自称平凡少年の異世界学園生活

木島綾太

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【五ノ章】納涼祭

第九十四話 災禍を払う為に

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 ──壊れゆく街を見た。
 建物が、景色が、人の営みが音を立てて根本から崩されていく。
 倒壊しかけた原因が何かは考えるまでもない、それでも放置はできない。近くの水場に傷ついた手をひたし、魔力を流し、赤黒く変色した血の網を広げて支えにする。


 ──傷つく人々を見た。
 理性を失い暴れ回る者が、正気を保つ者すら巻き込み血を流す。
 殴り合い、蹴り合い、投げ合い、斬り合う直前に割り込み、引き連れた血の網で拘束して転がす。深刻な傷ではないが魔法で治癒をうながし、その場を後にする。


 ──不甲斐ない自分が。
 目的の為に最低限しかできない、自分への苛立ちばかりが残る。
 全てをこの手で救えるとは思っていない。大きく両腕を伸ばしたところで助けられる人には限りがあるんだ。それすらも愚かで傲慢ごうまんなまでに、夢物語のような綺麗事だと痛いほど理解している。


 やるべき事は分かる、そうしなければならないと自覚もある。
 しかし、ニルヴァーナがこうなった原因は俺にあるんだ。通話口の男が言ったように発端ほったんや因縁は確かに、俺に根付いているもの。
 仲間には何も言われなかった。分かっていても、口をつぐんでいてくれたのか。
 俺がいるからカラミティが侵攻してきた。俺がいなければ、壊れ、傷つき、くすぶるような想いを抱くこともなかったのに。

 街の平穏はおびやかされ、解決したところで積もりに積もった恨みや怒り……呪いは何に、誰に向けられるのか。
 大勢の人は分からない、だけど俺に近しい人は察するかもしれない。人の口から噂は広がる。止められはしない。
 言葉を尽くしても、誠意を見せても、俺の身に降りかかる因果はきっと変わらない。

 見知らぬ人に、気心知れた仲間に、守りたい子ども達にどう思われるのか。
 俺はそれを知らない事が、分からない事が、理解されない事が──

「……ぐっ」

 思考が途切れる。次々と屋根を飛び移り、着地の際に生じる衝撃が体を蝕んでいた。
 模擬戦で負った深刻な痛みがぶり返す。魔力が回復しているおかげで、血液魔法の治癒は進んでいるはずなのに。

『……適合者。そろそろ再開発区画だ』
「ああ、分かってる……」
『大丈夫か? 随分と気もそぞろな様子だが』
「心配ないよ、俺の悪い癖だ。

 レオとゴートに考えが見透かされそうだ。気をしっかり持たないと。
 額に滲む汗をぬぐって歯を食い縛り、再び駆け出す。
 やるべきを成す、成し遂げる為にも。ここで膝をつく訳にはいかないんだ。

 ◆◇◆◇◆

「よし、荷物はこれで全部だな。セリス、クロトから連絡はあったか?」
「まだ来てないよ。というか、別れて数分しか経ってないんだし、さすがのクロトでも短時間で居場所を割り出すのは厳し……でもアイツならやりかねないかぁ……」
「ひとまず手に付くところから鎮静剤をばら撒いて、少しでも被害を押さえる為に動くのが最善だと思います」
「アイツもそれが目的で俺達に取りに行かせたんだろうしな。連絡が来るまで俺達で動くぞ」

「あいよ。……そういや先生はどうしてるんだい?」
「自警団が展開した安全な場所へ、七組にいる生徒を避難させるってよ。それが終わったら俺達の方に合流してクロトの所へ向かう」
「そりゃあ助かるけど、こんな緊急事態が起きてる最中に抜け出せるのかい?」
「……難しいとは思いますがカラミティを、適合者を相手取るとなれば人手はあればあるほど頼りになります。とにかく今は、出来る事を成しましょう」

 ◆◇◆◇◆

「皆さん、ご無事でしたか!?」
『ミィナ先生!』
「子ども達も怪我は無いようですね……事情はエリックさんからデバイスで聞きました。道中の安全は確保したので、これから皆さんの避難誘導を行います。先頭は私が、最後尾は……」
「俺がやりますよ。子どもがいますし、誰もはぐれないようにしっかり見ておくっす」
「お願いします、デールさん。では行きましょう」

「せんせぇ……」
「不安にさせてしまいましたね。もっと早く迎えに行けたらよかったのですが、暴走した教師や生徒の対処に回っていたので……いえ、これは言い訳ですね。ごめんなさい」
「ううん、せんせぇのせいじゃないよ。わるいのは、ユキたちをもっていったヤツだよ」
「そうですね。この事件を起こし、子どもを拉致し罪を重ね続ける元凶。到底、許される行いではなく許すつもりもない。
「えっ、と……?」
「少し難しい話になりますから、気になさらなくても大丈夫ですよ。……さらわれた子は私たちが必ず連れて帰ってきます。笑顔で迎えてあげられるように、七組の方々と待っていてくださいね?」
「うん、わかった」

「…………そう、解せない。これまでの経緯けいい、現在の状況、いくら魔剣が目当てだとしても手順に無駄が多過ぎる。クロトさんを警戒して様子を見ていた? ならば尚更、ニルヴァーナ全体を巻き込むほど大々的な行動に出る必要は無い。最初の襲撃のように人気の無い場所へ誘い込み、仕掛ければ済んだ話。これではただの捨て身でしかない……もしや、いえ、だとしたら……敵の目的は──」

 ◆◇◆◇◆

「うーん、食べ過ぎて寝込んでたら、なんだか大変なことになっちゃってたぞぅ。……いやほんとにどうしてこうなったの? 何が起きたの?」
『適合者。わずかにですが、この街を中心に異能が展開されているようです。恐らくは人の思考を制限するたぐいの能力──先刻、刃を交わした特待生に宿る魔剣ではなくカラミティによる物だと推測します』
「だろうねぇ、クロトくんがやる訳ないし。加えてこの香り……薬品かな? 人を暴走させる薬と異能の合わせ技か。えげつないけどカラミティならやりかねないね」

『意図も目的も不明瞭ですが、今は安全を確保するのが最優先でしょう』
「暴れてる人をこのまま放置しておくのも危ないからね。自警団が総動員で鎮圧に取り組んだところで、間に合わない可能性もある」
『ならば早急に無力化を。場合によっては“私”の行使を提案します』

「もちろん。しっかし、こんな事になっちゃう前にクロトくんにさっさと話しておけばなぁ。ボクの方でも色々と調査してたから共有しておくべきだった……」
『貴女を理解しようとつとめる彼の姿勢に感化され、浮かれていたのでしょう? 最強などとはやされる貴女にも、そのような情緒があると知れてよかったですよ、私は』
「無機物に宿る意思から納得されてる……恥ずかしい、穴があったら入りたい……」

 ◆◇◆◇◆

 辿り着いた再開発区画、その端で。
 崩れかけた家の屋根から見下ろした区画は、常時であれば魔力障壁を囲うように自警団の警備があり、魔物モンスター侵出しんしゅつを押さえ、防いでいるのだが……。

「酷いな、これは」

 街の混乱を止める為に要請されたのか、団員の姿は微塵もなかった。大規模過ぎるから仕方ないとは思うが、問題はそれだけじゃない。
 遠目から見ても分かるほど、障壁内部で大量にうごめく魔物ども。迷宮ダンジョンから溢れ出した奴らは、大中小問わず互いを潰し合っては血肉を喰らい、力をたくわえている。
 争いの余波で障壁を破られるのは時間の……いや、そもそもこんな所に先行組が潜んでいるなんて。ユキ達は無事なのか?

「クロト!」
「ルシア、とシオンか」
「おせェぞ。テメェが来なかったら、俺達だけで区画に乗り込んでたぜ」
「遅刻はしてないと思うんだけどな」

 背後から近づく気配に振り返れば、カラミティ特有の黒衣を脱いだ二人が立っていた。
 よかった、馬鹿正直に身分を明かすような恰好をしてなくて……いや、シオンはマズいな。お前普通に魔剣を腰に差してんじゃあないよ。

「まあ、いいか。初めに共有しておくけど、連れ去らわれたのはユキも含めた孤児院の年長組だ。人質として使うつもりだとしたら悠長にしていられない。速攻で仕掛けたいけど、いけるか?」
「そりゃコッチのセリフだ。その身体、いったい何をしやがった?」
「ちょっと学園最強と戦う機会があってね、ボコボコにされた。足は引っ張らないようにするよ」
「……ならいい。途中でくたばらねェように、精々気を付けるんだな」

 隣に並び立つシオンの嫌味を聞き流しながら、デバイスでアカツキ荘の皆に現在地のメッセージを送る。
 皆にはなるべく道中の人々を対処してもらってからここに来てほしい。だからこそ鎮静剤を取りに行かせた訳だし、皆も意図は察してくれるだろう。
 その間に、子ども達を奪還して先行組を蹴散らす。

「ルシア、先行組が区画のどの辺りにいるかは分かる?」
「ここからでは……でも、いくら先行組とはいえ魔物の巣窟を進むのは難しいはず。恐らく魔物除けの道具を使って動いている、と見れば」
「不自然に魔物がいない、もしくは近づかない場所が奴らの根城か」

 迷宮に身を寄せる可能性も考えられるが、四六時中、魔物の気配に囲まれては体を休める訳がない。迷宮主にすら勘付かれる恐れがある、気狂いの選ぶ選択だ。
 となれば、区画内の廃工場。魔物による損傷はあるだろうが、手付かずのまま残されているようだし、人の痕跡は目立つ。見つけるのは容易よういかもしれないな。

「目安は立った。手早く済ませよう」
「つーか、さっきからなんでテメェが仕切ってんだ」
「誰だっていいでしょ、そんなの」

 呆れるようなルシアの物言いに噛みつくシオンをともなって。
 俺たちは障壁を越えて再開発区画に突入した。
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