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漆拾玖 鬼女
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鬼女。
某大手掲示板で、既婚女性を表す言葉。
既婚女性の『き』と『じょ』をとった略称。
なぜ鬼という漢字が降られたかは定かではないが、一説には某大手掲示板における情報収集能力と行動力の高さに対する畏怖と敬意から来ているとされている。
しかし令和の世では、鬼女に新たな意味が与えられつつある。
それが既婚女性の鬼化問題。
比喩ではない。
本当に、人間から鬼へと姿形を変える。
今日もまた、自身の妻が鬼となったことを相談するため、男が専門施設の扉を叩く。
真っ白な部屋。
カウンセラーと男は、二人っきりでカウンセリングを始める。
「本当に、突然だったんです……」
男は、うつむきながら、ぽつぽつと話し始める。
その顔には、疲労が貼り付いている。
「前日に喧嘩もないし、本当に、いつも通りの朝だったんです。目が覚めて、ふと横を見ると、妻のパジャマを着た鬼が立っていたんです。妻とは似ても似つかない見た目でしたが、一瞬で、この鬼は妻なんだと分かりました……。夫婦ですから……」
男はその時のことを思い出し、全身をブルリと震わせた。
「鬼は……いえ、妻は、起きた私を見るなり、私の腕をひっつかんで立たせました。そして、朝から私の部屋の掃除をさせられ、家中のゴミを集めてゴミ出しをさせられ、あげく、仕事用のシャツのアイロンがけをさせられました……」
男の声が震える。
男の目に涙が溜まる。
信じられないものを見たように、表情が歪む。
「あんな……あんなに優しかった妻が……。先生……。妻は……妻はもう……元には戻らないのでしょうか……」
ついに、男の目から涙が零れ落ちる。
ボロボロと。
心を壊さないために、体が涙を流させる。
カウンセラーは、男にティッシュを渡した後、重々しく口を開く。
「貴方の奥様が鬼となった原因ですが、ストレスです。貴方に対する」
「え?」
「自室の掃除に、ゴミ出しに、貴方の服のアイロンがけ。全部、貴方のお世話じゃないですか」
「え?」
「共働きですよね? なんで貴方家事やってないんですか?」
「……仕事で疲れてて」
「共働きですよね?」
「……いやでも、妻は何も言わずにやってくれてて」
「共働きですよね?」
「…………はい」
「貴方の奥様は、優しかったのではなく、ずっと我慢してたんですよ」
「…………」
カウンセラーは立ち上がり、男の横へと移動し、肩をポンと叩く。
「奥様は、ストレスから自分の体と心を守るために、鬼となってしまったのです。それでも、鬼となってなお、貴方が自分のことを自分でできるよう、動いてくれていたのです……」
「う……うう……」
男が机に伏せる。
涙の水溜りができていく。
泣いて泣いて。
ひとしきり泣き終えて、ぐしゃぐしゃになった顔をあげた。
「先生……」
「はい……」
「ぼく……家事出来ないんです……」
「はい……?」
「どうすれば、元の優しい妻に戻るでしょうか……」
「はい……?」
「どうすれば、今まで通りでいられるでしょうか……」
「あ、駄目だこれ」
その後、部屋に離婚調停員と鬼と化した妻が入ってきた。
その日、一組の夫婦が離婚した。
某大手掲示板で、既婚女性を表す言葉。
既婚女性の『き』と『じょ』をとった略称。
なぜ鬼という漢字が降られたかは定かではないが、一説には某大手掲示板における情報収集能力と行動力の高さに対する畏怖と敬意から来ているとされている。
しかし令和の世では、鬼女に新たな意味が与えられつつある。
それが既婚女性の鬼化問題。
比喩ではない。
本当に、人間から鬼へと姿形を変える。
今日もまた、自身の妻が鬼となったことを相談するため、男が専門施設の扉を叩く。
真っ白な部屋。
カウンセラーと男は、二人っきりでカウンセリングを始める。
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男は、うつむきながら、ぽつぽつと話し始める。
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「前日に喧嘩もないし、本当に、いつも通りの朝だったんです。目が覚めて、ふと横を見ると、妻のパジャマを着た鬼が立っていたんです。妻とは似ても似つかない見た目でしたが、一瞬で、この鬼は妻なんだと分かりました……。夫婦ですから……」
男はその時のことを思い出し、全身をブルリと震わせた。
「鬼は……いえ、妻は、起きた私を見るなり、私の腕をひっつかんで立たせました。そして、朝から私の部屋の掃除をさせられ、家中のゴミを集めてゴミ出しをさせられ、あげく、仕事用のシャツのアイロンがけをさせられました……」
男の声が震える。
男の目に涙が溜まる。
信じられないものを見たように、表情が歪む。
「あんな……あんなに優しかった妻が……。先生……。妻は……妻はもう……元には戻らないのでしょうか……」
ついに、男の目から涙が零れ落ちる。
ボロボロと。
心を壊さないために、体が涙を流させる。
カウンセラーは、男にティッシュを渡した後、重々しく口を開く。
「貴方の奥様が鬼となった原因ですが、ストレスです。貴方に対する」
「え?」
「自室の掃除に、ゴミ出しに、貴方の服のアイロンがけ。全部、貴方のお世話じゃないですか」
「え?」
「共働きですよね? なんで貴方家事やってないんですか?」
「……仕事で疲れてて」
「共働きですよね?」
「……いやでも、妻は何も言わずにやってくれてて」
「共働きですよね?」
「…………はい」
「貴方の奥様は、優しかったのではなく、ずっと我慢してたんですよ」
「…………」
カウンセラーは立ち上がり、男の横へと移動し、肩をポンと叩く。
「奥様は、ストレスから自分の体と心を守るために、鬼となってしまったのです。それでも、鬼となってなお、貴方が自分のことを自分でできるよう、動いてくれていたのです……」
「う……うう……」
男が机に伏せる。
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泣いて泣いて。
ひとしきり泣き終えて、ぐしゃぐしゃになった顔をあげた。
「先生……」
「はい……」
「ぼく……家事出来ないんです……」
「はい……?」
「どうすれば、元の優しい妻に戻るでしょうか……」
「はい……?」
「どうすれば、今まで通りでいられるでしょうか……」
「あ、駄目だこれ」
その後、部屋に離婚調停員と鬼と化した妻が入ってきた。
その日、一組の夫婦が離婚した。
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