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第一部 1章 ラジオ

第12話

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 ユズハはユースケを睨んだまま、恐る恐るユースケの持ってきた本を手に取る。ぱらぱらとめくり、内容を確認して深呼吸する。
「話を聞くのはいいけど、その前に一つだけ答えて。ユミに告白したとかじゃないのね?」
「なんでそんなこと気になるんだよ……ちげえよ」
「ふーん……ならいいや」
 よく分からない質問をされて不服そうなユースケを置いてユズハは「んで、何が聞きたいの。見たところ、表紙だけ偽った変な本とかじゃなくて、本物の学術書っぽいけど」と尋ねる。ぱらぱらと内容を確認していたのは、表紙だけ見繕った偽物かどうかを確認していたらしい。ひどい疑われようだが、ユースケは気にせずに本題に入ることにした。
「えーっとな、話は長くなるんだけど……今の社会情勢とか、惑星がどういう状況にあるのかとか、その理由とか……なんだろ、うまく言えないけど、どうして俺たちのアースはこんな状況になってるんだってことを、ちょっと調べてみたいって感じで」
 放課後、ユースケは似たようなことをユミに頼んでおり、そのとき初めは全然内容を伝えられていなかったので、今回も上手く伝えられているか不安であったが、いつの間にか熱のこもった口は止まることなく最後まで動いた。その話を、いつの間にか真剣な表情でユズハは耳を傾けていた。ユズハは再びユースケが持ってきた本の表紙を眺め、「ふーん」と上品に鼻を鳴らした。
「バカみたいにすごい曖昧だけど……なんとなく知りたいことは、分かった、かも。でも、なんでそんなことが知りたいの? ユリのため?」
 ユズハは変わらず真剣な表情でユースケに問いかける。
「ユリ……そっか、あいつもか……」
「ってことは、違う理由があるのね。そんな真面目な話があるなら、あんな気持ち悪いことしないでよ」
 下校の際のユースケの奇行を思い出したユズハは呆れたようにため息をついて、小さく笑う。いたずら小僧を優しく宥める母親のような態度である。普段散々ユースケを馬鹿だ間抜けだぼーっとしてるだと口うるさく言うユズハだが、昔から偏見を持たずにきちんと向き合ってくれるユズハをユースケは素直に信頼していた。
「いやな、あのラジオがな……」
「ラジオ? ああ、あれね。え、あれからあんたまた使ってみたんだ」
「ああ、なりゆきでな」
「なりゆき」
 ユズハがユースケの口元をわざとらしく真似る。
「話の腰を折るな。んで、そのラジオがよ……なんか、暗いんだよ」
「暗い……とは?」
 いまいち言葉の真意を把握しかねているユズハは首を小さく傾げる。
「なんか……使い方分かって、いろいろ弄ってみて、いろんな話聞いてみたんだけどよ。なんか、どれも暗い話ばっかしやがって。やれ人口問題だの、やれ科学技術だの、やれ生活可能なんちゃらだの、やれ貧困の差が広がっていく一方だの……詳しい内容は分かんなかったけど、聞いててすげー、なんか、悔しかった」
 ユースケは話しているうちにラジオを通して聞いたときの感情が蘇ってきて本に八つ当たりしたくなったが、ユリの物だということを思い出して何とか踏みとどまった。ユズハが小さく「広がるのは貧困じゃなくて貧富ね」と茶化すが、その後しばらくユズハは視線をユースケの持ってきた本に落としたまま何も言わなかった。
 窓から差し込む光が傾き始め、口恋しくなりお茶でも頂こうかとユースケが考え始めた頃、ユズハが静かに立ち上がり台所からお茶とコップを持ってきた。そしてユズハはそのままコップにお茶を注ぎユースケに差し出す。ユースケは遠慮なく口にする。それを合図にしたかのようにユズハがゆっくりと口を開く。
「ようやく、この世界がどうなってんのかってことをあんたも目の当たり、いやこの場合は耳当たり……まあいいや、目の当たりにしたのね。そうよ、皆あんたみたいに明るくなれないの」
 ユズハはユースケに見せつけるように左手を握ってみせる。
「まず、この世界に生きる人の半分は明日を生きられるか分からない環境に生きている。その国々はとても貧しい」
 そこでまず人差し指をぴんと伸ばした。
「私たちは幸いなことにもう半分の、まだ普通に暮らしていける、裕福な側の人間だけどね。でも、この地上は人が立ち入れない場所で約五割が占められていると言われている」
 次に中指を立てた。
「残りの五割は立ち入れるけど、残存放射能レベルがまちまち。今ではロストテクノロジーの復旧作業の一環で、土地浄化剤や放射能に強い遺伝子作物の普及によって一時期よりはましになっているけど、本当に、ましってレベル。かつて百億もいた人口の二割程度しかいない現在の人類の食糧需要にすら追い付けていない。大戦前と比較して病を抱えて生まれる子供は三倍近く。症状も多岐。あんたの……妹もね」
 ユズハは心底悲しそうに深く息を吐いた。左手はすでに完全に開かれており、次に右手を挙げる。
「今言った復興作業だけど、これももちろん良い面ばかりじゃない。あんたがさっき言ったように、この研究によっても様々な資源を使うわけだから、いたずらに限られた資源をそんなことに使うよりも明日生きるためのものに使えっていう意見も少なくない。その上、その研究は将来の希望を謳って行われるものだからお金と場所と技術が必要になる。お金と場所と技術が必要になるから、先の大戦での敗戦国、貧しい国には出来ないことだし、仮にも人類のためだから、その大義名分のためにと様々な場所からさらにお金が集まる、もしくは共同して研究をする。それによってまた貧しい国と裕福な国との差が広がる」
 ユズハはうんざりしたように両手を広げてひらひらさせる。
「将来、真っ暗なのよ。私たちも、例外じゃない。障害を抱えて生まれてきた子供たちが、将来大人になったときに今急速に行われている復興研究を同じスピードで進められる保証がない……いえ、きっと無理でしょうね。私たちは、ゆっくりと追い詰められてるの。数十年後から始まる研究速度の低下、それをどうにかしようにも人を増やせば今度は住む場所が足りなくなる。食料もない。将来の真っ暗な予想と、今も進んでいる人口に対する食料と住む場所の右肩下がりが挟み撃ちになって、私たちの将来をどうしようもなくさせているの」
 ユズハは注いでから十分に時間の経ってしまったお茶を口にした。顔色は変わっていないが、それでもこのような話題で盛り上がれる者などおらず、ユズハは無表情に台所の方を眺める。
 そのような内容は、五学年にもなればすでに大体は習っていることだった。しかし真面目に授業を受けていなかったユースケは、先日のラジオと、今回のユズハの話で、ようやく皆と同じ土俵に立ったことになる。ユズハはユースケもようやく呑気な態度も改まるのかと半分期待して半分悲しくなった。
「……どうよ。これが、おそらくあんたが知りたかったこと」
 しかしユズハが懸命に、珍しく真面目な口調で説明したにもかかわらずユースケは不気味に黙ったままコップのお茶を見つめている。学校で真面目に話したのに生徒からのレスポンスのない先生の気持ちになったユズハは居心地悪くなりユースケを睨みつける。
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