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「──あの人は……っ! エリシャは何処!? 何処なのよ!?」
「おっ、落ち着いて下さいエリザベート夫人……っ!」

 ──ガシャン!
 ──パリン!
 と扉の奥から暴れる音が聞こえて来て、扉を開けようとしていたアイーシャの手を隣に居たクォンツがそっと握り、後ろにいるウィルバートにアイーシャを任せる。

「クォンツ様……?」
「アイーシャ嬢は、ウィルバート卿の後ろにいた方が良い。夫人がまた手当り次第物を投げてくる可能性がある」
「そうだな、アイーシャ。クォンツ卿の言う通りにした方がいい。アイーシャが万が一傷付けられて、……人が死ぬ所を見たくは無いだろう?」

 何処と無くウィルバートの声音にひやり、とした冷たさを感じてアイーシャはこくこくと何度も頷くと、クォンツの言う通りウィルバートの後ろに大人しく収まった。

 未だ扉の奥で騒ぐ声が聞こえて来ているが、クォンツは構わずガチャリ、とドアノブを握ると扉を開いて室内へと足を踏み入れた。

「──あー……、大分暴れたな、これは……」

 室内の惨状を目にしてクォンツがぽつりと言葉を零すと、中に居たエリザベートが勢い良く振り返る。
 エリザベートを止めようとしていた兵士達を押しのけ、エリザベートがクォンツに歩み寄って来る。
 だが、足に付けられた足枷の鎖がジャラッ! と音を立てて、クォンツと一定の距離を保った場所で止まり、それ以上クォンツに近付く事は出来ない。

「──っ、ユルドラーク卿! この鎖を外して下さい! 私は罪人と同様の扱いを受けるような事はしておりませんわ!」
「……それはどうだろうか。ルドラン夫人。先程も貴女はアイーシャ・ルドラン嬢に向かって当たったら大怪我をしてしまう程の物を投げたではありませんか。打ち所が悪ければ……最悪の結果になる事もあるのです。……そのような人に対して、対処するのは当たり前です」
「ア、アイーシャに何をしようが私達の勝手ですわ! あれはこのルドラン子爵家の者です……! あれを家族である我々がどうしようと、私達の自由……! 家族の事に他人が口を出すのは些か行き過ぎておりますわ!」

 クォンツの言葉に、悪びれる様子も見せずにエリザベートは笑顔さえ浮かべて自分の胸に手を当てる。
 アイーシャをどう扱おうが、自分達の勝手だと。
 子爵家の事に首を突っ込むな、とエリザベートは愚かにもそう告げたのである。

 その言葉を聞いたウィルバートはぐっ、と拳を握り締めるとクォンツの隣に一歩歩み出た。
 ウィルバートの怒気に気付いたクォンツは背中に嫌な汗をかきながら、そっと小さく話し掛ける。

「──ウィルバート卿、お気持ちは分かりますが……、殺さぬようお願い致します。エリシャ・ルドランを誘き寄せる為に必要なので……」
「分かっている……。この場で処理してしまいたいが、そうするとケネブとエリシャを捕えられぬ事は分かっている……っ」

 突然前に歩み出てきたフードを被ったウィルバートに、エリザベートは怪訝な表情を浮かべる。

「お前は誰なの!? 突然、ユルドラーク卿と私との話の間に入って来て……! 恥を知りなさい! それに、罰せられたいの!」

 大声で言葉を紡ぐエリザベートに、ウィルバートの背後にいるアイーシャは眉を顰める。
 フードを被り、顔が見えないとは言え、クォンツと同等に会話をしている人物だと言うのにその様子を見て相手がどのような立場の人間なのか、察する事が出来ていない。

 アイーシャが「何と愚かな……」と心の中で呟いているとウィルバートがフードをぱさり、と取った。

「──久しぶり、だな。エリザベート嬢……、いや、今は夫人と呼ぶべきか」
「……は、? え……」

 顔を晒したウィルバートに、エリザベートは始めぽかん、と惚けたような表情をしていたが、素顔を晒したウィルバートの容姿の良さに瞳を煌めかせると「女」の顔になる。

「あ、あら……。どなたか存じませんが……。昔の私をご存知で……? 何処かでお会いしたかしら……、?」

 しなを作り、まるで媚びるようにウィルバートを見上げるエリザベートに、クォンツもアイーシャも不快感に表情を歪めてしまう。

「……何度か会って、挨拶をしたと言うのに……娘と同様、その頭の中は空っぽか」

 見惚れていたウィルバートから、辛辣な言葉を浴びせられて、エリザベートは羞恥に顔を真っ赤にさせる。

「──なっ、なっ、無礼な……っ! 名を名乗りなさい! 私はこの家、ルドラン子爵夫人よ!」
「ああ、申し遅れたな。私はウィルバート・ルドラン。義妹よ、義兄の顔も忘れたか?」

 胸に手をあて、紳士の挨拶を行うウィルバートにエリザベートは開いた口が塞がらずに言葉を失った。
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