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第一部 1章 ラジオ

第13話

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「ちょっと、何か言ったらどうなのよ」
「いや……何言ってるのか、いまいち、その……分からん」
 気の抜けた返事に、長々と説明した疲れがどっと降りてきたように、ユズハはがっくりと肩を落とした。さしものユースケも申し訳ないと感じたのか慌てて言葉を付け足す。
「いや、分かるんだ、嫌なこと言ってるってのは。なんか、皆がお先真っ暗に思ってるってのも、なんとなく……でも、それって本当にやばいことなのかなって、よく分かんなくてな……」
 ユズハは、夢から覚めたような気分にさせられた。ユースケはこういうどうしようもないくらい楽天的で阿呆なのであると、目の前にいたはずなのにすっかり忘れていた感覚がまざまざと蘇ってきた。ユズハが感心してぽかんと口を開けている間も、ユースケはずっと「うーん」としきりに唸ってばかりいる。その様子がなんだか可笑しくて、すっかり緊張も毒気も抜かれたユズハは「ぷっ」と笑いを堪えられなかった。ユズハの様子に気がついたユースケは訝しんで睨みつける。
「そうよね、あんたはそんなんだったよね……忘れてたよ」
「そうだよ、わりいかよ」
「うんうん、悪い悪い。おかげで無駄な労力使っちゃったじゃないの」
 それでもユズハは笑いが抑えきれないのか、口元を押さえながらも何度も吹き出していた。真面目に聞いて分からなかった自分も悪いのだが、ユズハに笑われると無条件で腹が立つユースケは気分が良くない。ユズハも流石に悪いと思っているのか「ごめんごめん」と言いながらそれでもニコニコといつまでも笑っているので、ユースケはユズハに渡した本を引っ手繰たくるように手元に戻し、大事な物のように抱えてみせた。元はユリの物であるのに偉く仰々しい態度である。
 ユズハも招き猫のようにいたずらに手を招いていた。
「まあ待ってってば。そういうこと知りたいなら、もっと授業を真面目に受けなさいね。皆知ってることよ」
「ふうん。皆凄いこと知ってるんだなあ。それだけで十分すげえことなのになあ、なんで将来暗くなるんだろ」
 ユースケは感心した口振りで、たったいまユズハから取り戻した本を神妙な面持ちで見つめていた。その様子をしばらくじっと眺めていたユズハは、気を取り直すようにごほん、と咳払いをして、ピンと人差し指を伸ばした。
「ねえねえ、あんたの話聞いてやったんだから私の話も聞きなさいよ」
「え、なんでだよ? また今度聞くって」
「まあまあ、良いから聞きなさいなって」
 ユースケが駄々をこねるように「本当に良いってば!」と抗議するのも無視して、ユズハは喉元まで出掛かった話を誰かに話したくてしょうがなくなり、嬉々として話を続けた。
「私だってね、将来を不安に思う気持ちはあるのよ? でもね、そればかりでもないんだよ。私にも、夢の一つぐらいあるんだから」
 そそくさと逃げるように席を立ち、遠慮なく二杯目のお茶を頂いているユースケを目で追いながらも、ユズハはその行為を咎めなかった。頬杖をつき、纏わりつくような視線でユースケを見続ける。
「私はね、人と人が本当の意味で繋がることが出来れば、きっと暗い将来だってぶっ飛ばせるんだって思ってる。そう信じてるから、私は将来、人と人を繋ぐ仕事に就くの。悪い夢なんて見る暇もないぐらい、皆で協力して働いて何とかするのよ」
 熱っぽく語るユズハの話に、耳をぴくぴく動かし反応させ、ユースケはお茶を豪快に口に含みながらユズハの顔をじっと見つめる。ただの幼馴染みだとしか思っていなかったユズハが、急に大きく見えた。図太いユースケは、さっさと飲み終え三杯目を注ごうとしたがユズハもユースケの暴走を止めようとしない。
「だってさ、すんごい大戦が過去にあって、文明とか人の住処もめちゃくちゃにぶっ壊されたのに、今私たちは普通に生きてるじゃない。それってきっと、皆が本気でこのままではまずいって焦って、心がそういう感じで一つになったことで何とか出来たからだと思うんだよね」
「……将来は真っ暗だったんじゃないのか?」
 ユースケが三杯目も飲み終え、意地の悪い顔でニヤついていたが、その笑みはどこか嬉しそうだった。ユズハも「茶化さないでよ」と怒りながらも、その表情は柔らかかった。
「まあ要するに、将来真っ暗だって思ってない人だっているってことよ。あんたみたいに」
 唐突にユズハに指差され、ユースケはその指に何か特別な意味が込められているような気がして、きょとんとした顔でじっと見つめていたが、やがて飽きたのか、ぷいっと視線を逸らしコップを流しに置いた。その後、さりげなくするりと鍋の前まで移動して、その蓋を開けようとしたところで、ようやくユズハも立ち上がりユースケの耳を引っ叩いた。

 ラジオの衝撃も冷め止み、ユースケはラジオで夜更かしすることなく普通に眠り普通に起きるようになった。奇妙なことも起きたものだと心配していたタケノリたちは、いつものように阿呆そうで呑気な顔で登校してきたユースケを見て一難去ったとほっと一息ついていた。しかし、安心するのもつかの間、授業中も何やら真剣な表情で黒板をじっと見たかと思えばノートに書きこむユースケの様子を見て、タケノリたちはまた別種の不安を抱いた。とうとう昼休みになるまで一度も授業中に居眠りをしなかったユースケを見て、タケノリたちは四限目の終了のチャイムが鳴るや否やユースケに詰め寄った。
「お、おい皆どうしたんだよ」
 ユースケがきょとんとした顔でタケノリたちを見つめながら身を引いた。それに合わせてタケノリたちもぐいっと近づく。ユースケの周りに座る生徒も迷惑そうな顔を浮かべてどこかへ去っていく。椅子の上でそれ以上身を引くことの出来なくなったユースケはそろりと立ち上がってさらに身を引かせるが、さらにタケノリたちも無言で近づいてくる。途端にユースケは吹き出して、「え、漫才?」などと意味不明なことを述べた。
「なあ、お前って本当にユースケか?」
 タケノリが皆を代表して尋ねるが、ユースケは「は?」と間抜けな声で答えることしか出来なかった。
「記憶喪失したの?」
「ちげえって。授業中の居眠りはどうした居眠りは」
 きっと人一倍危機感を感じているであろうカズキは尋問でもするようにユースケに厳しい口調で問いかける。しかし、罪の意識も何もない潔白なユースケはそんなカズキの圧にもけろっとしていた。
「俺、真面目に授業受けることにしたから。ちょっと知りたいことがあるんだ」
 ユースケの返事に、タケノリたちは今度こそ身を凍らせた。そんな皆を半ば不思議そうに見つめ返しながら、流石に奇妙な居心地の悪さを感じて「とりあえず、昼飯買いに行かね?」と提案した。
 昼食を買いに行き、いつものようにユースケが照り焼き弁当を買ったり、図々しくタケノリに二つ目の弁当をせがんでいたりしているのを見て一同は少しだけ安心しながら、教室に戻ってユースケの席に集まる。ユースケも友人からの慣れない奇異な視線にいよいよ不気味に思い、途端にはっと息を呑んだかと思うと、弁当を懐に忍ばせるようにしながら獰猛な猛獣のような目つきでタケノリたちを睨んだ。
「誰も食べねえって」
 タケノリは呆れたようにぼやきながら、米粒を口に運ぶ。その際に掬い上げようとした箸からぽとりと弁当の上に落ちた米粒を見て、ユースケはわざとらしく「うっ!」と胸元を抑えて呻いた。タケノリたちは半信半疑で一応心配する素振りだけは見せた。しかし、ユースケはそのポーズのまま中々元に戻らないので、タケノリたちも次第に興味を失って昼食を再開させる。
「何だよ気持ち悪いな」
「真面目に食え」
「ばあさんやじいさんの言ったこと忘れちまったか?」
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