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◇◆◇

「──おいっ、急げ……! 王太子が戻って来る……!」
「ちょ、ちょっと待って下さい……! 私っ、沢山叩かれてっ、足が痛いんですっ! 少しくらい手を貸してくれたっていいじゃないですか!」
「おいっ、止めろよ……! 俺に魅了や蠱惑、魅惑を発動したらすぐに殺すからな……! お前達の変わりはこれからいくらでも作る事が出来る、変な真似をしたら分かってるだろうな……!」
「──っ、わっ、分かりました……っ! 頑張って歩きます、歩きますから……っ、けどお父様が……っ」

 暗がりの中をバタバタと慌ただしい足音が響く。
 地下深くに作られている牢に侵入した男は、牢番を殺した後、エリシャ・ルドランとケネブ・ルドランを脱出させるために大急ぎで地上へと向かっていた。

 エリシャに付けられていた口封じの布は既に男によって外されており、文句を口にしながら後をついて来るエリシャの後ろからはぜいぜいと肩で息をするケネブ・ルドランが続く。

「俺たちが作った可愛い合成獣キメラが滅された。畜生っ、あれはこれから人間を喰ってどんどん成長するように術式を組み込んだ最高傑作だったのによぉ……!」

 男がぶつぶつ、と呟き八つ当たりをするように既に事切れている牢番の体を蹴り上げる。

「いいか、可愛い合成獣キメラが消滅してしまった事に俺たちの主が悲しんでおられる。お前達はあの資料を回収、そしてあの付近はお前の領地だろう? 領地民を適当に見繕って隣国に連れてこい……! 王太子にバレる前に国から脱出するぞ……! 隣国に行けばまだ何とかなる、隣国で再び領地民を使って作るぞ……!」

 その男の言葉に、最後尾を着いてきていたケネブがひゅうひゅうとか細い声で言葉を発した。

「──ならば、ならば……っ、アイーシャも……」

 ケネブの声に反応したのは前にいたエリシャで。
 エリシャはケネブの発言に眉を顰めた。

「お姉様? 何故お姉様なんて必要なんですか?」
「……あれ、は……魔力量は低いが……魔力制御に長けている……。緻密な魔力制御が出来れば……強大な魔法を放つ事が……、可能だ……」
「──っ、何でお姉様ばかり……っ」
「あの男の、……っ、魔力制御の正確さを、受け継いだのだろう……、魔力量は少ないから……、取り込んでしまえば……っ、二度と元には戻らん……っ」
「へえ? 何で母親と一緒に殺さないのか不思議だったけど……。スペアとして残しておいたのか? まあ、あの合成獣キメラと同等か、それ以上の力を得られれば主も喜ばれるだろう」

 軽い調子で話す男には返事を返さずにケネブはブツブツと言葉を呟き続ける。

「簡単に、殺して……たまるか……、あの男の血を引いた……人間は……っ、最期の時まで……苦しませてっ、絶望の中で……っ、息絶えればいい……っ」
「──? 何だか、お父様難しい事を言っていてよくわかりませんが……。私達はとりあえず隣国に行くのですね!」

 場違いな程明るいエリシャの声に、先頭を駆けていた男は呆れつつ地下牢から地上に飛び出した。

「──っ、良し! まだ交代の時間じゃない……! だが残り時間は僅かだ……! 直ぐにこの場を離れるぞ」
「まっ、待って下さい! このどこかにお母様がいらっしゃるのですっ、お母様も一緒に隣国に行かないと……っ、あっ! あとベルトルト様っ、ベルトルト様も……!」
「……っ、そいつらは後から連れて来てやるから急げ! 直ぐに見回りがやってくる! 牢番が死んだ事が騒ぎになる前に仲間と合流するぞ!」

 月が雲に隠れ、辺り一面が暗くなった瞬間に男が城壁に向かって走る。

 エリシャは後ろをぜいぜいと苦しそうに走るケネブを気遣うように振り返るが、自分達がしている事は悪い事だ、と言う事が分かっているエリシャは父親の手を取り男の後を追い掛けた。

「ちょっとだけ、隣国に行くけれど……っきっと直ぐに戻ってきますわ、お母様っ、ベルトルト様っ!」

 エリシャは小さく声に出して告げると、自分達を待つ男の元へ急いで向かった。

 そうして、男は外にいた仲間に何か合図を送ると壁を破壊して外へ素早く出る。
 大きな破壊音に、城の騎士達が近付いて来る足音が聞こえて来てエリシャはケネブの手を引いて急いで男の後に続いた。
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