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終章
182:ほんとのこと
しおりを挟む俺は前世の話からした。
とはいえ、かなり端折ったし、
前世妹の腐った妄想の話はできない。
ただ、じつはこの世界の
神様が交代していたこと。
その弊害でこの世界の
魔力が一度、すべて
無くなったこと。
その時に魔術がこの世界から消え、
魔力が無くなってしまったが
それでは世界が成り立たないので
別の世界から、魔力の元に
なるものをこの世界に
送り込む必要があったこと。
そして。
そのパイプ役として
俺と、供給源として
俺の前世妹が選ばれたこと。
だから俺は魔力量が膨大で、
カミサマから個人的な依頼を受け
『生命の樹』のこととか、
王都の地盤沈下の件とか
そういうのを解決するために
頑張ったということを
手ぶり身振りで説明する。
嘘はついていない。
言わなかったことも多いけれど。
最初は驚いた顔をしていた
父たちも、俺の話を真剣な表情で
聞いた。
最終的には俺が着ていた服が
この世界の物の質とは
全く違うことが決定打となり
この場にいた全員が俺の言葉を
信じてくれたようだ。
相変わらずヴィンセントは
何も言わなかったが、
ハーディマン侯爵の
「お前は知っていたのか?」
というヴィンセントへの問いに
ヴィンセントは俺の背中から
顔を上げて頷いた。
「なるほどな」
とハーディマン侯爵は頷き、
父も、深く息を吐く。
兄は驚きの表情のまま固まっていたが
まぁ、荒唐無稽な話だったし、
そうなるのもわからんではない。
「イクス、それで今後
この世界はどうなるのか
神は何と言っているんだ?」
父の言葉に俺は首を傾げたくなる。
だが心配させることが
わかっているので、
言葉を濁して答えることにする。
「未来のことは何も。
ただ、この世界が自然に
魔力を生み出すことができる
ようになるには、
少し時間がかかるようです。
けれど、それは遠い未来ではないし、
あの世界とのつながりも、
今回の件で薄くなったと思います」
途切れはしてない。
でも、もう深く干渉しあうことは
ないだろう。
俺も前世妹も。
それで納得している。
俺と前世妹の『想い』が
二つの世界を繋いでいるのだから
互いが納得していれば
干渉度合いも変わっていくに違いない。
深くソファーに座り直し、
ハーディマン侯爵が俺を見る。
「イクス君が古語を読んだり
魔術が使えるのも、
そのおかげということか」
「はい、僕はその……
カミサマから加護、とか
スキルとか、色々貰ってて。
これで世界を救え!みたいな……?」
何といえばいいのかわからなくて
つい、首を傾げてしまう。
するとなぜか、
この部屋にいる全員から
ため息が聞こえた。
俺の背中からは盛大なため息がする。
背中に熱い息がかかるから
やめてほしい。
本気で今すぐにでも
抱きつきたいぐらいなんだから。
「何故選ばれたのが、
こんな幼いイクス君だったのか……」
それはどういう意味だ?
俺はもう18歳だが。
「いや、この子の前世の妹が
鍵だったのだろう。
彼女の力が必要だったため、
イクスが選ばれたに違いない」
父がハーディマン侯爵の言葉を受けて言う。
「そのせいで、幼いイクスが
犠牲になっていい筈がありません」
って急に兄が口を挟んできた。
一応兄は貴族だし、
目上の二人の話に割り込むのなら
発言の許可が必要なはずだ。
まぁ、父たちなら
この場はプライベートな場だし
構わないかもしれないけれど。
意外とこういう貴族の
しきたりっぽいことには
口うるさい兄がそれを無視して
割り込んで来るなんて、と
俺は驚く。
しかも何故か全員が
口をそろえて俺を幼いという。
俺は子どもではないのだが。
そんな俺の困惑など
気が付かない様子で
兄は俺に両手を広げて来た。
「イクス、すぐに兄様と帰ろう。
大変だったね。
疲れただろう。
そうだ、一緒におやつを食べよう。
それとも久しぶりに兄様と一緒に
寝るかい?
沢山甘えて良いんだよ」
と言われても
俺はヴィンセントの膝の上で
後ろから抱きつかれており
身動きが取れない。
「イクスを甘やかすのは俺の役目だ」
どうしたものかと思っていると
ヴィンセントが低い声でそう言い、
俺を抱き上げたまま立ち上がる。
「イクスを休ませます」
そしてそれだけピシャリというと
ヴィンセントは歩き出した。
「え、ちょっと、いいの?
父様、兄様、義父上、
すみません、ちょっと宥めてきます」
俺はなんとかそれだけ言えたが
言い終わるか終わらないかのタイミングで
部屋の扉が閉まった。
一瞬だけ見えた扉の向こうで
兄が悲しそうな顔で
両手を広げたまま固まっていた。
だよな。すまん。
うちのヴィンセントが
失礼な真似をして。
公爵邸に戻ったら
兄にはフォローを入れることにしよう。
俺の気持ちなどお構いなしに
ずんずんとヴィンセントは
大股で屋敷内を歩いて行く。
「どこに行くの?」
「俺たちの部屋だ」
という言葉通り、
俺たちはハーディマン侯爵家の
屋敷の庭を通り、俺たちの新居用の
離れまでやってきた。
ここまでめちゃくちゃ早かった。
俺が歩いたら10分以上はかかる距離だが
あっという間に連れて来られた。
離れの屋敷には必要最低限の
使用人しかいない。
それに基本は本館からの
通いの使用人になるので
俺たちが呼ばないと誰も来ない。
つまり、離れには
俺たちしかいないことになる。
ヴィンセントは俺を居間の
ソファーに座らせると、
自分でお茶を淹れた。
誰もいないから自分で
しなければならないのだが、
ヴィンセントは何でも器用に
こなしてしまう。
淹れてくれたお茶は美味かったが
ヴィンセントは俺の隣に座り、
言葉もなくただ俺を抱き寄せてくる。
これはそうとう心配かけたな。
たいしたこと無かったよ、
大丈夫だったよ、と伝えたいのだが。
だって今回は危険なことなど
何もなかったし、
それどころか甥っ子の顔を見れたのだ。
心配はかけてしまったけれど、
俺としては、妹ときちんと
別れの挨拶もできたし、
あの世界に行けて良かったと思う。
最後に妹と甥っ子と
3週間も過ごすことが出来て
いろんな踏ん切りも付いたし、
納得もした。
だから、今回の件は
俺にとって必要なことだったんだと思う。
それをどう伝えたら
ヴィンセントは理解してくれるだろうか。
そうだ。
ヴィンセントに俺は向こうで
楽しかったって伝えたら
少しは安心するだろうか。
「あの、あのね」
俺は隣に座るヴィンセントの
手を取った。
指を絡めて、ちゃんと
ここにいるよ、って想いを込める。
「向こうでね、
僕、ヴィンスとの赤ちゃん、
欲しいなって思ったんだ」
甥っ子がめちゃくちゃ可愛くて。
と言葉を続けようとしたのだが。
俺はヴィンセントの激しく動揺した、
それでいて、欲を帯びた熱が
籠った瞳を見て。
あ、言い方間違った、って思った。
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