【完結】「誰よりも尊い」と拝まれたオレ、恋の奴隷になりました?

たたら

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溺愛と結婚と

167母孝行

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 久しぶりの公爵家だ。
俺が馬車から下りて
兄の後から玄関に入ると
使用人たちだけでなく
母が俺を出迎えてくれた。

「イクス、おかえりなさい」

そういう母の顔を見て
俺は「ただいま」と言ったけれど。

よくわからないが
無性に泣きたくなった。

悲しいわけでも、
嫌なことがあったわけでもない。

ヴィンセントと過ごした2週間は
楽しくて、幸せで。

恥ずかしかったけど、
このままずっとこうしてたいって
思えるような時間だった。

なのに。
気が付くと俺は早足で
母のところに行くと
そのままぎゅっと母に抱きついた。

「あらあら、甘えたさんね」

母は笑って俺を抱きしめ返す。

俺は幼いころからあまりこうやって
母に甘えることはなかった。

だって、俺は前世の記憶があり、
どんなに子どもでも、
頭の中は成人男性だったから。

母親に甘えるなんて
それこそ恥ずかしかったし、
そもそも前世でも俺はあまり
母に甘えることなく生きて来た。

兄や父は、学校の先輩や
会社の上司などの付き合いを
思い出して自然に甘えることはできたが
それでも、親に対して手放しで、
無条件で甘えたことは無いと思う。

それでいいと俺は思っていた。

『力』のことも、世界のことも。
前世のことも神様のことも。

全部全部、隠して、
1人でなんとかすればいいって思ってた。

まぁ、ヴィンセントは
巻き込んでしまったけれど。

でも俺は。
ヴィンセントに愛されて俺は、
母の慈愛に満ちた顔に
ものすごく、泣きたい気持ちになった。

ヴィンセントが俺に言ってくれたように
母は俺にもっと甘えて欲しかったのかもしれない。

他の普通の子どもみたいに。
俺が普通に甘えて、
世話が焼ける子どもであったら、
母は喜んだだろうか。

いや、違う。
母はちゃんと俺を見て
受け止めてくれている。

俺が隠れて古書を読み漁っても
黙って王都の地下を稀有な【力】で埋めても
ヴィンセントと2週間も家を空けて
新婚期間を過ごしても。

母は文句も言わず、
俺を見て「お帰り」って
言ってくれるんだ。

俺は母にしがみついたままだったが
母は兄や使用人たちに指示を出し、
俺をサロンに連れて行ってくれた。

庭に面する大きな窓が沢山あり、
明るい日差しが差し込むサロンで
俺は母に促されてソファーに座る。

母は俺の手を握り、
髪を撫でてくれた。

リタがお茶を淹れてくれたが、
母はすぐにリタを下がらせた。

「何があったの?」

人払いが終わって母が
俺の頭を撫でながら聞く。

でも俺は答えられない。
もう終わったことだし、
心配はかけたくないから。

「そうねぇ、じゃあ
言えることだけでいいわ」

母が俺を撫でる手を止めた。

「ヴィンセント君と、何かあった?」

俺はがばっと顔をあげる。

「ふふ、顔が真っ赤よ」

って笑われて。
俺は自分の気持ちを整理できないまま
口を開いた。

「母様」

「なあに?」

「普通の子どもじゃなくてごめん」

何を言ってんだと思ったが、
母は俺の言葉を聞いて
コロコロと笑った。

「何を当たり前のことを言っているの?」

「え?」

「我が子が特別なのは当たり前でしょう」

普通なわけがないわ、と母は笑いながら言う。

そう言う意味ではないと言いかけたが、
母が先に俺の唇に人差し指を乗せた。

「あなたの魔力がなのは
あなたがお腹の中にいたころから
ちゃんと知ってるわ」

俺は言葉を飲み込んだ。

「だからいいのよ。
イクスは思った通りに生きれば。

それを手助けするのが
母親の役目なんだから」

俺はもう何も言えなくて。

甘えるように母にまたしがみついた。

「ふふ。いくつになっても
イクスは可愛いわ。

本音を言えばもっともっと
甘えて欲しいとは思ってたけれど」

母は一旦、そこで言葉を区切る。

そして俺の頬に触れた。

細い、やわらかな指で。

俺が慣れ親しんだ太く長い、
ゴツゴツした指ではない、
やわらかな指が俺の頬を撫でる。

優しく顔を覗き込まれ、
そして母は俺の目を見た。

「沢山、愛してもらったの?」

俺は頷いた。

「そう、良かったわね」

「うん、……うん、母様」

俺はまた涙をにじませる。

ヴィンセントに愛されたから、
母から向けられる愛情に気がついた。

心配していただろうに。
何も言わずに、
俺を見守ってくれていた母に、
俺はようやく気が付いた。

1人で頑張ればいいって思ってた。

この世界のことだって、
バカ妹のことが絡んでたから
とにかく俺がなんとかしなくっちゃって
そう思ってた。

でも、俺がそうやって
頑張ることができたのは
俺には帰る場所があって、
見守ってくれている家族がいて、
俺が沢山愛されていたからなんだ。

「それで、これからどうするの?
学校を早めに卒業して
ハーディマン侯爵家に行くつもり?」

俺は首を振る。

「学校は……そのまま行きます。
まだ、どうするか決めてないけど。
でも、まだ僕、母様に甘えたい、から」

16才になって、母に甘えたいって
何を言ってんだ、って自分でも思う。

でも、俺はそういうことを
今までしてこなかったから。

そして甘えることが、
心配をかけないようにすること以上に
じつは相手が喜ぶってことも
俺はヴィンセントに愛されて
気が付くことができたから。

俺は今までやってこなかった分、
母に甘えてみたいし、
きっと母も喜ぶと思うんだ。

だって。
「そう、お母様に甘えたくなったの」
ってそういう母の声は弾んでいて。

顔だって見たこともないぐらい嬉しそうだ。

「あとね、母様に相談があって……」

「まぁ、なあに?」

「その、ヴィンス……
ヴィー兄様のことなんだけど」

母の目が輝いた……ように見えた。

「僕ね、ずっとヴィー兄様に
守ってもらってたし、
それが当たり前だったけど、
今は、対等な……は、伴侶になったから。

僕もヴィー兄様に何かしてあげたいんだ」

母に恋愛相談なんて恥ずかしすぎる。
だが、こういった相談をする相手が
今の俺にはいない。

だって仲が良いのはヴィンセント本人か
ヴァルターやミゲルだが、
あの二人は恋愛に関しては
俺と似たり寄ったりだと思う。

ヴァルターに関しては
婚約者どころか恋人すら
いたことないと思うし。

「まぁ、対等な伴侶!
そうよね、そうよね」

母は嬉しそうだ。

「じゃあ、ヴィンセント君に
何をしてあげれるか、
母様と一緒に考えましょう」

母は俺をソファーに座り直すように言うと、
ベルを鳴らした。

すぐに母付きの侍女が姿を現す。

「以前取り寄せた紳士用の
カタログがあったでしょう。
あれを持って来て。

あと結婚式ようの例のセットも」

「かしこまりました」
と侍女が頭を下げるが。

なんだ、カタログって。
結婚式セット?

もしかして、俺たち家族の中で
俺とヴィンセントの結婚式を
一番楽しみにしているのは
母だったりして……。

俺はヴィンセントに何か
してあげたいとは言ったが
結婚式の話をしたいとは
言ってないのだが。

もちろん、そんなことを
母に言えるわけがない。

結局俺はその日は夜まで
急にテンションが高くなった母に
付き合って結婚式の話や
衣装の話、結婚指輪や
王都のタウンハウスの改装の話まで
永遠と聞かされる羽目になってしまった。

……でもまぁ、いいか。
母は楽しそうだったし、
これも親孝行だよな。

父と兄が帰宅した後は
全員で夕食を食べたが
その時も母は嬉しそうだった。

その時の母の様子を見て
俺は学校を卒業するまでは
母孝行をしようと心に誓った。



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