気付くのが遅すぎた

高瀬船

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「ハーツウィル子爵……っ!」

後方に居たサミエルが、異変を感じて急ぎやって来たのだろう。

状況判断の早さと、いち早く問題が起こった場所へ駆け付けるサミエルの真っ直ぐな意思に、フレディは素直に感心し、胸中で賞賛する。

以前、フィミリアが攫われたパーティーでもサミエルの初動は早かった。
近衛騎士団の第二師団団長としての能力は確かに高いのだろう。

今はフィミリアとサミエルの間に起こった事に気を取られている場合では無い、とフレディは切り替えると、馬車内に居るファミリアに顔を伏せておくように、と伝えてから馬車の窓を開け放ち、サミエルに向かって唇を開いた。

「──サーシャ殿から魔獣が出現した、と聞いた!魔獣は数匹で数は少ないらしい……!女性騎士で対応中だ……!」
「承知しました!」

フレディの言葉を聞くなり、サミエルは自分に続いてやって来ていた男性騎士達へ馬車の護衛を行う者、自分と共に魔獣の討伐に向かう者を瞬時に選別し指示を飛ばす。
ものの数秒で指示が終わると、サミエルはそのまま自分の部下を数人引き連れて前方へと馬を駆けて行った。





前方で喧騒が上がり、その喧騒が離れた場所に停車している馬車にまで届いて来る。

馬車内では、フィミリアはミアと共に抱き合い震えていて、周囲を気にしている。
フレディは護身用の剣を右手に握り締めながら、馬車の近くに居る護衛騎士に馬車内部から会話を行い、状況を確認する。

「──先程、前方で一際大きな声が上がりましたので、もしかしたら魔獣の討伐が済んだのかもしれません。もう暫くだけ、お待ち下さい」
「ああ、分かった。ありがとう」

男性騎士の言葉に、フレディはこくりと頷くと瞳を細めて前方を見やるが、遠くで騎士達の影が動いている様子が見えるだけで、詳細は不明だ。

「……この領地にまで、魔獣の侵攻が始まったのか」
「──はい。これは……国王陛下への逸早いご報告が必要ですね」

つい最近までは、まだまだ遠くの場所に魔獣が発生する事はあったが、ハーツウィル領は比較的王都から離れていない。
今回やって来た領地は、ハーツウィルが治める領地の中で比較的王都から距離がある場所とは言え、以前よりも明らかに内部に魔獣の侵攻が発生している。

「カントリーハウスは……私兵を雇っている為、大丈夫だと思うが……」
「邸からは特に何も連絡が無いのですよね?……それでしたら、もしかしたら"はぐれ"の魔獣かもしれませんね」
「はぐれ……?」

男性騎士の聞き慣れない言葉に、フレディは不思議そうな表情を浮かべると、騎士の言葉を繰り返すように問い掛ける。

フレディの言葉に、騎士はこくりと頷くと唇を開き、説明する。

「通常、魔獣は魔素の濃い場所で発生すると言われて居ます。魔素、と言うのはまだはっきりと解明されておりませんが、魔素は森の深くや、洞窟など、陽の光が届かない暗く湿った場所に発生すると言われて居ます。その為に、人里近くに魔獣が突如発生する、と言う事はあまり考えられないのです」
「だが、今回は──……」
「ええ。魔獣は、元来は大型の獣だったと言われています。その獣の時の習性で、群れで行動する事が多いのですが、その群れから離れてしまい、個で行動する魔獣を我々騎士団は"はぐれ"と呼んでいます。群れで行動していた魔獣は連携を取りますが、個で行動するはぐれは、それが出来ない為自分の命を守る術を自分で考え、取得しているので群れの魔獣より手強いのですが……団長がいらっしゃるので、今回問題はありませんね」
「通常の、群れで行動する魔獣はどれくらいの数なんだ?」
「少なくとも、十以上です。今回は五にも満たしていないので、数匹居ますがはぐれで間違いないです」

男性騎士の話に、フレディはなるほど、と頷く。

今までは群れで行動していたが、何らかの事情があって、今回はその群れから離れたはぐれと呼ばれる魔獣がこのような場所に来てしまったのか、と納得する。

そして、恐らく聖女を始めとする騎士団の面々は、魔素が発生しやすい場所に派遣されて、その魔素の浄化と、発生した魔獣の討伐を行ってきたのだろう。

「それならば、今回は討伐し、浄化してしまえば……」
「ええ。これがイレギュラーで発生したのであれば、問題ありません」

こくり、と頷く騎士にフレディは胸中が不穏な気配に包まれる。
「イレギュラーで発生した物であれば」と言ったが、これが正常化してしまう可能性もあると言う事なのか。
そうなってしまったら、この国は一体どうなってしまうのか、とフレディが考えているとフレディと話していた男性騎士が前方からやって来ていたサミエルに呼ばれた。

「──はいっ!団長」
「悪いが、聖女様を呼んで来てくれ!魔素の浄化をお願いしたい……!」

サミエルの言葉に、男性騎士が返事をしようとした瞬間、馬車のすぐ近くから鈴の音が転がるような可憐な声音が聞こえて来た。



「サミエルさん、私はここに。今行きますね」
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