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しおりを挟むアイーシャの言葉に、クォンツも怪訝な顔をする。
泣き腫らす程の、何かがウィルバートにあったのだろうか。
「──その、昨日アイーシャ嬢と再会して……ウィルバート卿は涙を流していたが……それで目元が腫れていたんじゃねえのか?」
「あの後、お父様にはしっかりと目元を冷やしてもらっているので、夜眠る前に腫れは引いたんです、けど……」
アイーシャは言葉を濁すとウィルバートが出て行った方向に視線を向けて眉を下げる。
「何か……私には話せないような……辛い事があったのかもしれません」
「アイーシャ嬢に話せねえなんて事、無い、だろ……? ウィルバート卿はアイーシャ嬢を大事にしてるし──……っ、大切だからこそ、何か隠してる……?」
クォンツの言葉にアイーシャはぐっ、と拳を握ると躊躇いがちに唇を開いた。
「……気の所為、かもしれませんが……私の戯言だと思って、聞いて下さい……。昨日……魔物の姿を目にした瞬間、懐かしさ、を……感じたんです……っ、それにっ、魔物……、あの合成獣が……っ昔お父様が私に語って下さった……っ、神話のお話の合成獣だったら……っ!」
話の途中で、ぼろぼろと涙を零し涙声で話すアイーシャにクォンツはぎょっとしてしまう。
「──ちょっ、まてまてまてっ、大丈夫かアイーシャ嬢っ、!」
わたわたして、アイーシャの目の前で無意味に両腕をぶんぶんと上下させるクォンツの姿が目に入らずにアイーシャはどんどんと自分の思考が悪い方、悪い方へと向かって行ってしまうのを止められない。
「……っ、あの合成獣が……っ、お父様がお話して下さった、神話の合成獣と同じ方法で……っ、」
「ああっ! ちくしょう、落ち着いてくれっ!」
クォンツは慌てふためいたまま、過呼吸になり掛けているアイーシャを正面から抱き締める。
腕の中でしゃくり上げるアイーシャを落ち着かせるように背中を擦ってやりながら、クォンツはアイーシャに言われた言葉を頭の中で整理する。
(……合成獣が、神話に登場していた……、? どの神話の事を語ってんのか分からねえ、な……。リドルやマーベリック殿下に聞けば分かるだろうか……。だが、神話と同じ方法で……っつーのはどう言う事だ……? それに、懐かしさを感じたって……)
アイーシャを抱き締めながら、アイーシャから語られた断片的な言葉達を必死に頭の中で組み立てる。
(ウィルバート卿が、泣いていて……。アイーシャ嬢もこの取り乱し様……、懐かしい……? 神話と同じ方法で合成獣──……)
そこまで考えて、クォンツは瞳を見開く。
アイーシャの取り乱し方、ウィルバートが娘に隠れて泣いていた事、アイーシャが語った神話の話。
「──いやいやいや……、まさか……そんな嘘だろう……そんな、外道な……」
クォンツのアイーシャを抱き締める腕にも力が入ってしまう。
導き出てしまった、人道に反する行い。
「そんな事がっ、あってたまるか……っ」
クォンツが震える声でそう吐き出すと、いつの間に戻って来ていたのだろうか。
ウィルバートの低く、冷静な声音が天幕の中に響いた。
「……アイーシャも、あの合成獣に何か感じる物があったのか……」
「──っ、ウィルバート卿」
「お父様……っ」
アイーシャとクォンツが天幕の入口に顔を向けると、やるせない表情でウィルバートがぽつりと佇んでいる。
必死に感情を押し殺しているように唇を噛み締めて視線を地面に落とす姿を見ると、アイーシャは感じ取っていた事が「真実」なのでは、と嫌な予感に支配される。
ウィルバートは力を抜くように長く息を吐き出すと、アイーシャとクォンツの元へ足を進め抱き合う二人をべりっと剥がす。
「殿下と少し話して来た。合成獣は、名前の通り自然発生する魔物では無い。その為、この山中で他にも合成獣が作られていないか、怪しい施設が無いか……確認しに行く。……出立は一時間程後だ。……クォンツ卿も支度をして来なさい」
「──ウィルバート卿……っ、この違和感をっ、アイーシャ嬢が感じた感覚を今直ぐに確認しないでいいのですか……っ! マーベリック殿下に伝えれば──っ」
「殿下の目的は怪しい場所の確認だ。合成獣の事については、報告はするが……もう調べようが無いだろう」
「そんな事は……っ」
未だ食い下がるクォンツに、ウィルバートは力無く首を横に振ると静かに泣くアイーシャの背に手を添えてクォンツに戻るよう再度伝えた。
出立は一時間後だ。
支度をして、この天幕を出る用意をしなければならない。
クォンツはアイーシャを気遣うように何度か振り返りながら天幕から出て行った。
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