上 下
1 / 7

プロローグ

しおりを挟む
 勇者の研ぎ澄まされた斬撃は、敵の腹部に命中した。徐々に顔を見せ始めた朝焼けに反射した伝説の剣は、まるで雷光のように閃く。
「うぐっ!」とかぼちゃ頭の小人は声を漏らす。致命的な一撃を受けたかぼちゃは痛みに耐えきれず、胃袋から昇ってきた血反吐をぶちまけ、その場にくずお頽れた。
「なぁ、もう終わりか?」
 ガチャガチャと鎧の重苦しい音を響かせ、銀髪の少年はかぼちゃ頭の許へと歩み寄る。
「早く立てよ。歯応えのない」
 騎士然とした佇まいの少年は、地に突っ伏す小さきモノを見下ろした。その瞳には侮蔑ぶべつだけではなく、忌避きひ、嫌悪、憎悪などの負の感情を滲ませている。
 最後のダンジョンの最後の敵。こいつを倒せば世界の平和は取り戻せる。しかし――
「聞いて呆れるぜ。ラスボスの強さはこんなもんじゃないだろ? これじゃそこらにいるスライムの方が幾分かマシだ」
 勇者が見え透いた煽りをするも、かぼちゃ頭は肩で息をしながらじっと見つめてくるだけだった。
 勇者は憤懣ふんまんやるかたない気持ちでいっぱいだった。
 あれだけ苦労して敵を倒し、着々とレベリングしたにもかかわらず、〆の相手がインド独立の父よろしく非暴力の姿勢を貫き、されるがままに攻撃を受け続けるのだ。
 何故何もしないのか。何故無抵抗なうえに、恨み辛みも吐かないのか。
 勇者には、このモノの考えが理解できない。
「そろそろ終わりにしろよ、いい子ちゃんぶんのはさ。それともなんだ? あいつらがお前を助けてくれるのを信じて何もしないのか? 無理だな。俺様の結界は誰も破れやしないさ」
 銀髪の強者は、自分とラスボスを囲う赤黒い半円ドームの外を見やる。
 ドームの外では、鈍色の機械でできた二足歩行の鳥と、愁いを帯びた壮年の男が、魔法や銃撃で必死にドームを壊そうと試みている。だが、彼らの徒労は空しく、結界はビクともしない。
「ゲホッ……! そ、そんなんじゃ……ない」
 異形頭の初めての言葉の抵抗に、勇者は目を見開く。そして、かぼちゃ頭は口許から流れ出る赤い滴を拭い、ニコリと微笑んだ。
「おれはただ――。それだけだ」
 異形頭は命乞いをするわけでもなく、ただハッキリとそう言った。
 意表を突いた答えに、勇者は一瞬理解できず固まってしまう。やがて脳の処理が追い付くと、腹の底から笑いが込み上げてきた。
「……くっ、くくくく……あっはっはっはははははははは!!! この期に及んでそれかよ! あっはっははははははははははは!!!」
 銀髪の少年は涙が出るほどに嘲笑を浴びせた。
 馬鹿だ。こいつは生粋の大馬鹿野郎だ。世界の為という大義名分で自分を殺しにかかってきた奴に対しても、友人になりたいとほざくのだから。
「はぁ~あ……くっだらねぇな、最後の最後まで」
 先程まで笑っていた勇者の顔は、スンッと能面顔に戻る。
「まさか、、残念だよ本当に……」
 幕引きだと言わんばかりに、勇者は右手に持つ伝説の剣を、ゆらりと上に掲げた。
 数秒後には首と胴が泣き別れる――そんな状況になっても、かぼちゃ頭の小人は口角を上げ、透き通った瞳で勇者を見つめてくる。
 ラスボスの変わらぬ無垢な姿に、救世主は小さく舌打ちをした。
「――
 刹那、勇者は無感情に剣を振り下ろした。
 獰猛な肉食獣を連想させる歪んだ口角と、底なし沼が如く暗く濁りきった瞳は、『世界を救う者』とは思えぬほどに禍々しかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

キャンピングカーで往く異世界徒然紀行

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、燃料補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが… ※旧題)チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜 ※カクヨム様でも投稿をしております

聖女と騎士のはなし

笑川雷蔵
ファンタジー
魔族の侵攻に揺れる国アーケヴ。 いくさに疲弊する人々の前に現れたのは〈髪あかきダウフト〉、聖剣の輝きを以て魔を打つ聖女―― 最前線の砦に生きる、聖剣に選ばれてしまった村娘と堅物騎士、ふたりを取り巻く人々の日常と波瀾万丈と。短編連作集。

魔女の弟子ー童貞を捨てた三歳児、異世界と日本を行ったり来たりー

あに
ファンタジー
|風間小太郎《カザマコタロウ》は彼女にフラれた。公園でヤケ酒をし、美魔女と出会い一夜を共にする。 起きると三歳児になってしまってさぁ大変。しかも日本ではなく異世界?!

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

異世界楽々通販サバイバル

shinko
ファンタジー
最近ハマりだしたソロキャンプ。 近くの山にあるキャンプ場で泊っていたはずの伊田和司 51歳はテントから出た瞬間にとてつもない違和感を感じた。 そう、見上げた空には大きく輝く2つの月。 そして山に居たはずの自分の前に広がっているのはなぜか海。 しばらくボーゼンとしていた和司だったが、軽くストレッチした後にこうつぶやいた。 「ついに俺の番が来たか、ステータスオープン!」

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

処理中です...