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【五ノ章】納涼祭

第一〇四話 完全同調

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「くそっ、全然壊れねぇ!」
「硬すぎるんだよ……!」

 キオ達を包囲する分厚い氷の壁。
 ユキが彼らを守る為に展開したドーム状に広がる氷壁は、いくら殴りかかっても蹴っても罅すら入らず、一向に砕ける気配が無い。
 彼女が最後に残した言葉の真意が分からず、とにかく連れ戻そうとして。
 どうにか突破しようと試みるが、キオとヨムルの力では打ち破れず途方に暮れていた。

「っ、ちくしょう!」

 いや、心のどこかでとっくに理解していたのかもしれない。
 ユキは自分とは違う。小さい体格ながらも大人すら凌駕する怪力、巨大な獣に変身できる能力……どれを取っても特別で、自分なんかよりも凄いヤツなんだ、と。
 分かっていた。だから、助けに行ったんだ。だとしても、納得できなかった。
 彼女の覚悟を見せつけられていながら、声を掛けれずに送り出した後悔や不甲斐なさが、彼らの身体を突き動かしていた。

「情けねぇ……黙って見てるだけなんて……!」

 押し当てた拳から冷気が侵食する。
 それは腕を伝い、首元を過ぎて背後へ──まるで指向性を持ったかのような流れに気づく。氷壁を構成する魔力が変換されているのだ。
 キオの周辺だけでなく包囲された壁の全てから、可視化された粒子状の魔素マナが空気をただよっていた。
 明確な異変に促されるように、振り向いた先で。

「……兄ちゃん?」

 魔素マナの光に包まれたクロトを見つめ、ヨムルは呆然と呟いた。

 ◆◇◆◇◆

 灰被りの身体に残ったのは、燃え滓の決意。
 意地汚い悪足掻きだとしても、火種とするには十分な余燼よじん
 ──燃え残った全てに火をつけろ。復讐が残した怨嗟の鎖を断ち切る為に。

『適合者と魔剣、双方の神経接続、感覚共有を確立……の条件を成立』

 おごそかな、レオの声が脳内に響く。
 糸がほどけていくように、左手に握った魔剣が光の粒子となって溶けだした。光の粒子は腕から身体の表面を巡り、全身に浸透していく。

『大気中および周辺の魔力を分解、魔素マナに変換。再構成し、適合者への供給を開始』

 周囲の魔素マナがあやふやに揺れ動きながら、疲労と失血によって死に体の肉体に吸い込まれていく。
 魔力が充填されたそばから血液魔法を行使。赤く発光した魔力回路が皮膚に浮かび上がる。
 臓腑を、神経を、骨を、血管を、筋肉を修復し、魔力に結び付いたそれらはより強靭に。臨界反応を起こした魔力回路がさらに輝きを増す。

『肉体損傷、四十三パーセントから完全回復。損失した血液の代替に液状化魔力を補填。魔剣炉心による魔力伝導率八〇パーセントを突破』

 繰り返される神経系の断裂と修復。幾重にも針を刺されるような激痛を魔法でおぎない、繋ぎ合う事で身体は魔力に馴染んでいく。
 血液が循環するたびに心臓が跳ねる。鼓動の早鐘が活力をみなぎらせた。
 全身が沸騰したと錯覚するほどの熱が生じる。漏れ出た過剰な魔力が蒸気の如く噴出した。
 風邪でうなされるような倦怠感すら魔法で打ち消され、正常な状態が維持される。

 人体に深刻なダメージを受けた際の緊急手段として考えついた《パーソナル・スイッチ》。
 完全に肉体の主導権をレオに明け渡し、痛覚をシャットアウトした上で活動を可能とする正気の沙汰ではない技。
 弱点としてレオが身体を動かす為、練武術は使えずスキルとシフトドライブは一部制御不可。あくまで“動くだけならなんとか出来る”というデメリットがあった。












 だが、今の状態は違う。
 粒子化した魔剣を肉体に融合させる事で得た内燃機関、魔剣炉心がもたらす無限大な魔力を流用した、血液魔法の再生能力と身体能力強化。
 それだけの恩恵に限らず一つの身体に俺とレオ、どちらの意識も感覚も反発し合わず統合している。
 互いを知り、学び、受け入れた事で到達した新たな境地。
 困難を打ち砕き、絶望を斬り払い、望んだ未来を掴む力。
 恐れはある。それでも、前に進む。そう誓い合った者達の為に。

『──完全同調フルシンクロ成功。いけるぞ、クロト』
『──ああ。ついてこいよ、レオ』

 ゆっくりと上体を起こし、立ち上がる。
 露出した肌の魔力回路から粒子を散らしながら、傍に在った抜き身の魔導剣を持って、呆然とこちらを見つめるキオとヨムルの元へ。

「兄ちゃん!」
「目が覚めたんだね……!」
「二人とも、ありがとう。助けに来たはずなのに、逆に助けられちゃったな」

 今にも泣き出しそうな二人の頭を撫でて、壮絶な戦闘音を響かせる氷壁の先へ意識を向ける。

「今もアカツキ荘の皆とユキが戦ってるんだろ? 俺、ちょっと行ってくるよ」
「平気なのか?」
「もちろん。ずっと寝てたから元気はあり余ってるし、二人の頑張りを黙って見てる訳にはいかないし」
「でも、この壁、硬すぎて壊れないんだ。僕らがどれだけ攻撃してもビクともしなくて……」
「ふむ……」

 背中にぶつけられる訝し気な視線を気にも留めず。
 周囲を包囲する氷壁を見回し、左手を岩のように硬く、強く握り締める。

『異能は必要か?』
『この程度ならいらない』

 脚を広げ、腰を捻り、関節を万遍なく駆動させる。暁流練武術初級──“円芯撃えんしんげき”。
 弓のように引き絞った赤い輝きを放つ拳は、熱々の鉄塊を押し当てたように氷壁を蒸発させながら、肘まで深々と突き刺さる。
 鈍く重い打撃音の代わりに、氷壁全体を揺らす衝撃は幾筋もの亀裂を走らせ、瞬く間に瓦解させた。
 粉々になった氷壁の欠片が降り積もる中、度肝を抜かれたかのように目をしばたかせる二人に笑いかけて。

「すぐに全部終わらせて戻ってくる。それまでしっかりしとけよ?」

 返答を待たずに走り出す。視界が後ろに引き延ばされる。
 同調を果たした身体から、尾を引くような赤い光芒を残しながら。
 一条の閃光が戦場に舞い降りた。
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