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今度は自分から
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レオンは侯爵家の馬車に乗り込むと、先程ミュラーへ懇願するように伝えてしまった言葉に頭を抱えた。
「うぅ…言うつもりは無かったのに」
常に感じていたミュラーからの熱が、愛情がその瞳から感じれなくなって。
自分を意識して欲しいと、お願いだからもう一度その瞳に焦がれるような熱情を宿して欲しい、と焦ってしまって伝えるつもりのなかった言葉が零れ落ちてしまった。
幸い、掻き消えてしまいそうなほど小さく零した言葉の為、先程の言葉がミュラーには届いていない事を祈るしかない。
今日会ったミュラーからは戸惑い、そして贈り物に対する純粋な感謝を感じた。
それしか、感じなかった。
レオンとの距離の近さや、接触に狼狽える気配を感じたが、今までのように焦がれるような愛情を乗せた瞳で見つめられる事は終ぞ無かった。
本当に、あの日。最後にレオンに告白したあの日にミュラーは全てを諦めてしまったのかもしれない。
まだ、早すぎた。ミュラー自身自分の気持ちの整理が付いていなかったのかもしれない。だが、ミュラーの中から自分の存在が消えてなくなるのが耐えられなかったのだ。
「それならば、今度は俺がミュラーに振り向いてもらう番だな」
レオンは名残惜しむように遠ざかるハドソン家に視線をやると、ぐっ、と唇を噛み締めた。
「ああ…こちらを処理しないと…」
レオンは俯いた姿勢から、目線だけを自分の座る座席の向かいに向ける。
向かいの座席には、何枚かの紙の束が置かれている。
「確か…リーンウッド嬢から調べて欲しい、との事だったな…ホフマン子爵家と…あぁ」
その紙の束を一枚一枚捲って内容を確かめていたレオンは、次に続く家名に嫌そうに表情を歪めた。
「パトリシア・フィプソン伯爵令嬢…忌々しい名前だ…」
何故没落したフィプソン伯爵家の名前が今更出てくるのか。
その名前を聞いただけで当時の頭痛と目眩が蘇ってくるようで、レオンはトラウマともなってしまった一連の事件に吐き気を催してしまう。
「待て待て待て、リーンウッド嬢の話が確かなら、フィプソン伯爵家とホフマン子爵家の令嬢が従姉妹同士だと…!?あの没落寸前の子爵家がそうだったとは…裏がありそうで最悪だ」
これは明日、王城へ足を運ぶ必要が出て来たかもしれない、とレオンは更に頭を抱える事態になりそうでああくそ!と誰にも聞かれないのをいい事に、貴族にあるまじき態度で毒づいた。
ミュラーはレオンを乗せ、遠ざかる馬車をその場から動くことが出来ずに呆然と見つめ続けた。
「さっき、レオン様は何と言ったの…?」
確かに聞こえた。
レオンの懇願するような切ない声音が確かに自分の耳に届いた。
頂いた装飾類を贈ったのは、自分であると。
自分の気持ちを覚えていて欲しい、と確かに言っていた。
貴族社会では宝石を贈るのは婚約者である男性の役目である。
または、ミュラーのように婚約者がいない場合は男親である父親から贈られたり、もしくは婚約者に準ずる仲の男性から贈ってもらう事が殆どで、たまに意中の女性にアプローチをする為に宝石類を贈ることもあるが、成人前の場合は殆どが親もしくは婚約者が相手である。
その為通常であれば今回のレオンからの贈り物も、本来であれば特別な意味が込められている事になる。
だが、ミュラーはその考えを端から頭から捨てていた。
きっと、可愛い妹分の自分に身内として贈ってくれたのだろう、と思っていた。成人祝いとして兄のような気持ちで贈ってくれたのだろう、と。
先程のレオンの言葉を聞くまでは。
「何故…、本当に何故今になって混乱するような事をなさるのですか…」
覚えていて、と言っていた。
そして自分の気持ち、とも言っていた。
期待したくない。
また、期待して揺れ動く感情に翻弄されたくない。
もう自分は疲れたのだ。お願いだから、これ以上感情を波立たせないで欲しい。だって、まだ自分はレオンの事が好きなのだから。
レオンの些細な一言や、行動にもう振り回されたくない。
「ええ、きっとこれは兄として妹の成人を祝う気持ちでくれたのよ」
ミュラーは、そう思い込む事にしてそっと自分の髪の毛に飾られたその美しい髪飾りを指先でなぞった。
ミュラーは自室に戻った後、次女のラーラにレオンから贈られた装飾類の花の名前をついつい確認してしまって、また大混乱した。
「うぅ…言うつもりは無かったのに」
常に感じていたミュラーからの熱が、愛情がその瞳から感じれなくなって。
自分を意識して欲しいと、お願いだからもう一度その瞳に焦がれるような熱情を宿して欲しい、と焦ってしまって伝えるつもりのなかった言葉が零れ落ちてしまった。
幸い、掻き消えてしまいそうなほど小さく零した言葉の為、先程の言葉がミュラーには届いていない事を祈るしかない。
今日会ったミュラーからは戸惑い、そして贈り物に対する純粋な感謝を感じた。
それしか、感じなかった。
レオンとの距離の近さや、接触に狼狽える気配を感じたが、今までのように焦がれるような愛情を乗せた瞳で見つめられる事は終ぞ無かった。
本当に、あの日。最後にレオンに告白したあの日にミュラーは全てを諦めてしまったのかもしれない。
まだ、早すぎた。ミュラー自身自分の気持ちの整理が付いていなかったのかもしれない。だが、ミュラーの中から自分の存在が消えてなくなるのが耐えられなかったのだ。
「それならば、今度は俺がミュラーに振り向いてもらう番だな」
レオンは名残惜しむように遠ざかるハドソン家に視線をやると、ぐっ、と唇を噛み締めた。
「ああ…こちらを処理しないと…」
レオンは俯いた姿勢から、目線だけを自分の座る座席の向かいに向ける。
向かいの座席には、何枚かの紙の束が置かれている。
「確か…リーンウッド嬢から調べて欲しい、との事だったな…ホフマン子爵家と…あぁ」
その紙の束を一枚一枚捲って内容を確かめていたレオンは、次に続く家名に嫌そうに表情を歪めた。
「パトリシア・フィプソン伯爵令嬢…忌々しい名前だ…」
何故没落したフィプソン伯爵家の名前が今更出てくるのか。
その名前を聞いただけで当時の頭痛と目眩が蘇ってくるようで、レオンはトラウマともなってしまった一連の事件に吐き気を催してしまう。
「待て待て待て、リーンウッド嬢の話が確かなら、フィプソン伯爵家とホフマン子爵家の令嬢が従姉妹同士だと…!?あの没落寸前の子爵家がそうだったとは…裏がありそうで最悪だ」
これは明日、王城へ足を運ぶ必要が出て来たかもしれない、とレオンは更に頭を抱える事態になりそうでああくそ!と誰にも聞かれないのをいい事に、貴族にあるまじき態度で毒づいた。
ミュラーはレオンを乗せ、遠ざかる馬車をその場から動くことが出来ずに呆然と見つめ続けた。
「さっき、レオン様は何と言ったの…?」
確かに聞こえた。
レオンの懇願するような切ない声音が確かに自分の耳に届いた。
頂いた装飾類を贈ったのは、自分であると。
自分の気持ちを覚えていて欲しい、と確かに言っていた。
貴族社会では宝石を贈るのは婚約者である男性の役目である。
または、ミュラーのように婚約者がいない場合は男親である父親から贈られたり、もしくは婚約者に準ずる仲の男性から贈ってもらう事が殆どで、たまに意中の女性にアプローチをする為に宝石類を贈ることもあるが、成人前の場合は殆どが親もしくは婚約者が相手である。
その為通常であれば今回のレオンからの贈り物も、本来であれば特別な意味が込められている事になる。
だが、ミュラーはその考えを端から頭から捨てていた。
きっと、可愛い妹分の自分に身内として贈ってくれたのだろう、と思っていた。成人祝いとして兄のような気持ちで贈ってくれたのだろう、と。
先程のレオンの言葉を聞くまでは。
「何故…、本当に何故今になって混乱するような事をなさるのですか…」
覚えていて、と言っていた。
そして自分の気持ち、とも言っていた。
期待したくない。
また、期待して揺れ動く感情に翻弄されたくない。
もう自分は疲れたのだ。お願いだから、これ以上感情を波立たせないで欲しい。だって、まだ自分はレオンの事が好きなのだから。
レオンの些細な一言や、行動にもう振り回されたくない。
「ええ、きっとこれは兄として妹の成人を祝う気持ちでくれたのよ」
ミュラーは、そう思い込む事にしてそっと自分の髪の毛に飾られたその美しい髪飾りを指先でなぞった。
ミュラーは自室に戻った後、次女のラーラにレオンから贈られた装飾類の花の名前をついつい確認してしまって、また大混乱した。
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