115 / 169
115
しおりを挟むウィルバートがそう言葉を紡ぐなり、使用人達三人はぶわり、と瞳から零れ落ちそうな程涙を溜めるとカクン、と膝から崩れ落ちる。
「──旦那様っ、! お戻りを……っ、お待ちしておりました……っ」
「良かった……っ、良かったです旦那様……っ」
「あぁっ、神様……! 本当にありがとうございます……っ!」
三者三様、口々に言葉を放つとウィルバートの傍にやって来ていたディフォートはウィルバートの手を取り、縋るように握り締める。
料理長のハドソンは涙を零し、ぐっと唇を噛み締めるとコック帽をぎゅうう、と強く握り締めてボタボタと床に涙を落とす。
ルミアはアイーシャに視線を向け、アイーシャに向かって「良かった、良かったですねお嬢様」と話し掛けている。
三人はウィルバートが帰って来た、と言う事実を知り喜びに溢れているせいでウィルバートの変わらぬ姿に今はまだ気が付いていない。
「──三人とも。一先ず座ってくれ。話をしようか」
ウィルバートが苦笑しながら家令であるディフォートの手を取り立たせてやると、食堂のテーブルへと促す。
再会を喜ぶのはまだ暫し先だ。
今はウィルバートが何故十年間もの間、帰って来る事が出来なかったのか。その事を説明しなければならない。
そして、何故この子爵邸にエリザベートだけを連れ帰って来たのかと言う事も説明が必要だ。
エリザベートが目を覚ます前に使用人三人にしっかりと事情を把握してもらう必要がある。
ウィルバートはぐすぐすと泣く三人がテーブルに着いた事を確認すると、アイーシャ、クォンツに順に視線を向けて頷き合ってからゆっくりと唇を開いたのだった。
ウィルバートから語られる十年前の出来事。
自分に執着し、恨みを募らせる弟ケネブの事、仕組まれた馬車事故、その馬車事故でのイライアの死、そして記憶を失っていた事。
恨みを持ったケネブが長年アイーシャを苦しめていた事、そして。
今回の魔物の事。
一連の出来事を、端的に説明し、時折クォンツが補足するようにウィルバートの後に言葉を発する。
姿が変わらぬ事は、ある魔法を取得した途端に年を取らぬようになったと濁すと、三人は察するものがあったのだろう。
神妙な顔をしてこくり、と頷いた。
「──そのような、事が……」
ウィルバートの説明が終わり、一瞬の静寂の後ディフォートがぽつりと言葉を零す。
小さく小さく零されたディフォートの言葉の後に、ハドソンは乱暴に自分の目元を服の袖で拭うと怒りを抑え切れない、と言うように唇を開いた。
「許せません……っ! 旦那様、奥様にそのような仕打ちをし……っ、お嬢様も長年苦しめ続けたあの家族をっ、俺は許す事など出来ません……っ!」
「旦那様、私も同じ意見です。自分勝手に恨みを募らせ、旦那様と奥様に対して行った所業。お嬢様への仕打ち……私はっ、長年お嬢様を助ける事が出来ずっ、あのような酷い事を本当に長年っ」
悔しそうに唇を噛み締めるディフォートに、アイーシャは堪らず言葉を挟む。
「いいのよ、ディフォート。私の事はいつも気にしないで、と言っていたでしょう? 私を庇って、首になった人達が大勢居たのよ。首になった使用人達は、次の働き先も紹介してもらえず、辛い生活をしていたの……」
「──ですがっ、お嬢様は首になってしまった使用人達を今現在まで気にして、援助なさっています……っ本来であれば家令の私が彼らの様子を見てやらねばならなかったのに……っ」
「いいのよ。ディフォートは邸の使用人達を助けて上げなきゃいけなかったんだもの。それに、私はルミアが居てくれたから全然平気だったわ」
ふふ、と微笑みさえ浮かべて自分達の罪など無いと言うアイーシャに、ディフォートもハドソンもそしてルミアも咽び泣く。
「……っ、ぜっ、絶対に許せません……っ、こんなっ、こんな事を……っ」
「例え神が許してもっ、私達は絶対に許しません……っ」
使用人達の言葉を聞き、ウィルバートも強く頷く。
「ああ。私も許すつもりは無い。……だからこそ、ケネブとエリシャが脱獄した後、エリザベートに接触を図ると予測して、彼女を邸に連れ戻した。……エリザベートを使い、接触を図って来たケネブとエリシャを捕らえる手助けをしてもらってもいいかい?」
ウィルバートの言葉に、使用人三人は力強く頷き、「はい!」と大きく声を上げた。
「ありがとう、三人とも。……これから王太子殿下の用意した人員が邸にやって来る。その人員達はこの邸の使用人として、配置する。……クォンツ卿の指示の元、上手く彼らとやってくれ」
「かしこまりました、旦那様……!」
「殿下がご用意下さった方達と協力致します!」
使用人の言葉に、ウィルバートは「ありがとう」と告げてにっこりと笑顔を浮かべた。
そして、食堂での話が一段落着いた頃合に。
タイミング良くエリザベートが目を覚ました、と言う知らせがやってきた。
75
お気に入りに追加
5,661
あなたにおすすめの小説
俺はお前ではなく、彼女を一生涯愛し護り続けると決めたんだ! そう仰られた元婚約者様へ。貴方が愛する人が、夜会で大問題を起こしたようですよ?
柚木ゆず
恋愛
※9月20日、本編完結いたしました。明日21日より番外編として、ジェラール親子とマリエット親子の、最後のざまぁに関するお話を投稿させていただきます。
お前の家ティレア家は、財の力で爵位を得た新興貴族だ! そんな歴史も品もない家に生まれた女が、名家に生まれた俺に相応しいはずがない! 俺はどうして気付かなかったんだ――。
婚約中に心変わりをされたクレランズ伯爵家のジェラール様は、沢山の暴言を口にしたあと、一方的に婚約の解消を宣言しました。
そうしてジェラール様はわたしのもとを去り、曰く『お前と違って貴族然とした女性』であり『気品溢れる女性』な方と新たに婚約を結ばれたのですが――
ジェラール様。貴方の婚約者であるマリエット様が、侯爵家主催の夜会で大問題を起こしてしまったみたいですよ?
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
【完結】これからはあなたに何も望みません
春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。
でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。
結婚して三年が過ぎ。
このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。
リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。
※完結まで作成済み。11/22完結。
※完結後におまけが数話あります。
※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。
理想の女性を見つけた時には、運命の人を愛人にして白い結婚を宣言していました
ぺきぺき
恋愛
王家の次男として生まれたヨーゼフには幼い頃から決められていた婚約者がいた。兄の補佐として育てられ、兄の息子が立太子した後には臣籍降下し大公になるよていだった。
このヨーゼフ、優秀な頭脳を持ち、立派な大公となることが期待されていたが、幼い頃に見た絵本のお姫様を理想の女性として探し続けているという残念なところがあった。
そしてついに貴族学園で絵本のお姫様とそっくりな令嬢に出会う。
ーーーー
若気の至りでやらかしたことに苦しめられる主人公が最後になんとか幸せになる話。
作者別作品『二人のエリーと遅れてあらわれるヒーローたち』のスピンオフになっていますが、単体でも読めます。
完結まで執筆済み。毎日四話更新で4/24に完結予定。
第一章 無計画な婚約破棄
第二章 無計画な白い結婚
第三章 無計画な告白
第四章 無計画なプロポーズ
第五章 無計画な真実の愛
エピローグ
毒家族から逃亡、のち側妃
チャイムン
恋愛
四歳下の妹ばかり可愛がる両親に「あなたにかけるお金はないから働きなさい」
十二歳で告げられたベルナデットは、自立と家族からの脱却を夢見る。
まずは王立学院に奨学生として入学して、文官を目指す。
夢は自分で叶えなきゃ。
ところが妹への縁談話がきっかけで、バシュロ第一王子が動き出す。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?
望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。
ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。
転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを――
そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。
その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。
――そして、セイフィーラは見てしまった。
目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を――
※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。
※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる