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【六ノ章】取り戻した日常

第一一九話 紫の魔剣と共に

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『──本っっ当にっ嫌な奴でした、あの男ッ! 出会った当初からオンボロだとか時代遅れのナマクラだとかののしって! 私はやりたくないのに異能だけはしっかりと使いやがるし! 自分の意思に関係なく罪を重ねた挙句あげくの果てには、バケモンに自分ごと喰われて自滅ってなんなの!? 意味わかんないよ!』
『『「お、おう……」』』

 ルーザーによって随分と精神的に追い込まれていたのか。
 落ち着いた途端に溢れ出てくる愚痴の嵐に気圧けおされた。

『今でも鮮明に思い出せるよ……生暖かくて真っ暗な空間で、周りの消化されていく音を聞きながら、器官として魔力をがっつり使われ続ける恐怖体験……にに、二度とあんな目に遭いたくない! おまけにようやく解放されたと思ったら、とんでもない魔力で焼かれたし!』
「うーん、聞けば聞くほど壮絶だ」
『魔剣の特性でなければ原型すら残さず消え失せていたな』

 それに加えてレオとゴートが精神空間に入り込み、次いで俺も現れたとなれば、発狂するように取り乱したのにも納得がいく。

『はあ……なんだか気分がすっきりしました。話し相手がいるとこんなにも穏やかな気持ちになれるんですねぇ……お二人が羨ましいです』
『出会い方こそ最低ではあったが、今では最良の適合者であると思っている』
『私も君と同じくレオを振り回されて斬られかけた事があってね。親近感を抱いているよ』
『いくら折れないとはいえ、大剣のレオさんに迫られるのは嫌ですね……威圧感が凄いですもん』

 魔剣同士、共感できる部分があるのだろう。
 レオやゴートに比べると幾分か取っつきやすい性格な紫の魔剣の三人で、会話を弾ませる様子を眺めつつも。
 ずっとそのままでいる訳にもいかない、と。咳払いを落として注目を集める。

「盛り上がってるところ悪いけど、いくつか質問していいか?」
『あっはい、大丈夫です! さっきも言ってましたけど、何が知りたいんですか?』

 俺に対する警戒心がだいぶ薄れた紫の魔剣は、首を傾げるように刀身を揺らす。

「まず一つ目。カラミティに居た時、他の魔剣と一緒に保管されてた? されてたとしたら、他に何本あった?」
『うーん、大体の魔剣は個別の場所か、もしくは適合者が所有しているのがほとんどですから。正確な数は……蒼と緑、ああいやゴートさんに自分と……あと三本くらい、かな?』
『私はルーザーが勝手に持ち出し、紆余曲折を経てクロトの元に。蒼の魔剣はシオンという人物が持っていたな』
『ふむ、我々が認識している魔剣の本数と組み合わせれば……』
「最低でも六本はカラミティが所有していて、現在は四本。種が割れてるのは蒼の魔剣だけ、ってことになる。カラミティの首魁、ジンが言っていた通りではあるか」

 彼らは現存している十二本の魔剣の内、半数を所持していた。
 恐らく強奪する予定だった紅の魔剣──レオを含めれば、国外遠征の時点で七本も手中に収めていたことになる。
 そうなる前に俺がレオと接触して適合者になり、続いて緑の魔剣であるゴートを入手。そして目の前にいる紫の魔剣を含めれば三本がこちらにある。
 偶然の産物と見ても、魔剣の収集を目的としているカラミティからすれば、レアドロップ持ちのボーナスキャラと思われてもおかしくない。

「紫の魔剣の言い分を察するに、向こうが持ってる魔剣の異能については知らないんだよね?」
『うっ……はい。お役に立てず申し訳ないです……』
「大丈夫。知れたところでレオぐらい無法の異能なら対策の立てようがないし、出たとこ勝負が基本でしょ。誘導の異能も身体を張って正体を突き止めたからね」
『……もしかして迷宮主の魔物モンスターをけしかけたり、ナイフや資材でつぶそうとしたり、空気を誘導して呼吸困難にさせるとかの標的になったのって……』
「俺だよ?」
『ぴぃーっ! 自分、知らずの内に貴方を殺しかけてたんですかぁーっ!?』
『ドレッドノートとの戦闘も含めれば二度だな』
「追い打ちをかけなくていいって」

 うろたえる紫の魔剣を前にレオが冷静に指摘する。
 しかし、ルーザーが異能を行使するのは止められなかったが、何にどう使われていたかは知覚していたんだな。

「それで二つ目の質問だけど、魔剣を全て揃えた真なる価値ってのに心当たりはある?」
『真なる価値……? よく分かりません。異能の事ではないんですよね?』
「はっきり違うとは言えないけど、少なくとも魔剣自体に意味があるような口ぶりだった。何か特別な力でもあるのかと思って……」
『そういうことでしたか。んー、でも……昔の記憶を辿っても、それらしい物は……そもそも魔剣を全部集めるなんて不可能だと思いますよ? 今までもそんな記憶はありませんし』
「なぜ不可能だと?」
。弱輩な自分ならともかく、レオさんやゴートさんぐらい強力な魔剣だと適合者の望みを湾曲して叶える代わりに、意識を食い潰して乗っ取ります。そんな連中が仲良しこよしで集結するなんてありえませんし、仮に接敵したら即座に殺し合いです。理屈は分かりませんがありとあらゆる要素、関係、概念が複雑に絡み合い、まるで運命であるかのように自然とそうなるんです』

 血の気が強過ぎるだろ。怖いよ。

『自分は異能が弱く、適合者への干渉も最低限しか出来ません。戦いたくもありませんし、傷ついてほしくないから……壊れにくい武器として扱われることがほとんどでした。自分に気づいてくれた歴代の適合者とは話をして、せめて察知されるのを防ぐ為に異能を使わないように説得しても……巡り合うかのように、他の適合者と鉢合わせる。そうして命を失い、自分も時代のうねりに揉まれて流され、次の適合者の手に。……そういった戦いの定めから逃れられなかった』

 なるほどな。前に否定した説ではあるが、あの時は適合者が引かれ合うのだとばかり思っていた。
 だが、実際のところ適合者はおまけで、あくまでのか。身体を、足を得て、成り代わったから出会うようになり、依り代である肉体は巻き込まれただけで。
 そうして敵対か、復讐か。見知らぬ様々な因果の巡り合わせで対峙し、命を奪い合うことになる。

「だから魔剣を集めるなんて不可能だと思ったのか」
『はい。けれども、もし……』

 紫の魔剣は言葉を詰まらせ、不安げに明滅する。
 レオとゴートの方へ順に移動し、最後に俺へ向き直って。

『貴方の心を知る為に、そんな二人に興味を惹かれて協力を申し出たり……変わらない魔剣の認識を変遷させる、貴方のようなただ一人に。魔剣が集まり、収斂しゅうれんされていくとしたら……』
『全ての魔剣が一堂に会する夢物語が実現される、と』
『ありえない話ではないね。私やレオと比べて感情的で穏健であるからか、人間味の強い君が言うのであれば信じられる』
「ゴートが感情的ではない……? 俺が知ってるゴートとは別人の話……?」
『私は理知的でクールな参謀のごときポジションの存在であろう?』
「本当に知的な人は自分のことをそんな風に例えません」
『なにっ』
『うぶふっ』

 おののくようなゴートの反応に紫の魔剣が噴き出した。

『兎にも角にも、これである程度カラミティ側の狙いが読めたな』
『我ら魔剣の意思を調伏ちょうぶくし、従え続けたクロトを仕留める事で十二本の魔剣を総取りする。あまりにも浅はかと思わずにいられないが……奴の事だ、確実に横取りする策があると見て間違いないな』
「集めると何かが起こる、なんて曖昧な言葉で煙に巻いたのも俺達を困惑させて行動を抑制する為かぁ……? 向こうも魔剣を失った以上、収集に力を入れるはずだし」
『彼らの思惑に乗る形にはなるが、こちらも魔剣の所在を調査し、悪用される前に回収するべく動いた方が良さそうだな』
「狙いが同じ物だった場合、刺客が襲ってきてもおかしくない。ファーストやセカンド並みの実力者に囲まれたら手も足も出ずに殺される。レオの懸念も考慮に入れて、そうならないように自己鍛錬も必要、と……やらなきゃいけないことが多いなぁ」

 とりあえず更なる謎が増えた気もするが、方針は定まった。
 真なる価値とやらを知り、行使できるかもしれないカラミティに魔剣を渡す訳にはいかない。
 あと単純に、異能を持ってるだけ危ないから手元に置いておきたい。誘導の異能で痛いほど思い知ったから。
 ……しかし、ここまで来ると何の手がかりも無しに調べるのは難しいな。
 次の標的となる魔剣の目算ぐらいは立てたいところだが、異能を察知する能力や相談相手としてレオやゴートが優秀でも限界がある。

「となると紫の魔剣にも手伝ってもらえたら嬉しいんだけど、どうかな?」
『……ふぇ? 自分ですか!?』
「この場において一番、魔剣関連の情報を握っているのは君だ。些細なことでもいいから、思い出せるだけの情報が欲しい。今後、魔剣の争奪戦は激しくなっていくはずだ……一本でも多く魔剣を特定できれば、それだけ被害を抑えられるかもしれない。少なくとも、カラミティに好き勝手させて無駄に血を流すことは無くなる」
『被害を、抑える。力を振るう為ではなく?』
「もちろん。というか異能や副次的な性能に目を付けても魔剣は超技術の結晶だ、人の手には余る代物だよ、……適合者か反則級の敵が相手でもない限り、その被害が広がる可能性がある時にだけ使うって二人に約束してる。全ての魔剣が揃った時は……正直、まだ分からないけど、しかるべき処理を施すべきだと考えてる」

 出会い方は最悪で、なし崩しに成立した関係でも。
 上手く折り合いをつけて、いくつもの困難を乗り越えたとしても。
 たとえそれが、レオ達と今生の別れになるとしても。

「どれだけ傷つくことになっても……仲間を、居場所を、思い出を守る為に戦う。それが俺の選んだ道だ」
『──』

 気づいたら、嘘でも偽りでもない本心が口を突いて出ていた。
 纏う空気で理解できる。紫の魔剣、絶対呆気に取られてるぞコレ。いかんいかん! 精神世界だとつい本音が漏れてしまう!

「えっと、結局は自己満足みたいな物だから軽く流してもらえると」
『素晴らしい……!』
「ひょ?」

 紫の魔剣は興奮気味に呟くと、見たことが無いほど激しく明滅する。

『今までの適合者たちにも確かな人格者はいた。だけど魔剣の定めから来る恐怖や不安に諦観を強く持ち、失意のままあえなく沈んでいった。貴方ほど誠実で切実に、裏表なく血の流れない結末を望む人はいなかった!』
「う、うん。一回冷静にならない?」
『自分だって戦うのは嫌だ。傷つくのも、傷つけるのも怖い。時が過ぎても、どこまで行っても定めから抜け出せない。けど、この身に刻まれた因縁を断ち切れるのだとしたら、その機会が巡ってきたのだとしたら!』
『ゴートと違ってなかなか情熱的だな』
『だから言っただろう? 彼女は人間味が強い、と』

 外野がうるさい。というか、彼女の暴走を止めてよ!

『正しく力を使う……その判断と決意を抱ける貴方になら、自分、協力します。失い続ける悲しい戦いを止めたいから!』
「すげぇ熱血系主人公みたいなこと言うじゃん……ほんとに手伝ってくれるの?」
『はいっ! 今はまだ混乱気味で有益な情報は思い出せませんけど、全面的に貴方の味方になります! これからよろしくお願いします!』
「ああうん、よろしくね……」

 やる気を漲らせる紫の魔剣は、目を細めてしまうほど眩しく輝き続ける。直視してたら乾いてきた。

『えっと、それでなんですけどぉ……』

 顔を両手でゴシゴシと揉み終えて、再び紫の魔剣を視界に入れると。
 光量を抑えた彼女は恥ずかしそうに刀身を揺らし、柄をこちらに差し出してきた。

『じ、自分に名前を付けてくれませんか? レオさんやゴートさんみたいに。いつまでも紫の魔剣って呼ばれてちゃ寂しいと言いますか……』
『社交性がありそうな君のことだ。歴代の適合者に名付けられなかったのか?』
『声を掛けたり気づいてくれた人は初回以降、速攻で他の適合者に襲われて殺されたり死んだりしてるので……』
『そんな機会は巡ってこなかった、ということか。不憫なものだ……クロト、我らからも頼みたい。彼女の知識と情報は今後大きな助けとなるはずだ。協力関係の第一歩として名付けてやってくれ』
「トントン拍子に話が進んでいく……まあ、わかった。考えてみる」

 視線は無いのに、期待を込められた空気を感じる。生半可な名前は付けられない。
 とはいえ、レオ、ゴートに続く三人目の実在系イマジナリーフレンドだ。二人して絵本の登場人物から名前を取ってるから、紫の魔剣もその法則に準じていこう。
 最近ユキに読み聞かせした絵本の中から選ぶとして…………“聖なる森の守り手”とかどうだろう?

 人の目につかない幻の獣や植物の楽園とも呼ばれる聖域の森。
 そこには一人の守り手がいるとされ、内界の調停や外界からの侵入者に対して行動を起こす。
 守り手本人の意思や内面は一切描写されず、どこか機械的でありながらも慈愛と勇気の心を持ち、使命を果たそうと奮闘する様子が描かれる。
 誰にも知られず、認められず、求められず。
 けれどもヒロイックで悲しげな雰囲気が幼い子ども心を刺激し、根強いファン層を獲得しているシリーズだ。

 そんな彼とも彼女とも言えない正体不明の守り手は、最新作において育ての親であり前任の守り手と戦うことに。
 聖域を侵略しようと企てる巨悪によって手先となった前任に対し、守り手は短くも初めて言葉を発しながら。
 すれ違う想い、互いの信念のぶつかり合いを経て……最終決戦で、育ててくれた感謝を告げつつも前任の守り手を仕留める。

 その後、背後にいた巨悪を消し去り、全てを終えて。
 前任の墓を建てた際に今後も守り手としての責務を果たす誓いとして、付けてもらった名前を捨てるシーンがあった。
 決して誰にも語られず、淡いタッチの素朴な絵柄で、けれども登場人物も読者も初めて知るのだ。
 墓標に刻まれ、まるで前任と共に死んだと思わせるように捨てられた守り手の名前は──

「リブラス、っていうのはどう?」
『おお……なんだか力強い響きですね。誘導の異能を持つ紫の魔剣、リブラス……! うおおっ、なんだか無性に力が湧いてきたぞぅ!』
『気弱かと思えば主張はするし、感情的ではあるが理性的な一面もある』
『我々よりも感受性に長けた、勇ましい仲間が増えたな』
「また頭の中が騒がしくなるのかぁ……」

 しかし今後も魔剣と関わっていく以上、避けられない事象だ。
 レオ、ゴート、リブラスと続いて比較的対話が容易な魔剣の意思が続いていても、次の魔剣がそうとは限らない。この三人ですらそれなりに強烈だというのに他の連中はもっと我が強いみたいだからな。

 認識しているだけでもカラミティが所有する四本の内、一本は幹部である“ファースト”シオンが持っている蒼の魔剣。
 学園最強という称号に相応しい実力を持つ生徒会長、ノエル・ハーヴェイの白の魔剣。
 前者はともかく、後者は時間が合えば接触しておきたいな……本人曰く味方とは言うが、異能がさっぱり分からんのは怖い。出来れば魔剣の意思と話しておきたいし。

 とにかく現実に戻ったら、魔剣の所在調査に乗り出すとしよう。
 目的を定めて、名前を貰い嬉しそうに光り出す紫の魔剣、もといリブラスの柄を握り締めた。
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