バックホー・ヒーロー!

柚緒駆

文字の大きさ
上 下
39 / 40

第39話 鎖の魔法

しおりを挟む
 大地の精霊王の使者コウが発した警告に反し、道のりは平穏だった。何も起こらない。だが留美は「寒い、寒い」と震え、黒曜の騎士団員たちも正体不明の不安感に平静を保つことが難しくなりつつある。そんな中、一平太の乗るバックホーのバケットが、最後の扉を押し破った。

 広い空間。二十トンクラスのバックホーが暴れ回っても全体の一割も使用しないだろうと思われるほどの。その空間のあちこちに無数に点在する濃紺の炎が、一平太たちを照らしていた。

「何やここ。これがお墓なんか」

 一平太のつぶやきに、応える声があった。

「その通り。諸君らが足を踏み入れるに相応しくない、神聖な場所だ」

 声の主を探せば正面、階段状に積み上がった巨大な円錐型の真ん中辺りに濃紺の玉座があり、ランドリオ皇帝が脚を組んで座っている。一人だ。サクシエルの姿はない。

 血気にはやった騎士団員が前に飛び出した。

「ランドリオ! そこで待っていろ!」

 馬に騎乗したまま階段を駆け上がろうとするものの、その一段目に足先をかけることすらできず稲妻に打たれて馬もろとも倒れた。

 副団長は叫ぶ。

「全天障壁を張れ! 雷があるぞ!」

 そう黒曜の騎士団に指示を飛ばしたのだが、すぐさま困惑が広がった。障壁が展開できない。

「ああ、悪いね。いきなりだったから説明もしなかったけど」

 濃紺の玉座に座る物憂げな皇帝は、一平太たちを見下ろし託宣のようにこう告げる。

「この聖廟でおまえたちの精霊の力は使えないよ。こちらから見れば丸裸だということを自覚したまえ」

 一平太は隣に立っていた黒曜の騎士団副団長に後退を指示する。

「いったんこの空間の外へ下がってください」

「しかし」

「俺が何とかしてみますから」

 そう言って微笑むと、一平太は前進した。強烈な落雷がバックホーを襲う。しかし電流は機体の表面を流れ地面へと抜けている。行ける、一平太は確信して弁天松スペシャル四号機の全速力で階段を駆け上がった。

 すると前方の階段部分が水面のように盛り上がり、その中から竜の顔が出現して襲いかかってくる。ここで一平太の実戦経験がものを言う。胴体を回転させながらアームを振り上げ、向かってくる竜の顔面にバケットのパンチをぶち込んだのだ。手応えあり、竜の顔は砕け散った。ただ。

 アームとバケットの接続箇所から異音がする。

 皇帝ランドリオはピクリとも動くことなく鼻先で笑った。

「精霊の力は使えないと言ったろう。おまえへの精霊の加護も機能していないのだよ」

 そう言った同時に、皇帝の周囲に竜の顔が三つ現れた。

 竜の一つが吼えた。突然クローラーの周囲に氷の塊が発生し、クローラーの動きを止めてしまった。

「何っ、おいこら動け」

 二つ目の竜が吼えた。バックホーの運転席の周りが濃紺の炎に包まれ、室内の温度は一気に上昇する。

「うああっ! 何や、これ!」

 三つ目の、もっとも大きな竜の頭は高く高く振り上げられ、後は一平太のバックホーに向かって振り下ろされるだけ。誰もが終わりだと感じたそのとき。

 その竜の顔に無数のヒビが入り、崩れ去った。いつしか濃紺の炎は止み、クローラーを包んでいた氷も消えている。

「……何や、どうした」

 状況が把握できない一平太に、後ろから聞こえてきたのはコウの声。

「まったく何という面倒臭いモノを構築しておるのだ。解析に手間がかかりすぎたわ」

 聖廟の入り口近くに立つ保岡大阪府知事の肩の上に、赤いマスコット人形が久々に姿を現した。

 これには皇帝ランドリオも興味を示す。

「何者かな」

 しかしコウはそれには答えない。

「この聖廟に並ぶ百の炎、これらはすべて精霊だ。だが人間と契約を結べない精霊に、本来たいした力などない。それをこやつは、似た特性や能力を持った精霊同士を共鳴させ、自分の身体を触媒とすることで巨大な力を引き出している。よくもこんな仕組みを思いついたものだ。余も初めて見たぞ」

「それで」

 ランドリオの問いに、コウは即答した。

「仕組みがわかれば壊すのは簡単だ。もはやここの精霊たちはおまえに使役されない。よってこちら側の精霊の力も抑えることはできなくなった。お主の優位は消えたも同じだ」

「なるほど、精霊ではない訳か。いったい何者なのかな」

 ランドリオ王の再度の問いかけに、コウは今度は返答をした。

「余は大地の精霊王の使者だ。もうあきらめよ、ハイエンベスタの皇帝。海洋の精霊王もおまえの味方をしない」

「黙れ」

 静かな聖廟に、静かな声が響く。

「我はハイエンベスタ皇帝ランドリオ。故に諦める理由がない。敗北を認める意味がない。一度たりとも加護を求めたことのない精霊王など知らぬ話だ」

「己の無知蒙昧むちもうまいに思い至らず尊大にして傲岸不遜ごうがんふそん。始末に負えぬお坊ちゃんだな」

 この悪口雑言にはさしものハイエンベスタ皇帝もカチンと来たようだ。

「何だと」

 だが皇帝の目に燃える怒りなど知らぬ風に、コウは一平太に叫んだ。

「一平太、もう遠慮はいらんぞ。皇帝を叩き潰してしまえ!」

「あいよ!」

 これにランドリオは静かに玉座から立ち上がり、左右の腕を水平に伸ばした。

「笑止」

 左右の腕は巨大なドラゴンの翼になる。両脚もドラゴンの脚となり、顔は巨大なワニの如くに。翼手を持つ二足歩行の巨大な竜、濃紺のワイバーンが姿を現した。

 ワイバーンは開いた大きな口で周囲の精霊の炎を飲み込んで行く。

 そこに階段を駆け上がって接近する一平太のバックホー、弁天松スペシャル四号機。胴体を回しながらアームの先端のバケットをワイバーンに叩き付けた。が、届かない。輝く壁が立ちはだかる。光の魔法か。

「共鳴が使えずとも、精霊の力を取り出す方法はある。おまえたちの不利に変わりはない」

 笑うワイバーンはまたいくつかの炎を飲み込むと、口から何かを吐き出した。それは鎖。長い長い鎖が宙を蠢き、一平太のバックホーに絡みつく。復活した精霊シャラレドの加護により破壊はされないバックホーだが、これでは身動きが取れない。

 さらにワイバーンがいくつかの炎を飲み込めば、今度は全身がメタリックな金属色に輝き、そのままバックホーに突っ込んでくる。重い音が響く。もちろんバックホーは破壊されない。しかし階段から転げ落ちはするのだ。

「うわああっ!」

 転がるバックホーの中で思わず悲鳴を上げる一平太と彼にしがみつく留美だったが、そのとき運転席が炎に満たされた。熱くない炎が二人を護る。階段の下でバックホーは止まったものの、上下逆さまになったままだ。

 ワイバーンは元の濃紺に戻り、またいくつかの炎を飲み込んだ。そして両翼を広げ宙に浮く。

 一平太の耳に届いたのはコウの声。

「一平太、影を飛ばすぞ」

「えっ、このまま?」

「そうだ、このままだ」

「あーもうどうにでもなれ!」

 飛来するワイバーンの前に突如姿を現した真っ赤なバックホーが宙に浮いたままアームを振れば、今度は頭にバケットが命中した。ワイバーンがバランスを崩しながらも口から真っ黒な球体を吐き出すと、球体に触れた赤いバックホーのクローラーが消滅する。

「やはりな」

 つぶやくコウは何を見たのか。

 鎖でがんじがらめになりひっくり返った一平太のバックホー、その脇に輝く光が出現したのはこのとき。光から飛び出した白い影はレオミス。降り立つや即座に聖剣ソロンシードを抜き、バックホーを縛る鎖を断ち切った。

 動けるようになった弁天松スペシャル四号機はブームとアームを動かし、逆さまになっていた機体を地響きを上げてひっくり返した。

「すまん、助かった」

 一平太の礼に、レオミスは首を振る。

「いまはヤツを倒すことが先決だ」

 ワイバーンは玉座のある場所に戻り、また精霊の炎を飲み込んでいる。

「よく聞け、一平太」

 保岡大阪府知事の肩に立つコウが言った。

「ランドリオがここで魔法を使うには、精霊を食わねばならん。言い換えれば、精霊を食って使った魔法は一回で打ち止めだ。つまりヤツはもう鎖の魔法でおまえをグルグル巻きにはできない。これを頭に入れておけ」

 ワイバーンは玉座に足をかけ、翼を広げて咆吼を上げている。勝利の雄叫びのつもりなのかも知れない。

 レオミスも言う。

「手負いの獣は恐ろしい。あいつが勘違いをしている間に一気に叩くぞ」

「了解。何とかしましょか」

 一平太はため息を一つつくと、胸の留美を見下ろした。留美はあれだけのことに巻き込まれながらケガ一つせず、明るい目で一平太を見つめている。この留美の未来のためにも後顧こうこうれいは断つのだ。一平太は顔を上げた。
しおりを挟む

処理中です...