【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船

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大好き、でした

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成人の舞踏会まであと20日のある日のこと。
レオンは執務室でいつものように領主としての仕事をしていた。

弟のアウディは所用で外に出ている為、その部屋にはレオン1人しかいない。
黙々と書類の内容を確認し、自分の名前を署名して行く。


「去年の今頃は川の氾濫があって農作物にかなりの打撃を負ったが、今年は無事で良かった…もう少し治水工事を見直すべきだな…まだ各所に不安が残っている」

ミュラーが関わらなければレオンは大変よく出来た領主だ。
領民の声にしっかりと耳を傾け、実現出来る事は直ちに着手して解決する。
問題には弟のアウディを交え、解決策を領民と共に悩み模索し解決出来るようにする。
ここ最近は天候に関わる川の氾濫や落雷による家の焼失に関して頭を悩ませている。

これは、アウディが戻ってきたら何かいい案がないか相談してみるか…
とレオンが一息つこうとした所で、執務室のドアをノックする音が聞こえる。
返事をすると、ノックをしたのは年配の家令で、どうしたのかと尋ねるとミュラーが来ているので執務室へ通してもいいか、との事だった。

「ああ、丁度今一息つこうと思ってた所だから通して大丈夫だ」
「畏まりました。それではミュラー様を呼んで参ります」

家令の言葉にレオンは通すように答えて、そしてはたと気づく。

「しまった、アウディが留守だ…ミュラーと2人きり…堪えろよ俺。」

何度か深呼吸して、高揚しかける気持ちを落ち着かせる。

(伯爵との約束を思い出せ、気持ちに答えるのは20日後だ、あとたった20日だ。)

そう自分に言い聞かせ、何度か深呼吸していると可愛らしい声で自分の名前を呼ばれ、ドアをノックする音が聞こえる。
レオンは自然と綻ぶ口元をそのままに入室の声を掛けた。





「レオン様、お仕事中申し訳ありません。大丈夫でした?」

ふわふわの細いアメジストの髪をたなびかせながらミュラーがドアから入ってくる。

「丁度今、一息つこうと思っていた所だから平気だよ」

ふわふわの髪の毛に視線を移し、レオンはその髪の毛に触れたいと思いながらそう言葉を返す。
良かった、と微笑みながらミュラーはレオンの元へと歩いて来る。
レオンは「またいつものやつかな?」と答えを準備しながらミュラーの行動を待つ。
いつもは執務机を挟んだ反対側で足を止めると、そこでいつもの求婚のセリフを言うのだが、ミュラーはそのまま足を進め、レオンの座る椅子の真横まで歩いて来た。

「…?ミュラー、どうしたんだ?」

いつもと違うミュラーの行動に戸惑いながらレオンがそう問いかけると、ミュラーは美しく微笑みながらそのままレオンにそっと抱きついた。

「レオン様、好きです。私と結婚して下さい。」
「…!」

常と違うミュラーのその態度に、無意識の内にミュラーを抱きしめ返そうとしていた自分の両腕を必死に留め、レオンはその腕をミュラーの頭へ持っていくと、そっと頭を撫でた。

「ありがとう、ミュラー。…何だか元気がないか?大丈夫か?」

普段の元気いっぱい、といったミュラーの態度とは違い
どこか縋るような態度と声音に、レオンは戸惑うが「気持ちを返してはいけない」という伯爵との約束に何とか従いレオンは戸惑いながらもやっとの事でそう口にした。
レオンに顔が見えない位置でミュラーはぐっと唇を噛み締めると、一度瞬きをして涙の膜が張ってしまった瞳を閉じると、水分を散らす。

「残念…!またいつものお返事ですね」

ぱっとレオンから体を離すと、ミュラーはカラッと笑いながらレオンの顔を覗き込む。

「いつもと違う雰囲気でいけば頷いて貰えるかな、って思ったんですが駄目でしたね!」
「…びっくりした、ミュラーは女優さんみたいだ」

ドキマギしている事をミュラーに気付かれないようにレオンは破顔すると、具合が悪いかと思って心配したよ、とミュラーの額を小突いた。
いつものミュラーのような気もするし、いつもと違うミュラーの気もする。どこか漠然とした不安を感じながら、レオンはそっとミュラーを伺い見るがもう今はいつものミュラーに戻っているようでこれ以上何も聞けないな、と諦める。

「ミュラー、今アウディが所用で外出しているんだ。戻るのはまだ時間がかかるが、待っているかい?」
「あ、ごめんなさい。数日後の夜会の準備がまだ終わっていないんです。アウディにも会いたかったのですが今日はこれで失礼しますね!」

確かに、成人の舞踏会まであと20日。その前に最後の夜会がある。時期的にもう数日後に迫っている為、ミュラーは準備に忙しいのだろう。
その中、こうして会いに来てくれた事にレオンは嬉しさを感じ、この後の仕事も頑張れそうだな、と微笑む。

「そうか、残念だがまた時間が出来た時においで。わざわざ時間を作って来て来れてありがとう。気を付けて帰るんだよ」
「はい!またお伺いしますね!お仕事の邪魔をしてしまってごめんなさい」

ぱたぱたとドアまで駆け寄り、ミュラーはくるりと振り返るとにこやかに笑いながら手を振って出てゆく。
レオンも軽く手を上げてミュラーを見送ると、少しの違和感を覚えたが、深く考えず仕事の書類に視線を落とす。
ミュラーに抱きつかれた時に感じたその体の柔らかさを思い出すだけで、今日1日仕事が捗りそうだ、とレオンは口端を上げると仕事の続きに取り掛かった。












パタン、音を立てて扉が閉まった後
ミュラーはそのままずるずると扉の前にしゃがみ込んだ。

「…っぅ、」

込み上げてくる嗚咽を必死に押し殺す。
これで、最後。
最後の告白にする、と決めてレオンの元へやってきた。

いつもとは違う、本気の告白をした。
真面目に、真剣に告白した。
けれど、その態度に若干の戸惑いは感じてくれたけれど返答はいつもと同じ。
真剣に告白したらもしかしたら、という淡い期待があったのだ。
けれど、その期待も粉々に砕けてしまった。

10年、自分は頑張った。
一途にレオンを愛し、気持ちを伝えて来た。報われなかったけど、自分だけは自分を褒めて上げよう。
最後まで頑張ったもの。
すぐにこの気持ちを忘れる事は出来ないけれど、きっと忘れてみせるからあと少しだけ、成人するまでの短い時間だけレオンを想う事を許して欲しい。
そうしたら、もう二度と求婚はしないから。



ミュラーはレオンがいる室内に向けて、ぽつりと呟く。


「大好きでした、レオン様」
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