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しおりを挟む──サミエルが騒ぎを起こしてから数日。
馬車での移動は、その時の騒ぎ以降特に騒動が起きる事無く平和に進んだ。
フレディにきつく言葉を掛けられたからか、それ以降の移動中は、サミエルは大人しく馬車の後方に留まり、あれ以来フィミリア達の前に姿を見せる事は無い。
聖女を王都へ戻らせたい為、フレディが送った手紙の返事は、聖女の好きにさせろ。
とだけ国王陛下からの返事が来ており、フレディは頭を抱えたが、あの日以来、サミエルが後方に居る為聖女も後方に留まっているからか、比較的穏やかに旅路は進んだ。
「──本当に、遊び感覚で聖女様は来たんだな……」
フレディがぽつりと零した言葉に、馬車の向かいに座っていたフィミリアが反応し、首を傾げている。
ハーツウィル子爵領に入るまであと少し。
領内に入っても暫くはまだ馬車を走らせる必要はあるが、目的地まであと僅かとなった今現在、心做しかフィミリアの表情もいくらか晴れやかになって来ているのを確認して、フレディは優しく微笑むと「何でもない」と言葉を返す。
(せっかく、あの二人の事を意識の外に追いやれているんだ。下手に思い出させる事は無い)
このまま、無事に領内のカントリーハウスに到着すれば護衛の任務は終わる。
護衛任務が終わってしまえば、もう暫くはサミエルの存在にフィミリアが苦しめられる事は無くなるのだ。
馬車での移動中も、サーシャを始め他の女性騎士達が臨機応変にフィミリアに接してくれていたからか、幾分か顔色が良くなり、笑顔を浮かべる時間も増えて来ていた。
フレディは敢えて明るい表情を浮かべてフィミリアに話し掛ける。
「もう直ぐ邸に到着するが……、フィミリアは邸に到着したら先ずは何がやりたい?」
「そう、ですね……。お母様が先に行って待っててくれてますので、お母様がと庭園でゆっくりと過ごしたいです」
「──ああ、そうだな……。ラティシアが体調を崩してから暫くフィミリアは会っていなかったからな。ゆっくり時間を過ごすのもいいだろう」
フィミリアとフレディが談笑していると、馬車に同乗していたミアも二人の会話に混ざる。
「それならば、私は奥様とフィミリアお嬢様がお好きなお茶をご用意して、久しぶりにご一緒したいです!」
「あら、ミア本当?それは嬉しいわ!きっとお母様も喜ぶわね」
フィミリアとミアは二人顔を見合せてふふ、と楽しそうに笑うとお茶菓子はあれが美味しい、これが美味しい、と笑顔で話始める。
その二人の様子を瞳を細めてフレディが見詰めて居ると、ゆったりと一定の速度で走っていた馬車が突然大きな揺れを起こして停止した。
「きゃあっ!」
「フィミリアお嬢様っ」
「──何事だ!?」
ミアがフィミリアを庇うようにフィミリアの体に覆い被さると、向かいに座っていたフレディは鋭く声を上げる。
馬車の前を先導していた女性騎士が、フィミリア達の乗る馬車まで物凄い勢いで駆けて来ると、馬車の窓から顔を覗かせたフレディに焦ったような表情を浮かべて叫ぶ。
「──魔獣ですっ!」
「なんだと……!」
森の中に馬車道を通したようなこの場所は視界が悪く、木々から葉を伸ばした多くの葉達が空を覆い、鬱蒼と茂っている。
「こんな場所にも魔獣は出てくるのか……!」
よりにもよってこんな場所で!とフレディが焦燥感に表情を曇らせると、前方に居たサーシャが馬を駆け、フレディの近くへと来ると状況を説明する。
「ハーツウィル子爵!魔獣の数は多くありません、数匹だけですので後方の騎士も加わればすぐに対処出来るのですが、魔素を撒き散らしているので……っ」
「浄化しなければ、領民にも被害が及ぶな……」
フレディは胸中で舌打ちするが、魔獣を処理したとしても、魔素を浄化しなければこの地は暫く誰も立ち入れない場所となってしまう。
だが、幸か不幸か。
この一団には聖女が居る。
唯一、魔獣の撒き散らす魔素を浄化する事が出来る人物がこの場には居るのだ。
聖女は快く魔素の浄化を行ってくれる事は分かっている。
だが、浄化を行ってくれた聖女を、領地に到着したからと行ってそのまま帰す事は出来ない。
(聖女様一人だけならばいいが……、恐らく……、いや、絶対にサミエルくんも聖女様に同行するだろう……っ)
それは即ち、ハーツウィルのカントリーハウスにサミエルと、聖女を含めた第二師団の面々を招待し、家族で持て成す必要があると言う事だ。
(護衛任務だけであれば、少し距離を取り礼を述べる事は出来ただろうが……っ、これでは……っ)
命を助けて貰った相手に、距離を取り遠くから礼を述べるなど流石に礼儀が無い。
フィミリアは、サミエルと聖女が二人並ぶ姿を見る必要があるのだ。
フレディがそう考えていると、フレディの耳に後方から駆けて来る馬の蹄の音が聞こえた。
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