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しおりを挟む「──アイー、シャ……?」
ウィルバートが掠れた声でアイーシャの名前を呟くと、アイーシャが強い視線でウィルバートを見詰める。
自分の父親であるウィルバートが、エリシャに対して何をしようとしていたのか。
それが垣間見えてしまって、アイーシャはどくりどくり、と心臓が嫌に大きく鼓動を打つのを感じて。
ウィルバートの腕を掴んだ逆側の腕で自分の心臓辺りを押さえる。
「お父様、駄目です……っそれだけはやってはいけません……っ」
「──アイーシャ」
懇願するようなアイーシャの言葉にウィルバートはふと自分の目の前に居たエリシャに視線を戻す。
先程、エリシャに向かって腕を伸ばしたウィルバートは明確にその首元を狙っていた。
それがエリシャにも、離れた場所に居たアイーシャにも伝わったのだろう。
エリシャは完全に怯えきり、瞳いっぱいに涙を溜めてウィルバートから距離を取ろうとじりじり床を這いつくばりながら離れて行く。
アイーシャはそんな父親ウィルバートの行動を止めようと、クォンツやマーベリック達の静止を振り切り自分の元に駆け付けたようだった。
「すまない、アイーシャ。大丈夫、もう大丈夫だ」
ウィルバートは腕を掴み、自分の行動を止めてくれたアイーシャに眉を下げて情けなく微笑むと、頭を撫でてやる。
その行為にアイーシャは安心したように表情を緩ませるとそっとウィルバートの腕から自分の手を離した。
エリシャとは距離を取っておいた方がいいだろう。
そう考えたウィルバートはアイーシャの背に手を添えて二人でエリシャから離れるように歩き出す。
ウィルバートとエリシャの間にいつの間にかやってきていたマーベリックとリドルが、エリシャの連行に掛かる。
「殿下、申し訳ございません」
「──いや、ウィルバート殿が謝る必要は無い。……貴方の気持ちも分かる」
気遣うようなマーベリックの声音にウィルバートは眉を下げたまま感謝の言葉を告げた。
合成獣は完全に消滅した。
そして、合成獣に変貌した男と共に来たエリシャはこうして捕らえられた。
しかも、この国の王太子であるマーベリックの目の前で禁じられた消滅魔術を発動したのだ。
マーベリックとリドルが魔道具を持っていなければ。
この場にウィルバートがいなければ。
エリシャが発動した消滅魔術は間違い無くこの場に居た人間に掛かっていただろう。
アイーシャを陥れる事に何の疑問も持たないエリシャだ。
ウィルバートが居なかった場合、発動した魔法でもってマーベリックやクォンツ達を操り、アイーシャに害を成す事は想像にかたくない。
「そもそも……。王族である私に対して精神干渉魔法を発動する事自体が重罪だ。極刑で持ってこの人間には罪を償ってもらおう」
「──っ、!! ……!!」
ぽつり、と呟いたマーベリックの言葉にリドルに立たされ、連行されていたエリシャが反応して何やら抗議しようとしているらしいが、先程ウィルバートの闇魔法で声を失わされたエリシャが言葉を発する事は出来なかった。
必死に抵抗するエリシャをものともせず、リドルはクォンツと合流すると邸の外に待機しているマーベリックの私兵達の元へと引っ張って行く。
引っ張られ、歩いて行くエリシャは周囲に視線を巡らせ、アイーシャに向かって何やら喚いているようだが当然声を発する事の出来ないエリシャはアイーシャに気付かれる事無く外へと連れ出されて行った。
合成獣の姿も、エリシャの姿も無くなり、ルドラン子爵邸にはアイーシャ、ウィルバート、マーベリックの三人が残る。
アイーシャは半壊してしまった邸を悲しそうに眉を下げて見渡す。
父と母が亡くなってしまった、と聞いた後もこの邸で今まで過ごして来た。
両親と過ごした思い出が残る場所は、合成獣が暴れた事によって半壊してしまい、玄関ホールなど見るも無惨な状態になってしまっている。
ぽつり、と広いホール内に立ち竦むアイーシャの隣に歩み寄ったウィルバートは、無言でアイーシャの肩を抱いて寄り添う。
アイーシャも無言でウィルバートに体重を預けると、その様子を見詰めて居たマーベリックはそっと二人から視線を外して足音を立てぬよう気を付けながら自分もクォンツとリドル二人の後を追った。
──残るは、ケネブ・ルドラン一人だけだ。
ウィルバートは仄暗い復讐心に呑み込まれないよう、強い視線で室内を見詰め続けた。
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