39 / 64
39
しおりを挟むティファが先程ブリジットの家に向かわせた使用人が戻ってきたのだろうか、とリュリュドが考えていると、その足音に心当たりがあるのだろう。
ティファは呆れたように笑い、小さく声を漏らした。
「あらあら、ラスフィールド卿がもう来たのかしら……。知らせを送ったのは少し前だったのに」
くすり、と呟いたティファの声が聞こえたのだろう。
イェルガは奥歯をぎりっと噛み締める。
ブリジットは未だ意識が混濁している。
イェルガが隣に座った時、本人ではないのにルーカスだと勘違いしてしまった程だ。
だが、とそこでイェルガはハッとしてブリジットに視線を向ける。
ティファが部屋に入って来たと言うのに、ブリジットはティファにも反応を示していない。
反応したのは、魅了効果のある香水を纏った自分にだけ──。
そこまで考えたイェルガは、素早くブリジットに近付くと、手を貸す振りをしてぐっと自分の身を屈め、香水の香りがブリジットに届くようにしたのだ。
そして、イェルガの香水がブリジットに届くのと。
ブリジットの名前を叫びながら、乱暴に扉を開け放ち、ルーカス・ラスフィールドが部屋に転がり込んで来たのは同時で。
「ブリジット……!」
「──っ、るーかす、様……」
「えっ、あっ」
嬉しそうに小さく呟いたブリジットの声は、辛うじてイェルガの耳に届く程度で。
ブリジットから伸ばされた手に引き寄せられ、イェルガは驚いたような声を敢えて大きく上げる。
ブリジットから伸ばされた腕に、バランスを崩したようにイェルガはソファに膝を着いて何とか耐える。
だが、ブリジットは嬉しそうにぎゅうぎゅうとイェルガの首に自分の腕を回して抱き着いていて。
イェルガはティファやルーカスから見えない角度で口端を吊り上げた。
ルーカスは、目の前の光景が信じられなくて大きく目を見開く。
ブリジットが、自分の婚約者があろう事か自分以外の男に嬉しそうに抱き着いている。
幸せそうに顔を綻ばせているブリジットに、ルーカスは自分の胸がナイフで刺されたかのようにズキズキと痛む。
ブリジットの行動に、部屋に居たブリジットの友人であるティファも呆気に取られているらしくて。
いつもは貴族令嬢として凛とした姿なのに、今は大きく口をあんぐりと開けてしまっている。
──何故、どうして。
ルーカスの頭の中はその言葉だけがぐるぐると回っていて。
ブリジットが学院に来ている筈なのに、授業に出ていない、とティファの家から知らせを受けた。
王城でルーカスは王女と話をしていたのだが、事情を知った王女が魔法士を呼んで、ルーカスを学院まで魔法士の転移魔法で送ってくれたのだ。
そして、慌てて学院の玄関に駆けて来るブリジットの家の使用人を見付けてここまで案内させて……。
扉を開けてブリジットの無事を確認したい、と室内に目を向ければ、ブリジットは例の魔法士に抱き着いていて──。
「ブ、ブリジット……っ」
なんでだ、どうしてだ。
そう情けなく声を荒げたくなってしまう。
ブリジットは部屋に入って来たルーカスに目もくれず、未だにイェルガに嬉しそうに抱き着いていて。
ブリジットに抱きつかれているイェルガはわたわたと頬を染めて慌てふためいているだけで、ブリジットを引き離そうとしない。
無理矢理にでも二人を引き離さねば──、そう考えたルーカスがしっかり前を見据えた瞬間、ブリジットの唇が微かに動いた。
「──……っ!」
ほんの小さな声だったのだろう。
ルーカスの耳にブリジットの声は届かなかったが、ブリジットが動かした唇がどんな言葉を紡いだのか瞬時に理解して。
ルーカスは考えるよりも前に体が動いていた。
ブリジットは確かに「ルーカス様」と口にしていたのだ。
85
お気に入りに追加
3,173
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
婚約を解消してくれないと、毒を飲んで死ぬ? どうぞご自由に
柚木ゆず
恋愛
※7月25日、本編完結いたしました。後日、補完編と番外編の投稿を予定しております。
伯爵令嬢ソフィアの幼馴染である、ソフィアの婚約者イーサンと伯爵令嬢アヴリーヌ。二人はソフィアに内緒で恋仲となっており、最愛の人と結婚できるように今の関係を解消したいと考えていました。
ですがこの婚約は少々特殊な意味を持つものとなっており、解消するにはソフィアの協力が必要不可欠。ソフィアが関係の解消を快諾し、幼馴染三人で両家の当主に訴えなければ実現できないものでした。
そしてそんなソフィアは『家の都合』を優先するため、素直に力を貸してくれはしないと考えていました。
そこで二人は毒を用意し、一緒になれないなら飲んで死ぬとソフィアに宣言。大切な幼馴染が死ぬのは嫌だから、必ず言うことを聞く――。と二人はほくそ笑んでいましたが、そんなイーサンとアヴリーヌに返ってきたのは予想外の言葉でした。
「そう。どうぞご自由に」
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
貴方は私との婚約を解消するために、記憶喪失のふりをしていませんか?
柚木ゆず
恋愛
「レティシア・リステルズ様、申し訳ございません。今の僕には貴方様の記憶がなく、かつての僕ではなくなってしまっておりますので……。8か月前より結ばれていたという婚約は、解消させていただきます……」
階段からの転落によって記憶を失ってしまった、婚約者のセルジュ様。そんなセルジュ様は、『あの頃のように愛せない、大切な人を思い出せない自分なんて忘れて、どうか新しい幸せを見つけて欲しい』と強く仰られて……。私は愛する人が苦しまずに済むように、想いを受け入れ婚約を解消することとなりました。
ですが――あれ……?
その際に記憶喪失とは思えない、不自然なことをいくつも仰られました。もしかしてセルジュ様は…………
※申し訳ございません。8月9日、タイトルを変更させていただきました。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王女と婚約するからという理由で、婚約破棄されました
マルローネ
恋愛
伯爵令嬢のミレーヌと侯爵令息のバクラは婚約関係にあった。
しかしある日、バクラは王女殿下のことが好きだという理由で、ミレーヌと婚約破棄をする。
バクラはその後、王女殿下に求婚するが精神崩壊するほど責められることになる。ミレーヌと王女殿下は仲が良く婚約破棄の情報はしっかりと伝わっていたからだ。
バクラはミレーヌの元に戻ろうとするが、彼女は王子様との婚約が決まっており──
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】公爵子息は私のことをずっと好いていたようです
果実果音
恋愛
私はしがない伯爵令嬢だけれど、両親同士が仲が良いということもあって、公爵子息であるラディネリアン・コールズ様と婚約関係にある。
幸い、小さい頃から話があったので、意地悪な元婚約者がいるわけでもなく、普通に婚約関係を続けている。それに、ラディネリアン様の両親はどちらも私を可愛がってくださっているし、幸せな方であると思う。
ただ、どうも好かれているということは無さそうだ。
月に数回ある顔合わせの時でさえ、仏頂面だ。
パーティではなんの関係もない令嬢にだって笑顔を作るのに.....。
これでは、結婚した後は別居かしら。
お父様とお母様はとても仲が良くて、憧れていた。もちろん、ラディネリアン様の両親も。
だから、ちょっと、別居になるのは悲しいかな。なんて、私のわがままかしらね。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
私を運命の相手とプロポーズしておきながら、可哀そうな幼馴染の方が大切なのですね! 幼馴染と幸せにお過ごしください
迷い人
恋愛
王国の特殊爵位『フラワーズ』を頂いたその日。
アシャール王国でも美貌と名高いディディエ・オラール様から婚姻の申し込みを受けた。
断るに断れない状況での婚姻の申し込み。
仕事の邪魔はしないと言う約束のもと、私はその婚姻の申し出を承諾する。
優しい人。
貞節と名高い人。
一目惚れだと、運命の相手だと、彼は言った。
細やかな気遣いと、距離を保った愛情表現。
私も愛しております。
そう告げようとした日、彼は私にこうつげたのです。
「子を事故で亡くした幼馴染が、心をすり減らして戻ってきたんだ。 私はしばらく彼女についていてあげたい」
そう言って私の物を、つぎつぎ幼馴染に与えていく。
優しかったアナタは幻ですか?
どうぞ、幼馴染とお幸せに、請求書はそちらに回しておきます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
逆行令嬢の反撃~これから妹達に陥れられると知っているので、安全な自分の部屋に籠りつつ逆行前のお返しを行います~
柚木ゆず
恋愛
妹ソフィ―、継母アンナ、婚約者シリルの3人に陥れられ、極刑を宣告されてしまった子爵家令嬢・セリア。
そんな彼女は執行前夜泣き疲れて眠り、次の日起きると――そこは、牢屋ではなく自分の部屋。セリアは3人の罠にはまってしまうその日に、戻っていたのでした。
こんな人達の思い通りにはさせないし、許せない。
逆行して3人の本心と企みを知っているセリアは、反撃を決意。そうとは知らない妹たち3人は、セリアに翻弄されてゆくことになるのでした――。
※体調不良の影響で現在感想欄は閉じさせていただいております。
※こちらは3年前に投稿させていただいたお話の改稿版(文章をすべて書き直し、ストーリーの一部を変更したもの)となっております。
1月29日追加。後日ざまぁの部分にストーリーを追加させていただきます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】冷徹公爵、婚約者の思い描く未来に自分がいないことに気づく
21時完結
恋愛
冷徹な公爵アルトゥールは、婚約者セシリアを深く愛していた。しかし、ある日、セシリアが描く未来に自分がいないことに気づき、彼女の心が別の人物に向かっていることを知る。動揺したアルトゥールは、彼女の愛を取り戻すために全力を尽くす決意を固める。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる