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裁く者と裁かれる者
しおりを挟むレオンとの話が終わり、正式にレオンの想いを受け取ったミュラーとレオンは後日改めて婚約の手続きを行う事を約束した。
今回の事件の参考人として王城への登城を命じられたハドソン家と、アルファスト家は数日後王都にある王城へと向かっていた。
移動する馬車の中、先日の話し合いからミュラーと父親は気まずい雰囲気の中、ギクシャクとした態度でポツリポツリと会話をする。
「…あれから、アルファスト侯爵とは…話が出来たか…?」
「はい…私の気持ちも、レオン様の気持ちもしっかりとお互い再確認出来ました…」
「そうか…長い間本当に悪かったな…」
元は娘の身を案じた故の約束事。
お互い、取り返しのつかない事態になる事は免れた。
時間は掛かるかもしれないがその内にまた以前のように自然に会話する事が出来るようになるだろう事はお互い察している。
ただ、今は気まずさが勝り上手く会話が出来ないだけだ。
ぽつりぽつりと会話が途切れたりしながらも、馬車は王城の馬車止めへと到着した。
先にレオン達が到着していたのだろうか、ミュラー達が馬車から降りると、馬車止めまで歩いて来た衛兵がアルファスト侯爵様があちらでお待ちです。と案内をしてくれる。
急いで案内された場所へ向かうと、レオンとアウディが揃って応接間のソファへと座っていた。
「アルファスト侯爵、待たせてすまない」
「そんなに待っていないから気にしないでくれ、ハドソン伯爵」
ミュラーと父親の姿を認めると、レオンとアウディが腰を上げる。
ミュラー達を案内して来た衛兵がこちらへ、と他の場所へと案内して行く後ろ姿に大人しくついていく。
「ミュラー、緊張している?」
「レオン様っ、ええ、王城へ登城するなど余り機会がないものですから…」
「大丈夫だよ、宰相も同席するとは言え殆ど話すのは政務官だ。政務官のオリバー・フラナガンは友人だから緊張し過ぎないで大丈夫」
レオンに優しく微笑まれて、ミュラーはほっと安堵の息を吐く。
友人の政務官と殆ど話すと言えど、宰相も同席すると言う。いくらか緊張は解けたが、ミュラーは自分の指先が緊張で冷たくなっているのを感じた。
「余り思い出したくないあの日の事を聞かれるかもしれないけど、ミュラーは覚えている事を答えればいいんだ」
「っ、はい」
するり、とレオンの手が絡んで来て冷たいミュラーの手のひらをそっと包み込むように握ってくれる。
緊張を解そうとするようにレオンの指先がミュラーの冷えた手の甲を何度も擦ってくれる。
ミュラーはそっとレオンの顔を見上げると、ミュラーの視線に気付いたレオンは微笑んでゆっくりと頭を撫でてくれる。
自分が送ったリナリアの髪飾りがミュラーの髪の毛を彩っているのに気付くと、レオンは嬉しそうにその髪飾りを一撫でしてからミュラーの頬を撫でる。
レオンの指先から伝わる熱に、冷たく緊張していた体が解れるように感じる。
ミュラーはそっとレオンに寄り添うと、前を歩く父親とアウディにしっかりとした足取りで着いて行った。
「アルファスト侯爵家の当主、レオン・アルファスト侯爵と弟君、アウディ卿。ハドソン伯爵家の当主、ラナウド伯爵とご令嬢のミュラー伯爵令嬢がお着き致しました」
衛兵がとある部屋の前で止まると、部屋の中の主に向かってそう伝える。
中から若い男の声が聞こえ、入室の許可が下りる。
どうぞ、と衛兵が扉を開けてくれミュラー達はその扉の向こうへと足を進めた。
室内は広めの応接室のようで大きめのソファが置かれ、ミュラー達4人が座っても広々と座れそうである。
部屋の奥には政務机のような物があり、その向こうに中年の男性が穏やかな表情で座っている。
中年の男性の横で立っていた男性がこちらへと視線を向けると、穏やかな声音でソファへと座るように促してくれた。
恐らく、部屋の中から入室の許可を出してくれたのはこの男性だろう、とミュラーは思う。
ブラウンの長い髪の毛を後ろで一つに括り、眼鏡を掛けた端正な顔の男性。レオンとそう年も変わらなさそうな事から見て、この男性がレオンが言っていた友人のオリバー・フラナガンなのだろうと納得する。
「今日はわざわざ王城まで来て頂き申し訳ない。先日の禁止薬物の件について被害にあった本人達から直接話を伺いたく来ていただいた」
4人が座るのを見届けると、オリバーが説明を始める。
順々に4人の顔を見てから最後にレオンに視線を止めると、オリバーがレオンに向かって笑む。
自分はこの国の宰相の補佐をしている政務官であると自分の名前を名乗り、言葉を続ける。
「それで、今日皆さんに来て頂いたのは成人の舞踏会で発生した禁止薬物の事件の聞き取りと、現在地下牢に収監している犯人との面通しを行わせて頂きたい。面通しを行い、特定の人物への過剰反応を確認し、薬物の常用性を確認する」
「待て…オリバー、それは聞いてないぞ。ミュラーをまたあいつらと合わせるというのは断る」
オリバーの説明にレオンは反応すると、険しい表情で言葉を紡いだ。
レオンの言葉にオリバーは難しい表情をすると面通しの必要性をレオンに訴えるように口を開く。
「だが、ハドソン嬢にニック・フレッチャーを合わせないとなると裁くまでに時間がかかるぞ」
「…だが、それでもなるべくミュラーと合わせたくない…」
気持ちはわかるが、とオリバーが頬を困ったようにかくと執務机に座っていた宰相が優しく微笑みながら唇を開いた。
「ミュラー・ハドソン嬢…。確かに、貴女に害なす者と面通しさせようとするのは酷な事ですが、わかって頂きたい。この工程を踏むのと踏まないことでは加害者であるニック・フレッチャーを裁くのに必要な証拠を十分に得られず、裁くまでに時間を要します」
優しく諭すようなその言葉に、ミュラーはこくりと一つ頷くと、宰相の言葉の続きを待つ。
「貴女が恐怖心を抱くのは普通の感覚です。相手は常識が通じない、薬を服用出来ていない状態で錯乱状態でもありますから…それでも、今回大きな罪を犯した彼らを早く裁かねばいけません。結果が早く出れば出る程、王都内に蔓延る禁止薬物の利用者や、流通している場所を潰していけるのです」
相手はほぼ黒だと言う事は分かっている。
薬物の乱用に、ミュラーやレオンへの媚薬の強制服用、軟禁罪や強姦未遂の罪状が挙げられるが、その発端となった薬物を服用していた、という確かな証拠が欲しい。
この薬物には自分が執着している人物を前にすると幻覚、幻聴や妄言の作用が大きく働く。
その場面を政務官の目で確認出来る事に越したことはない。
レオンが合わしたくない、と言う気持ちもわかる。
ニック・フレッチャーと相対する気持ちに恐怖心が湧くのだ。
だが、自分が逃げていては正しい裁きを行う事が出来ない。
ミュラーは隣に座っていたレオンの手のひらをぎゅっと握ると、まっすぐ宰相を見つめて頷いた。
「分かりました、私に出来る事でしたらいくらでもご協力致します」
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