
そう思ったけれど。
けれども俺は愛しい気持ちと
イクスも俺との子どもを
望んでくれているという
嬉しさに。
口付けを止めることができなかった。
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