【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船

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釣書の再来

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夜会までの数日、ミュラーは忙しく動く事で悲しく沈み込む気持ちに見て見ぬふりをしていた。
忙しく動き回る事で、ふと気を抜いた時に零れそうになる涙を推し留める為敢えてレオンの事を思い出さないようにしたかった。

10年間愛し続けた気持ちはすぐには無くならない。
きっと時間が経つ事でしかこの感情は無くならないだろう。

「さぁ、元気を出すのよミュラー。今回の夜会で、レオン様以上に好きになれそうな男性を探さないと!」

ぺちり、と両頬を軽く叩きミュラーは気合いを入れる。
ドレスも、ドレスに合わした宝飾類も揃えた。後は当日を待つだけだ。
後は当日まで友人のお茶会に参加したり、街へ買い物に出たりとしてミュラーは過ごした。










夜会当日。
煌びやかな会場にミュラーは足を踏み入れる。

成人前の男女と、その身内が参加するだけあり王家の広大な敷地面積を誇る宮廷が使用される。
ダンスホールではミュラーと同じく、成人を迎える男女が談笑したりしている。
伯爵家であるミュラーと現当主である父にエスコートされ足を進めると、従兄弟であるリンウッド子爵家のホーエンスがにこやかに話しかけて来た。

「ミュラー!もうすぐ成人だね、今日のドレスもとても似合っているよ。日に日に美しくなって行くミュラーにぴったりと拵えたようだね」
「ありがとう、ホーエンス。あなたの妹、ラシェルも成人に近付いた今、大人の女性として日に日に輝いて行くようだわ」

リンウッド子爵家の次女、ラシェルも今年ミュラーと同じく成人を迎える。
ホーエンスはラシェルの兄であり、身内として今回の夜会に参加していた。2人は言葉を交わすと、いつものようにミュラーの隣にホーエンスが並び立ち、逆側には自分の父親が居てミュラーのエスコートを務めている。
妹のラシェルには婚約者がおり、今は同じ子爵家の長男と行動を共にしているようだ。
3人で会話を交えながら、定位置となる壁側へと足を進めると残る侯爵家、公爵家の入場を暫し待つ。

3人で談笑しつつ、全員が入場を終えると正式に夜会がスタートする。
いつも開始時のダンスのパートナーは父親である伯爵で、1曲目、2曲目は父と踊ることが常だ。
3曲目になると、従兄弟のホーエンスや、レオンが参加している場合はレオンと踊ったりしていた。
その後は大体いつもダンスの輪から離れ、知り合いと談笑したり、ダンスを申し込まれても断ったりしていた。

その「いつもの順番」を今日は崩す。

1曲目が終わったら父の元を離れよう。
2曲目は通常ワルツが演奏される。もし申し込んでくれる男性がいたらそのダンスのお誘いを受ける。

ミュラーはそう決めると、そっと父親の顔を横目で仰ぎ見る。
いつもそれとなくレオン以外の男性と踊る事がないよう守ってくれていた。
今日、その気持ちに背く行為をする。
夜会の始まりを告げるアナウンスを耳にすると、ミュラーは心の中でそっと父親に謝罪と感謝を送った。






美しい音色と共に音楽が奏で始められ、ミュラーは父親と共にゆったりと踊り始める。

「ミュラーももう成人か…この間まで子供だと思っていたのに、時間が経つのは早いな」
「ふふ、私は早く大人になりたかったです、やっと、という心境ですわ」

目端にくしゃり、と皺を寄せて嬉しそうに微笑む父親に笑顔で答える。
端正な顔立ちは変わらないが、微笑む際に目尻に皺を浮かばせる事が多くなった父を見て、ミュラーは確かに時間が経つのが早い、と感じる。
幼い頃から見慣れてきた父親の顔。
最近は少し疲れているのか、目端に浮かぶ皺が幾ばくが濃くなったように感じる。
その父親に、これから更に苦労を掛けることになるかもしれない事に心の中で謝罪すると、そのタイミングで1曲目が終わった。

いつも、は
そのままその場に留まり2曲目が始まるまでの少しの間、父と会話を続けていた。
けれど今日は違うのだ。

「お父様、ありがとうございました」
「…ミュラー?」

ミュラーはふわりと微笑むと、ドレスの両端を持ち上げそっと膝を折る。
この行為に、父は驚き戸惑いを露わにする。
目を見開き、固まる父親をそのままに、ミュラーはゆっくりと背を向けるとそっと周りに視線を移しダンスの輪から少し離れて行く。
時間にして十数秒。
ダンスの輪から少し離れた所で、正面にいた男性に遠慮がちに声を掛けられた。

「ハ、ハドソン嬢。もし宜しければ1曲お願いしてもよろしいですか?」

ゆっくりとワルツの曲が流れ始める。
恐る恐るといった男性のその言葉にミュラーは微笑むと

「喜んで」

と答えてその男性の手を取った。

男性の手を取った瞬間、周囲が俄にざわめいたのを感じる。
向かい合い、男女が密着する機会が多いワルツ。
そのワルツを身内以外の男性と踊る。周囲はその意味を正しく理解したようで、踊る2人に驚き特にダンスの相手を務める男性に羨望の眼差しを向けていた。
その視線を一身に受けた男性はどこか居心地悪そうにしながらも、目の前で自分に微笑んでくれているミュラーに頬を染めながらぽつりぽつりと2人は踊りながら会話をした。
短いようで長い1曲を踊り終わると、ダンスフロアから離れた場所でこちらを射るように見つめる父親の元へとエスコートしてくれる。

「ハドソン嬢、ありがとうございました。また、お誘いしてもよろしいですか?」

再度遠慮がちにそう問う男性にミュラーは微笑んで「喜んで」と答えると、そっとミュラーの手のひらをすくい上げ、男性はシルクの手袋の上、手の甲にそっと唇を落とした。
後ろで2人のやり取りを見つめていた父に今回の事を問い詰められる間もなく、次々とミュラーは声を掛けられ、疲れてお断りをするまでそのダンスの誘いを受け続けた。



その翌日から、ミュラーの元へと数年前から止んでいた沢山の釣書が再度届くようになった。

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