自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第九十五話 因縁との邂逅

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 かつてどこかの企業が保有していたであろう工場倉庫。
 使われなくなった資材が眠っているだけの、特別珍妙なモノもない廃墟。
 魔物モンスター喧騒けんそうが遠く響く暗がりの室内で、天窓から差し込む橙色だいだいいろの陽光は空気をただよほこりを照らす。

「うっ……ここ、は」
「キオ、目が覚めたんだ……」

 人気ひとけなど一切感じられないこの場所に、小さな命が二つ。後ろ手に縛られ身動きの取れないまま目を開く。

「そっか、帰ろうとしたらさらわれて……ヨムル、ケガは……無さそうだな」
「うん、平気だよ。だけどユキがいないんだ。一緒に連れてかれたはずなのに」
「俺らとは別の場所にいるのか? とにかくクロト兄ちゃんに連絡、したいけど縛られてるしデバイスが……」
「僕のも無い。ここに来る途中で落としたか、られたみたいだ」

 どくん、どくん、と。大きくなる鼓動を抑えて平静を保つ。
 自らを取り巻く状況に対する観察と理解。師として、兄としてしたう者が常に大切とする教えを守り、二人は思考をめぐらせる。

「──やはり異種族ともなれば薬への耐性はそれなりにあるか。いや、もしくはあの男が何か細工していたか?」
「「っ!?」」

 そんな中、陽の差さない陰へ溶け込んでいたのか。
 息を呑み、辺りを見渡す二人の前に黒い外套を着た男が現れた。

「己の身に降りかかる未知への恐れで気が動転するかと思ったが、無様にさけわめき立てるでもなく、冷静だな。そういう所も奴に似て憎らしい」

 男はなげくように、あわれむように。
 抑揚よくようの無い声をこぼし、乱雑に積まれた資材へ腰を下ろす。

「まあ、気がついたならそれでいい。奴が此処を突き止めるまでの退屈しのぎにはなる。……聞きたい事が山ほどあるのだろう? 口が利けない訳でもあるまい、なんとか言ってみたらどうだ」
「……ユキはどこだ? 俺らをさらった理由は? 何が目的だ?」
「娘ならば別室に。貴様らは近くにいたから巻き込まれただけだ、運が無かったと思え。そして目的は」

 男は足を組み、さも当然と言わんばかりに答えた。

「──復讐だ。奴がまねいた結果が全ての根幹、支払うべき代償を払ってもらうだけ。とはいえ、そこまで高尚こうしょうなものでなく、しいて言わせてもらうならに近い」

 あざけりを含んだ怪しい笑みがフードの奥で垣間かいま見える。
 続けて男は口を開いた。

「迷宮主相当の魔物を操り、けしかけても。力量を探る為に手駒を送り、仕留めることもままならず。ならば基板から崩すしかあるまいと街へ手を仕込んだ、人も物も全てだ。まったく何度肝を冷やしたことか。いくつかの策に期待はしていなかったが、こうじては奴が出てきて場を荒らすのだからな。厄介な事この上ない」

 利があるでもなく得もない。ただ害である事を追及したような物言いに、キオとヨムルの背筋が泡立つ。
 コイツは敵だ。まぎれもなく自分と近しい人々へ害をもたらす者。復讐が目的だとのたまうだけはある狡猾こうかつなやり方で、他者をおとしめようとしている。
 震えそうな声をおさえたキオが、さらに男を探ろうとする。

「さっきから言ってる奴って」
「察しが悪いな。貴様らの見知った仲だろう? アカツキ・クロトは」
「兄ちゃんを、殺すつもりなの……?」
「最終的にはな。だがそこに至るまで奪うモノは奪い、汚すだけ汚し、後悔を抱かせ遺恨を根付かせたまま失意にまみれてもらう。その為にも──」

 おもむろに男は懐へ手を伸ばし、カチリと軽快な音を鳴らしながら。

「貴様らにはここで死んでもらうとしよう」
「ッ、ヨムル!」

 向けられた銃口がキオ達を捉えた。
 寸分たがわず頭部に狙いを定めたそれを目視したキオが叫んだ。身をよじり、態勢を変える勢いのままヨムルを蹴り飛ばし、互いの距離が離れる。

 子どもだからとあなどっていたのか、軽く見ていたのか。ともかく足が縛られていないのは僥倖ぎょうこうだった。
 咄嗟とっさの機転により、瞬く閃光から放たれた弾丸は空を抉り地面に弾痕を穿つ。

 なんとか立ち上がったキオ達は男を鋭く睨みつける。
 応えるように。男は腰を上げながら、ため息を落として再び魔導銃を構えた。

「時間稼ぎのつもりだったか? 矢継ぎ早に疑問をぶつければ奴が来るまで持ちこたえられるとでも? 異種族ともなればその程度しか頭が回らないか。浅はか極まりない」

 図星である。キオ達は攫われてからさほど時間は経っていないと予測し、必ずやって来るクロトの為に。わずかでも時間を引き延ばせればいいと考えていた。
 しかしキオ達にとって、この短い問答には十分なえきがあった。

 男はどうしようもなく小物だ。上手く事が進まない現状に不満を抱えている。証拠に、落ち着いているように見えて苛立ち混じりの声だ、手も震えている。
 その仕草を見抜けないほどキオ達は弱くない。

「教えてやるかよバカが! つーか弾が当たらなかったからってキレんなよ、拘束が不十分だっただけじゃんか。いい年しといて人のせいにするなっ!」
「別にキオに蹴られなくたって当たってなかったよ。純粋に、アンタの腕が悪いだけだから気にしなくていいよ」
「それに自分で直接、手を下せない時点で底が知れるぜ。もしかして俺らにビビってるのか? だからこんな姑息こそくな手段しか取れないんだろ」
「不意打ちでも仕留められないならそんな玩具おもちゃ、使わなくていいんじゃない? お金の無駄だよ」

 ならば煽る、弱り目に塩をまぶすくらい容赦なく。
 自らの土俵へ相手を持ち込むという、誰かを思わせるやり方は確かに男の神経を逆撫でしていた。

「一々かんさわる……! 貴様らが足掻いたところで何の意味も無い。このまま大人しく死んでおけば無駄に苦しまずに済むというのに!」
「うるせぇ、ふざけたこと抜かしてんじゃねぇよ! 人の命を何だと思ってやがる!」
「私の為に生き、私の為に死して貢献するしか使い道の無い肉人形だろう! 畜生どもが良い気になってえるなッ!」

 激高、衝突。
 熱量の上がる言葉の応酬に痺れを切らした男は銃口を上に、そのまま発砲。
 キオ達が狙いではない、天窓だ。大量のガラスの雨を降らせ、刺し貫くつもりだ。
 立ち上がれていても両腕は縛られている。動きが制限され、全ては避けられない。
 男を止めようにも近づけば近距離で撃ち抜かれる。ガラスの雨を避けたところで姿勢が崩れれば狙い撃ち。

 どうする、どうすれば。状況を打破する考えが浮かばない。
 見上げた視界は緩慢かんまんに流れる。粉々に砕けた致死の欠片かけらが迫る。
 奥歯を噛み、その場から退しりぞこうと足に力を込めて。

「……あ」

 割れた天窓から差した影が落ちて、風を巻き起こした。
 思わず目を塞ぐほどの突風に、キオ達は体を押されて尻餅をつく。
 辺りへ散らばったガラス片が割れる音。次いで響いた、力強い着地音。
 恐る恐る目を開いたキオ達の目にうつるのは。

「──間に合ったか。無事でよかった」

 安堵あんどした声音で呟き、後ろ目でキオ達の姿を確認するクロトの姿だった。

 ◆◇◆◇◆

 障壁を越えた先は迷宮ダンジョンの露出により魔力結晶マナ・クリスタに侵食され、辺りを煌々と照らしていた。
 普段であれば綺麗だと思う光景だったが、直後に押し寄せてきた凄まじい量の魔物によってはばまれる。

 通常種、亜種、ユニーク──果てには倒しやすい部類とはいえ、迷宮主すら混在した魔物の群れ。
 踏み荒らし、喰い荒らし、傷を負っても止まらない暴力の行進だ。

 気圧けおされそうな心に鞭を打ち、ルシア、シオンと共に蹴散らし再開発区画を邁進まいしんする。
 返り血を意にも介さず、素材を残し灰と化す魔物の亡骸なきがらをくぐり抜けて。
 生じる体の痛みをこらえながらレオ達に異能の出所を詳しく検知してもらう。

 物量で潰してくる魔物を分散させる為に散開し、廃墟と化した工場群の屋根から区画全体を見下ろそうとした直後。
 異能の強い気配が真下にあるとレオが叫び、足場の天窓が割れた。

 二転三転する事態に今さら動揺はしない。それよりも確認すべきは攫われたユキ達の安否、次に敵対する適合者の存在。
 ガラスの雨にまぎれて落ちる体をひねり、こちらを見上げるキオと視線が合う。

 細く息を吐き、ぎゅっと結び直して。
 トライアルマギアのスロットに風属性のアブソーブボトルを装填、グリップを二回転。
 刀身に緑色の光芒こうぼうほとばしる。レバーを握り締めれば風が吹き纏う。

 嵐が凝縮されたような風に押されて、捻った体を戻しながら魔導剣を振るう。
 ガラスを散らし、埃を払い、落ちる体がふわりと浮かぶ。着地し、全身に走る痺れを我慢してキオ達の方へ再び視線を送る。

「──間に合ったか。無事でよかった」
「兄ちゃん……!」
「やっぱり来てくれた!」
「ああ。ユキは、別の場所に捕らえられてるのか。探しに行きたいところだけど……見逃してくれそうにもないな。キオ、ヨムルと一緒に巻き込まれないように下がってて」

 辺りの気配を探りながら、正面にとらえた黒い外套の男。
 風によって被っていたであろうフードがはだけて、素顔があらわに。魔導銃を構え、忌々しそうに表情を歪めるその顔に、見覚えがあった。

 かつて国外遠征として訪れた魔科の国グリモワール
 獣人や妖精族などの他種族を差別する排他的な主義が根差し、貴族が運営する小国家規模の力を持つ企業によって構成された三大国家の一つ。

 滞在中、様々な人と場所の下へ訪れる事で知った不穏な噂。
 とりわけよく耳にしたのは、医療系企業の頂点に座す《デミウル》のモノ。
 裏組織との繋がり、非合法な取引、人道を外れた実験。加えて私兵による住民の大量殺害、人身拉致。

 挙げれば挙げるほどキリがないそれらは間違いなく真実であり、諸事情によりおおやけにされた事で急速に企業としての勢力を弱めた。
 とどめにあられもない姿になった社長が法的機関に引き取られた事で《デミウル》は完全壊滅。残党すら残さず消え失せた……そう思っていた。
 だが、どうやら違ったらしい。

 以前、腹を撃ち抜かれた仕返しに骨を折ってやった。その後の動向は知らなかったが《デミウル》を失ってカラミティに流れ着いたか。
 ルシア達が知らないのも無理はない。トップ企業の崩壊による余波で首が回らなくなるほど多忙だったようだし、コイツの参入を知らずに過ごしていたのだろう。先行組に対する情報が少なかったのも納得だ。
 何はともあれ、奴は。

「しばらく見ない間に落ちぶれたな──ルーザー」

 《デミウル》を運営していた貴族、ファラン家の息子でありニルヴァーナ分校生徒の一人。
 愚かなまでに誇大した自信と身勝手な思想にまみれ、肉親から体の良い駒扱いされていた哀れな男。
 あの一件で肉体的にも精神的にも相当疲弊ひへいしたのであろう。光に照らされた顔や手は不気味なほどに痩せこけている。その変貌っぷりに《ディスカード》で痛めつけられたキオですら気づけなかったみたいだ。

「アカツキ、クロトォ……!」

 ルーザーは憎悪が込められた、重い声を絞り出す。カラミティの黒衣をひるがえし、異能を発動させる為に隠し持っていた魔剣がさらされた。
 淡く紫色に明滅する細身で短い刀身の魔剣。

 鍔も合わせれば十字架に見えるそれはレイピアと呼ぶにはあまりに短く、武器として同種であるゴートより頼りなさそうだ。しいて言うなら、鎧の隙間を通す用途のスティレットに酷似している。

「落ちぶれただと? 己が犯した愚すら知覚せず、血に塗れ、灰を被る薄汚い貴様よりはマシだ!」
「そうか。それより答えろ、ユキはどこだ?」

 正体を知り、相対した以上、不毛な問答を繰り返すつもりはない。
 これまでの一連の騒動。その大本に居たのがコイツだという事実があるなら、口ぶりや行動から動機も違和感も容易たやすく予想できる。

「幸運だった……カラミティの倉庫で見つけた魔剣と頭の足らない馬鹿を騙し連れて、ニルヴァーナへ来た甲斐があった。異能で襲撃を補佐しても仕留められない馬鹿は始末したが、おかげで策を練られたのだからな」
「ユキはどこだと聞いている」

 自身に失って困るモノなど何もありはしない。どうせ破滅へ落ちた我が身なら、と。
 後先考えず周りを巻き込み復讐に走り、持ち得る知識で嫌がらせを行い、人も街も思い出も無茶苦茶にした。
 現にニルヴァーナは街としての機能が麻痺しており、対人関係に至っては崩壊の一途を進み始めている。

「それでも! まだ! いささか準備不足なのは否めないが関係ないッ! こうしてまみえたのならばやるべき事は一つのみ──この手で我らが受けた屈辱を晴らす! 間抜けにも私の下へノコノコとやってきたのが運の尽きだ!」
「三度目だ、ユキの居場所を教えろ」

 そして俺にとって身近な存在である子ども達に目をつけて、混乱に乗じて拉致し、おびき寄せる餌とした。なりふり構わないやり方はまさしく人の形をした災厄といっても過言ではない。
 何より腹立たしいのは、それが俺に対して最も有効な手段であると理解している事だ。きっと無駄に良い頭の出来が悪さをしているのだろう。まったく、反吐が出る。

 どれだけ言葉を交わしたところで噛み合わない。
 お互いの立ち位置は変わらない、変えられない。
 だったら俺は、ルーザーを──人だと考えない。

「我がファラン系の栄光は、威光は潰えた。だが、私がいる! 企業を滅ぼされた無念は、貴様の尊厳と居場所を蹂躙する事でそそぐ!」
「質問に答えられなくなったか? 負け犬。さっきから誰でも思いつくような内容を誇らしげに語るな、耳が腐る」
「──私を畜生と呼ぶな、灰被りィ!」

 忌み嫌う他種族と同列に扱われたとでも思ったのか、ルーザーは怒りの形相を浮かべ引き金を絞る。
 緩やかに流れる視界の中で弾道を予測。左脚を目掛けて放たれた魔法の弾丸を魔導剣で斬り上げ、弾く。実体の無い衝撃が、甲高い音が腕を痺れさせた。
 音速の弾丸を斬り伏せるという光景に目を見開くルーザーへ肉薄。

「お前を再起不能にしてから、ユキの居場所を聞かせてもらう」
「ッ、図に乗るなァ!?」

 苦し紛れに防御へ回した魔剣と魔導剣が交差する。
 暗がりを照らす火花が頬をかすめた。互いに退き、再度激突。
 こうして暗がりに差す陽光の下で。
 現実を捨て思想の狂気に犯された復讐者、ルーザーとの戦いが始まった。
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