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しおりを挟むティファが先程ブリジットの家に向かわせた使用人が戻ってきたのだろうか、とリュリュドが考えていると、その足音に心当たりがあるのだろう。
ティファは呆れたように笑い、小さく声を漏らした。
「あらあら、ラスフィールド卿がもう来たのかしら……。知らせを送ったのは少し前だったのに」
くすり、と呟いたティファの声が聞こえたのだろう。
イェルガは奥歯をぎりっと噛み締める。
ブリジットは未だ意識が混濁している。
イェルガが隣に座った時、本人ではないのにルーカスだと勘違いしてしまった程だ。
だが、とそこでイェルガはハッとしてブリジットに視線を向ける。
ティファが部屋に入って来たと言うのに、ブリジットはティファにも反応を示していない。
反応したのは、魅了効果のある香水を纏った自分にだけ──。
そこまで考えたイェルガは、素早くブリジットに近付くと、手を貸す振りをしてぐっと自分の身を屈め、香水の香りがブリジットに届くようにしたのだ。
そして、イェルガの香水がブリジットに届くのと。
ブリジットの名前を叫びながら、乱暴に扉を開け放ち、ルーカス・ラスフィールドが部屋に転がり込んで来たのは同時で。
「ブリジット……!」
「──っ、るーかす、様……」
「えっ、あっ」
嬉しそうに小さく呟いたブリジットの声は、辛うじてイェルガの耳に届く程度で。
ブリジットから伸ばされた手に引き寄せられ、イェルガは驚いたような声を敢えて大きく上げる。
ブリジットから伸ばされた腕に、バランスを崩したようにイェルガはソファに膝を着いて何とか耐える。
だが、ブリジットは嬉しそうにぎゅうぎゅうとイェルガの首に自分の腕を回して抱き着いていて。
イェルガはティファやルーカスから見えない角度で口端を吊り上げた。
ルーカスは、目の前の光景が信じられなくて大きく目を見開く。
ブリジットが、自分の婚約者があろう事か自分以外の男に嬉しそうに抱き着いている。
幸せそうに顔を綻ばせているブリジットに、ルーカスは自分の胸がナイフで刺されたかのようにズキズキと痛む。
ブリジットの行動に、部屋に居たブリジットの友人であるティファも呆気に取られているらしくて。
いつもは貴族令嬢として凛とした姿なのに、今は大きく口をあんぐりと開けてしまっている。
──何故、どうして。
ルーカスの頭の中はその言葉だけがぐるぐると回っていて。
ブリジットが学院に来ている筈なのに、授業に出ていない、とティファの家から知らせを受けた。
王城でルーカスは王女と話をしていたのだが、事情を知った王女が魔法士を呼んで、ルーカスを学院まで魔法士の転移魔法で送ってくれたのだ。
そして、慌てて学院の玄関に駆けて来るブリジットの家の使用人を見付けてここまで案内させて……。
扉を開けてブリジットの無事を確認したい、と室内に目を向ければ、ブリジットは例の魔法士に抱き着いていて──。
「ブ、ブリジット……っ」
なんでだ、どうしてだ。
そう情けなく声を荒げたくなってしまう。
ブリジットは部屋に入って来たルーカスに目もくれず、未だにイェルガに嬉しそうに抱き着いていて。
ブリジットに抱きつかれているイェルガはわたわたと頬を染めて慌てふためいているだけで、ブリジットを引き離そうとしない。
無理矢理にでも二人を引き離さねば──、そう考えたルーカスがしっかり前を見据えた瞬間、ブリジットの唇が微かに動いた。
「──……っ!」
ほんの小さな声だったのだろう。
ルーカスの耳にブリジットの声は届かなかったが、ブリジットが動かした唇がどんな言葉を紡いだのか瞬時に理解して。
ルーカスは考えるよりも前に体が動いていた。
ブリジットは確かに「ルーカス様」と口にしていたのだ。
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