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番外編<SIDE勇>

4:友だちができました…え?恋愛?!

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「召し上がれ」と真翔さんに言われ、
僕は手を合わせていただきます、と言ってから
まずは、紅茶を飲んだ。

「……おいしい」

「そう? 良かった」

なんて真翔さんは言ってくれたけど、
本当においしい。

なにこれ。
本当にお茶なの?

お茶なのに、ブドウっぽい香りがして、
でも甘くない。

思わずブドウが入ってるのかと思って
茶色い透明なカップの中身を覗き込んでしまった。

「ぷっ」と真翔さんが噴き出して
僕はまた、顔を赤くしてしまう。


「あ、あの、ブドウの香りがして…」


「うん、マスカットのフレーバーティーなんだ」
と真翔さんが教えてくれた。


お茶って、緑茶と麦茶とほうじ茶しかないと思ってた。

世界は広い。

なんて思う余裕はない。
だって、その広い世界の中にある
とっても美味しそうなもの。


シフォンケーキを次に食べなければ、
世界を語ることなんてできないもんね。


茶色い生地に、僕はもうドキドキだ。

フォークを持って、少し生地をつつくと、
上に乗ってたクリームが落ちそうになる。

慌ててクリームをフォークですくって
口の中に入れてみた。

甘い!
ふわふわ!
おいしいー!!


声には出さないように頑張ったけど
あまりの美味しさに上を向いて震えてしまった。


次は生地だ。
チョコレートのやつ。

これがおいしくないわけがない。

施設のおやつで初めてチョコレートが出た時、
僕はその美味しさに驚いた。

あまりにも美味しくて、興奮してたら
悠子ちゃんがちょっとだけ、自分のチョコを
僕にわけてくれたのだ。


あの頃から、悠子ちゃんは本当に優しかった。


僕は色んなことを思い出しながら
シフォンケーキの生地をちょっとだけ
切って、口に入れた。

美味ーい!

なにこれ?
なにこれ?

え?

これでクリームと一緒に食べたら
どうなるの?

悠子ちゃん、めちゃくちゃヤバいよ。
これ、僕の知ってるケーキじゃない!

もう、ぺコリンちゃんのケーキなんて
これを知ったら食べれない。

おそるおそる、生地の上にクリームを乗せて
そっと口に入れたら……

あまりの美味しさに泣きそうになった。

上を向いて、目を閉じて、
味をしっかり確かめる。

もう…死んでもいい。


ぷるぷる震えて美味しさを味わって、
ごくん、と飲み込んだら、
口元を押さえて笑いをこらえている
真翔さんと目が合った。


あ、しまった。
この人のこと、忘れてた。


「そんなにおいしかったの?」

と聞かれて、恥ずかしい。

恥ずかしいけど…

「人生で初めて食べたぐらい美味しかったです。
これを味わえたので、
もう死んでもいいぐらい…

連れてきてくれてありがとうございます」

って正直に言ったら、
真翔さんは驚いた顔をして

「死んでもいいとか、気軽に言うべきじゃないよ。
でも、喜んでくれてありがとう」

と笑ってくれた。


そっか。

死んでもいいって、気軽に言うべきじゃないのか。


僕は「いらない子」だったから
死んじゃえ、みたいな言葉をずっと言われていた。

……僕のお母さんから。

だから、僕は死んでもいい存在だって
心のどこかでいつも思っていて。

悠子ちゃんがいたから、
悠子ちゃんが「ずっとそばにいてね」と
言ってくれたから、僕はその気持ちをずっと隠していたけど。

でも、そうか。

悠子ちゃんじゃなくても、
僕に「生きてていいよ」って言ってくれる人は
いるかもしれないんだ。


世界は広いんだから。
こんなおいしいケーキがあるぐらい、
世界は大きくて広い。

僕はそんなこと、何にも知らなくて。


僕はただ「いらない子」の僕しか見てなくて。

なんて馬鹿な人生だったんだろう。
もっと、違う生き方をしておけばよかった。

悠子ちゃんに甘えず、
もっと、一人で生きていくことを
考えればよかった。


僕は「生きていく」という意識が薄くて、
人生もどっか他人事で。


悠子ちゃんみたいになりたいと思ったけど、
でも、僕には無理で。


頑張ることもできず、努力もせず。
結局僕は……死んでしまった。


バカだったと思う。


もしやり直せたら…今度はきっと、
向けられた優しさに、気が付くことができるのに。


自然と涙が出た。


ぽろっと涙が零れ落ちて、
でも、最初は泣いていたことに気づけなかった。

真翔さんが、そっと指で涙を拭いてくれて、
僕は泣いてることに気が付いた。


「ご、ごめんなさい。
美味しすぎで泣いちゃいました」


僕は笑ってごまかした。


「こんなにおいしいケーキがあるなんて
世界は大きくて広いんですね」


「そうだね。
そんなに喜んでくれるなら…

今度はもっとおいしいケーキがあるお店に
連れて行ってあげるよ」


と真翔さんは笑って言ってくれた。

僕は、それに曖昧に微笑ってこたえた。

社交辞令は本気にしない方がいい。

はい、って返事をして相手が
負担に思うのも嫌だし、

軽い気持ちで言ってくれたのに、
それを『嬉しい』と心待ちにして
裏切られるのも、辛い。


僕が返事をしなかったことを
真翔さんは何も言わなかったので、
やっぱり社交辞令だったのかと思う。


でも、残念には思わない。
いつものことだから。


それから僕は、真翔さんの話を聞いた。


おばちゃんは「遊んでばかりで」なんて
言っていたけれど、真翔さんはまだ学生で
物凄く頭のいい人だった。


僕は良くわからなかったけど、
真翔さんは大学は法学部を出ていて、
法律の勉強をしているらしい。


弁護士とか裁判官とか、そういうのになるには
法学部を卒業して2年間は法科大学院で
勉強して、それから司法試験をやっと受けれるんだって。


しかも司法試験は法科大学院を卒業して
5年以内、しかも5回しか受験できないから
将来、弁護士になりたい真翔さんは今、
必死で勉強しているらしかった。


おばちゃん。
あなたの息子さんは、めちゃめちゃ頑張ってますよー!
と言いたくなった。


彼女がいないとかおばちゃんは言ってたけど、
勉強が大変で、そんなことをしている場合じゃないんだとか。


しかも、司法試験に合格しても、
すぐに弁護士になれるわけではなく、
そこから1年間は修行して、また試験…今度は
それに2回も!合格しないと弁護士になれないんだって。

大変な話だ。

高校しか卒業していない僕にしてみれば
雲の上の話だった。

僕はただ「ほえー」と真翔さんの話を
聞くことしかできなくて。


でも。
そんなに頑張っている真翔さんのことを
全くわかってないおばちゃんのことを考えて
笑ってしまった。


「面白い話だった?」


不思議そうに聞かれて、いえ、と首を振る。

「おばさん…あの、真翔さんのお母さんが
真翔さんのことを理解してないと思ったら
笑ってしまって」


あ、バカにしてるんじゃないですよ、と
僕は手を振ってフォローもする。


「真翔さんのお母さんは、
いっつも大きな声で、リアクションも大きくて。

ぼ…私が困ってたらいっつも助けてくれて
とっても優しいんです。

誰でもそうなんですけど、
たまに…勘違いとかあって。

前も、工場長から私を
かばってくれたんですけど、

その時は叱られてるんじゃなくて、
ただ新しい工程の説明を受けてただけで。

でも、私があまりにも脅えて見えたとかで
工場長を怒鳴り散らしたんです。

こんな若い女の子を何、いじめてるんですか!って。

あんまり周囲のことを見ずに、
思ったらすぐに行動しちゃうところがあるんだな、って」

「そうだね。
母は他人の言葉をあんまり聞かないから」

だから、今、こうしてるんだけど、と
真翔さんは笑う。

「でも、嬉しかったんです。
真翔さんのお母さんは…優しくて
僕のことを守ってくれようとして。

工場長の話とか、何にも聞かなくて
ただ、ぼ…私の顔を見て、
それだけで心配してくれて。

相手は工場長なのに…
怯まず、怒ってくれた。

お母さんって、こんなにすごいんだって
思ったんです。

だから……
じつは。真翔さんがうらやましいです。

あんな素敵なお母さんがいて」


てへへ、と僕は照れて笑った。


おばちゃんは、本当にお母さんみたいだった。
悠子ちゃんもお母さんだって思うこともあったけど
おばちゃんは……本当に『母』だった。

無条件で守ってもらえる。

そんな気にさせられる。

正しいとか、間違ってるとか、
そんなのは関係なくて。

ただ、与えられるだけの愛。

そういうのが、おばちゃんにはあって、
それは母親だからだ、って気が付いて。

僕にはそういうのは与えられなかったけど、
真翔さんは持っていて、いいな、と思う。

うらやましい。


それを羨んで、妬んだり欲しがったりは
もう、しないけど。


僕には手に入らないものだって
わかってるからあきらめてるけど。

でも、ちょっとだけ、
僕にもおばちゃんの愛情の
おすそ分けがあってもいいよね?


それぐらいは、許してもらえるよね?


「ぼ…私、真翔さんのお母さんが大好きです」

だから、ごめんね、と思う。

真翔さんのお母さんは取らないから、
工場で働いている時だけ、
ほんの少しだけ、擬似母子を味合わせて欲しい。


真翔さんは僕の言葉に驚いたように目を見開いて。
そして、ありがとう、と言った。


ちょっとだけ頬が赤かった。


その後、僕たちはケーキを食べてお茶を飲んで。
また窓から街を見下ろして。

僕があまりにも感動しているから
夜に来たら夜景もすごく綺麗だよ、と
真翔さんが言ってくれて。


僕は居酒屋バイトがあるから
来ることはないと思ったけれど、
「夜に来たらきっと素敵ですね」って
返事をした。

お店を出たら、真翔さんがケーキ代も
お茶代も支払ってくれていて、
慌てて財布を出したけど
「年上だからおごらせて?」なんて言われて
僕は素直にお礼を言って頭を下げた。


あんなにおいしいケーキを
食べさせてくれたんだから
絶対に真翔さんはいい人だ、と思った。


思ったけど、友達になろう、なんて
言えなかった。


だって真翔さんは勉強で忙しいみたいだったし。

僕と真翔さんでは、どうあがいても
友だちにはなれそうにない。

店を出て、駅前まで戻ってきて。

僕は、お付き合いありがとうございました、って
頭を下げた。

楽しかったです。
あんなおいしいケーキとお茶は
初めてでした!

と、きちんとお礼を言って。


送ってくれると真翔さんは言ったけど、
悠子ちゃんの家だったし、
知らない人に家を知られるのは
きっと悠子ちゃんは嫌がると思ったから
丁寧に断った。


また次に会おう、なんて約束も無くて。
連絡先の交換もしなくて。


僕たちは、会った時と同じ
時計台の下で別れた。


もう会うことなかったけど、
いい人だったな。


さすがおばちゃんの息子さんだ。


明日はまた居酒屋バイトがあるから
あのOLさんが来たら、今日のことを
話してみよう。


きっといつもみたいに
イケメンに会ったのねー!と
喜んでくれるに違いない。


僕はOLさんと話すのが楽しみになって
足が痛くならないうちに、と
悠子ちゃんの家に帰ることにした。


明日が楽しみだ。





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