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 部屋に入ったルーカスは真っ直ぐに躊躇いなくブリジットとイェルガに近付いて行く。
 ルーカスは自分の目の前で、自分には一切目もくれず、嬉しそうに幸せそうにイェルガに抱き着くブリジットにずきんずきん、と胸の痛みが大きくなるがその痛みを無視してイェルガの肩を掴み、ブリジットを無理矢理イェルガから引き離した。

「ノーズビート卿……! これは一体どう言う事か……! 状況の説明をしてくれ……!」

 ルーカスによって引き離されたブリジットは名残惜しそうにイェルガに向かって手を伸ばしている。
 ルーカスは信じられない、と言うような様子で唖然としているティファに声を上げた。

「シトニー嬢……! ブリジットを頼む!」
「──っ! わ、分かりましたわ!」

 ルーカスの声にはっとしたティファは慌ててブリジットの下に駆け寄り、ブリジットの手を掴む。

(……っ、とても……っ、同じ女性の力とは思えない……っ)

 イェルガの下に行こうとするブリジットの力は凄まじく、ティファは自分の腕を振り解こうとするブリジットに慌てる。

「ラ、ラスフィールド卿……っ! そのっ、ブリジットの力が強く、私だけでは……っ」
「……っ、ならば俺がブリジットを掴まえておく……! シトニー嬢は二人が近付かないようにノーズビート卿を……!」

 まるで視線で刺し殺せてしまうのではないかと言う程の厳しい視線をイェルガに向けるルーカスとは逆に、イェルガ本人は涼しい顔をしていて。

「ノーズビート卿……!」

 これは一体どう言う事か、と詰め寄るルーカスにイェルガはふんっと鼻を鳴らした後、なんて事無いように口を開いた。

「先程、そちらのシトニー嬢にもお伝えした通り、私が魔法の開発をしている時にアルテンバーク嬢が運悪くその魔法に掛かってしまったのです。……ただ、それだけ。時間が経てばその効果も消えます。騒ぎ立てるような事では無いと思いますが?」
「ただ、それだけ……!? ブリジットは間違い無く正気を失っている……! しかも貴方を私と勘違いして、貴方以外には無反応だ……! この状態をそれだけ、で済ます事が出来るとお思いか!?」
「魔法の研究開発にはこのような事は良くある事なのです。このような些事に騒ぎ立てるなど……、ラスフィールド卿。貴方は婚約者殿に相手にされない鬱憤をただ私にぶつけているだけに見えますが?」

 まるで小馬鹿にしたようなイェルガの言葉に、ルーカスは怒りに拳を握り締める。

 些事、だと今目の前にいる男は言ったのだろうか。
 人の感情を、精神に介入する魔法を誤ってブリジットに掛けてしまったというのに悪びれなくそんな事を口にするイェルガにルーカスは怒りを顕にする。

「貴方達は人の精神に異常を来す魔法を! 人に掛けても何とも思わないのか……っ!」

 先程までイェルガに反応していたブリジットは、今ではルーカスの腕の中で再び無反応になってしまっていて。
 イェルガを遠ざけているティファのお陰で二人が近距離にいないからか、ブリジットが過剰反応する様子は無い。
 そのブリジットの様子に、普段のブリジットの明るさを知っているルーカスもティファもイェルガに対して不信感を顕にしている。


 まるで敵対し合うかのように睨み合うルーカスとイェルガに、その様子を離れた所から見ていたリュリュドは「勘弁してくれ」と頭を抱える他無かった。


 この場に居続けても意味が無いだろう、と判断したルーカスはぼうっと虚空を見詰めているブリジットに一度寂しそうな視線を向けてから、ブリジットを横抱きに抱えた。

「シトニー嬢。ブリジットを邸に送ろう。アルテンバーク侯爵に事情を説明しなければ」
「わ、分かりましたわ!」

 ルーカスはイェルガから視線を外してブリジットを抱えたまま部屋の扉に向かう。
 ブリジットの父親と顔を合わせる好機を逃してなるものか、とイェルガもルーカスが扉に向かうのを見て一歩踏み出した所で、イェルガの行動を見たルーカスがイェルガに振り返った。

「ノーズビート卿はどうぞ開発を続けて下さい。ブリジットは俺が邸に送ります。侯爵から呼ばれたら、邸に来て頂ければよろしいかと」
「──……だが、彼女は私の魔法に掛かってしまったのだから開発者である私が同席しないのは流石におかしいのでは?」
「いえ。状況報告をした後、侯爵が陛下にご報告なさいます。その後からでも良いかと思われます」

 ルーカスはそれだけを言い終えると、ブリジットをぎゅっと抱え直し、部屋を退出する。

 ルーカスとブリジットの後を追い、ティファも軽く頭を下げた後にルーカスの後を追った。
 そして、部屋の扉が閉まる直前。
 思い出したかのように「ああ、そうだ」とルーカスが口にした。

「俺は王女殿下に呼び出されていたのですが、王女殿下の指示で魔法士に学院まで送ってもらいました。今回の件の報告が必要ですので、今聞いた事を全て王女殿下にお話させて頂きます」
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