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終章

181:帰還と時間

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 真っ暗な空間に俺はぽつんと立っていた。

バカ可愛い妹の世界に行った時は
頭痛がしたりしたが、
魔力量が安定したからなのだろうが。

物凄くすんなりと
ここに戻って来れた。

突然だったし、
戻すなら「戻すって」
一言でもいいから連絡しろよ、
って思ったけれど。

でもまぁ、いい。
ちゃんと前世妹と別れが出来た。

俺も、妹もこれで
自分の世界で終わった過去を
振り返ることなく
今の家族たちと
進んでいけると思う。

それは前世の後悔とか
そんなことではなくて。

妹は大丈夫だろうか、とか
それこそ、怪我はしてないか
仕事は順調だろうかとか。

そういう心配をせずに
前を向けると言う意味だ。

だって俺と妹はもう、
心配しても手を繋ぎ、
助けてやることはできない。

俺と妹が助け合うのではなく、
自分の力と、そして今の
自分の友人や家族たちと
助け合って生きていくのだ。

そして俺は、妹には
それができると、信じる。

俺が助けなくても大丈夫だ。
俺が心配しなくても、
妹は母になり、強くなった。

俺が心配しなくても、
あいつにはもう、愛する家族がいる。

俺が真っ暗の中、
ぎゅっと拳を握ると、
にゃ。とジュの声が頭に響いた。

「ジュ?」

俺が呼ぶと、真っ暗な中に
白く輝くジュが現れた。

大きな翼をパタパタさせて
俺の目の前で、にゃ、と鳴く

ジュの姿は大きくなっていた。
最後に見た弱弱しい
手乗り猫ではなく、
成猫ぐらいの大きさはある。

『にゃにゃ!』

ジュが大きく鳴いた。

途端、空間が明るくなり、
カミサマの玉座が目に入る。

だが、誰もいない。

ここで待ってたらいいのか?

『カエル』

ジュの声が頭に響く。

「帰る?
俺の世界に?」

俺は玉座を見る。

「そりゃ帰りたいけど、
カミサマは?

俺の成果報告とか、
ありがとう、上手く世界は
回り始めた。みたいな
感謝の言葉とか。

いや、今後世界はどうなるとか
俺はこれからどうしたらいいとか
そういう説明はないわけ?」

ジュに言っても仕方がないとは思う。
だけどさ。
これで終わりって、
どーよ、って思わないか?

困ってる時だけ呼び出して
強引に送り出して、
戻ってきたら、感謝も報酬も
ねぎらいもなく『帰れ』なんてさ。

鬼上司か!
パワハラ野郎か!

何様だよ!って神様か。

と以前もやったツッコミを
心の中で俺はして、諦めた。

そういうカミサマだってことは
元々知ってたし。

ジュが迎えに来てくれただけ
ありがたいと思うことにしよう。

だって一人だったら
こんな真っ暗な世界で
どうやってヴィンセントのところに
戻ればいいのかわからない。

途方に暮れて泣いてたところだ。

俺はジュを抱っこした。

「えっと、まずはあの秘密基地かな」

そこから屋敷に戻ろう。

どれぐらいの時間が経ってるのか
わからないけれど、前世の世界で
3週間だ。

……3時間ぐらいだったらいいな。

そしたらベットに潜って、
少し寝て、学校に行こう。

放課後は騎士団の見学を申し込んで
ヴィンセントに会いに行こう。

なんか、無性に会いたい。

ジュが俺の胸の中で、にゃ。と鳴いた。


眩しい光に一瞬、目を閉じ、
次に目を開けたら秘密基地……

……のはずだった。

のに。

「あれ?」

秘密基地でも、自室でも
ない場所に出た。

「「「イクス!」」」

と名を叫ばれて、
いきなり力強く抱きしめられる。

ジュが苦しそうに、にゃ!と
叫ぶように鳴いて
俺の腕から飛び出した。

待って、待って。
状況の把握をさせてくれ。

と俺を抱きしめてくる人物を見たら
ヴィンセントだった。

あれ?
俺が会いたいとか思ったから
直接、ヴィンセントのところに
来てしまったのか?

「イクス! 良かった。
心配したぞ」と俺のそばで
声をかけてくるのは
俺の父だ。

そしてその隣で、
安堵した顔をしているのは
ヴィンセントの父親である
ハーディマン侯爵で、
その隣にはなんと、俺の兄までいる。

俺はぎゅうぎゅう抱きしめてくる
ヴィンセントの腕はそのままに
「ご心配をかけました」と
素直に頭を下げた。

ヴィンセント以外の面々は
俺の様子を見て安心した顔をする。

「まぁ、座りなさい」
とハーディマン侯爵に言われて
俺はようやくここが、
ハーディマン侯爵家の客間だと
言うことに気が付いた。

俺はヴィンセントの膝の上に
座らされたが、もちろん、
文句はない。

ヴィンセントは一言も言わずに
俺を背中から抱きしめてくる。

かなり心配させてしまったようだ。

ジュが我が物顔でソファーの前の
テーブルに乗り、羽を閉じると
優雅に歩く。

目的は茶菓子だったらしい。

目の前の不思議な動物に
ハーディマン侯爵は
目を奪われている。

その隙を狙ったように
ジュはハーディマン侯爵の
前に置いてあった茶菓子を
ぺろり、と食べた。

「こら、ジュ!」って
俺が怒ったら、
ジュはしっぽを振る。

『ゴホウビ』

「ごほうび?
僕をここに連れて来たから?」

俺が聞くと、ジュは
にゃ、にゃ、と頷くように鳴き、
テーブルの上の茶菓子を
次々に食べる。

待て待て、
さすがにそれは行儀が悪い。

「ジュ、ダメ。
他の人の物を取るのは良くない」

俺が咎めるとジュは
俺を見て、大きく、優雅にしっぽを振った。

そして菓子を食べた面々の顔を
首を傾けて覗き込むように
しながらゆっくりとテーブルの上を歩く。

まるで「怒らないよね?
食べて良かったよね?」と
不遜な態度で言われているようだ。

もちろん、父も兄も、
ハーディマン侯爵だって
文句が言えるわけがない。

相手は精霊で神様の使いだ。

ジュは満足そうな顔で俺を見る。

「ね?いいっていってるよ」と
得意そうに笑っているようにも見える。

「ジュ……」

俺が呆れて声を出すと、
ジュは叱られると思ったのだろう。

にゃ。と歯を見せて
あっと言う間に姿を消した。

「……スミマセン、
僕の飼い猫が失礼な真似を……」

いや、飼い精霊が?

よくわからんが、俺はジュの
飼い主だし、ジュの失態は
俺の責任だ。

項垂れて謝ると
父もハーディマン侯爵も
首を振って気にしなくてもいいと言う。

それからは俺はソファーに
座り直して、
俺がいない間の話を聞いた。

俺はヴィンセントと一緒に座り、
目の前にはハーディマン侯爵と
俺の父が。

部屋の扉に近い場所に
少し離れて兄が座っている。

話を聞くと、俺があの置手紙を
書いてから、3日ほど経っているらしい。

カミサマが関わっているため
俺の捜索依頼を出すわけにもいかず、
かといって、何の連絡もないのは
心配だと、今後どうするかを
父やハーディマン侯爵たちは
相談していたのだとか。

有難いやら申し訳ないやらで、
俺はもう一度頭を下げる。

そして。
もういいか、と思った。

前世妹の腐妄想力が
この世界の魔力に変換されて
いることを伝えようと思ったのだ。

もうこんなことは無いと思うし、
世界は安定していくはずだ。

「カミサマの命令で」と
言い通すこともできるが、
それではあまりにも申し訳ない。

それにここにいる人たちなら
俺が本当のことを話しても
言いふらすようなことは
きっとしないだろうし、
それに。

誰に言ったとしても
信じる人はいないような気もする。

よし。

「あの、僕とカミサマの話を
聞いてもらえますか?
物凄く、不思議な話なのですが」

俺がそう言うと、
腹に回っていたヴィンセントの腕が
ピクリと動く。

大丈夫。
俺はそう言う代わりに、
ヴィンセントの手をぎゅっと握った。




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