62 / 64
62
しおりを挟む目覚めた私とアーヴィング様は、それから暫くの間お互い涙を流しながらぎゅうぎゅうと抱き締めあった。
アーヴィング様の記憶が完全に戻り、きっとアーヴィング様は私にしてしまった事を全て思い出して様々な感情に心の中がぐちゃぐちゃになってしまっているのだろう。
何度も私に「すまない」と声を震わせながら謝罪を口にする。
けれど、私はもうアーヴィング様に謝罪をして欲しく無くて。そっとアーヴィング様の胸に手を当てるとぐっ、と自分の腕に力を込める。
私の行動に気付いたアーヴィング様は、私を力強く抱き締めていた腕を緩め、ゆるゆると体を離してくれる。
「アーヴィング様……、もうそんなに謝らないで下さい」
アーヴィング様の綺麗なアメジストのような瞳がじわりと滲んでいて、その瞳に映る私の姿の輪郭もじわじわと歪んでしまっている。
そっとアーヴィング様の頬に私が手のひらを当てると、アーヴィング様は私の手にすり、と瞳を閉じて擦り寄る。
「いくら謝罪しても、し足りないだろう……。俺は、愛するベルを蔑ろにして……あんなっ、あのような女に……っ」
「ア、アーヴィング様っ」
秘薬に操られたとは言え、ルシアナ様に愛情を抱いていた事が耐えられないのだろう。
アーヴィング様は最後は吐き捨てるようにそう言葉を紡ぐと恐ろしい程低い声音でぽつりと呟いた。
「──あの二人、絶対に許さない……っ、然るべき手続きを取って報いを受けさせる……っ」
そして、アーヴィング様はそう呟いた言葉を有言実行させる為にその日から侯爵家の仕事以外の時間を行方をくらませていたルシアナ様の捜索に費やし、直ぐにルシアナ様の身柄を確保した。
魔女の秘薬を悪用された事により、多大な被害を被ったと言う事を国王陛下へと報告し、アーヴィング様は新聞社にもその情報をわざと流して世論を味方に付けた。
事態が収束する事無く、平民達に貴族は傲慢で金銭を愚かな事に使用すると言う事を印象付けた。
それにより、一時的に平民から貴族への印象も悪くなり、平民から貴族へ向けられる視線も以前よりも鋭く、厳しくなる。
けれど、アーヴィング様は「監視になっていいだろう」とけろっとそう仰った。
自分の領地の領民達に税を納めて貰い、それを国に納めたり自分達の生活に使用している貴族なのだ。
自分達の納めた税をどう使用しているのか、監視してもらうのは良い事だ、とアーヴィング様は勝気に笑っている。
アーヴィング様の意見には確かに頷けて。だって、真っ当な使い方をしていれば何も後ろめたい気持ちなど感じないのだ。
平民に監視されていて、嫌だと感じる貴族は……すなわちそう言う事なのだろう。
ぽろぽろ、と国内の貴族達から大なり小なり不正や横領の事実が出てきて、その中にはルシアナ様やイアン様の家の名前もあった。
その事を知った私は、今日も書斎でお仕事をしているアーヴィング様の元へと向かい、扉をノックして中へと入った。
「──ベル!」
お仕事中にお邪魔をしてしまったと言うのに、アーヴィング様は嬉しそうにぱあっと表情を輝かせると執務机から立ち上がり、私の元へとやって来てくれる。
室内に居たシヴァンさんが「お茶をご用意致しますね」とにこにこと笑顔でそう告げ、素早く準備に掛かる姿に、私はアーヴィング様に向かって唇を開いた。
「お仕事中に申し訳ございません、アーヴィング様」
「いや、丁度休憩をしようとしていた所だったから大丈夫だ。何かあったのか?」
アーヴィング様に手を引かれ、ソファへと案内されて私達がソファに隣り合わせで座ると、自然とアーヴィング様の腕が私の腰に回る。
アーヴィング様のその行動が自然で、当たり前の日常に戻った事に私は幸せを感じながらそっとアーヴィング様に体を預けると疑問を口にした。
「アーヴィング様はもしかして、ルシアナ様とイアン様のお家の不正に気付いていらっしゃったのですか……? だから……共に断罪しようと……?」
シヴァンさんが用意してくれた紅茶のカップに口を付けていたアーヴィング様がちらり、と私に視線を向けて「いいや」と口にした。
「不正の事実は知らなかったんだが……ルシアナとイアンが秘薬を手に入れた経緯を調べていたら、どうも莫大な金を払っていたようでな……。その金の流れを調べている内に不正に気付いたから陛下にご報告したまでだよ」
「──まあ……」
「だから、実際裏を取ったのは陛下から依頼された正式な機関だろう。俺はただ、おかしい事が起きてませんか、とご報告したまでだからな」
ひょい、と肩をすくめるアーヴィング様の口元がゆったりと笑みの形になっている事を確認して、私は驚いてしまう。
ここ最近は、アーヴィング様が夫婦の寝室にやって来るのは日付が変わるか変わらないかと言う遅い時間帯が殆どだった。
きっと、寝る時間を惜しみ様々な事を調べていらっしゃったのだろう。
そうして、ようやくそれが身を結んだ。
「そう言えばベル。それだけでここに来たんじゃないんだろう? 何かあったか?」
「──あっ、そうでした……!」
私ははっとして、アーヴィング様に体を向けると今朝届いた手紙を二通、アーヴィング様に見えるように翳す。
「一通は、先日まで滞在していた私の友人、マリーからで。私達に起きた事を知ったようです、その手紙で……」
「そうか。……気遣いに返礼をしないといけないな。……ちなみに、もう一通は?」
不思議そうな表情をしているアーヴィング様に、私は唇を開いた。
「青の魔女さん、からです。……青の魔女さんが明日、邸に訪問する、と」
「本当か? それならば青の魔女殿を出迎える準備をしないとな」
29
お気に入りに追加
2,689
あなたにおすすめの小説
公爵家の家族ができました。〜記憶を失くした少女は新たな場所で幸せに過ごす〜
月
ファンタジー
記憶を失くしたフィーは、怪我をして国境沿いの森で倒れていたところをウィスタリア公爵に助けてもらい保護される。
けれど、公爵家の次女フィーリアの大切なワンピースを意図せず着てしまい、双子のアルヴァートとリティシアを傷付けてしまう。
ウィスタリア公爵夫妻には五人の子どもがいたが、次女のフィーリアは病気で亡くなってしまっていたのだ。
大切なワンピースを着てしまったこと、フィーリアの愛称フィーと公爵夫妻から呼ばれたことなどから双子との確執ができてしまった。
子どもたちに受け入れられないまま王都にある本邸へと戻ることになってしまったフィーに、そのこじれた関係のせいでとある出来事が起きてしまう。
素性もわからないフィーに優しくしてくれるウィスタリア公爵夫妻と、心を開き始めた子どもたちにどこか後ろめたい気持ちを抱いてしまう。
それは夢の中で見た、フィーと同じ輝くような金色の髪をした男の子のことが気になっていたからだった。
夢の中で見た、金色の花びらが舞う花畑。
ペンダントの金に彫刻された花と水色の魔石。
自分のことをフィーと呼んだ、夢の中の男の子。
フィーにとって、それらは記憶を取り戻す唯一の手がかりだった。
夢で会った、金色の髪をした男の子との関係。
新たに出会う、友人たち。
再会した、大切な人。
そして成長するにつれ周りで起き始めた不可解なこと。
フィーはどのように公爵家で過ごしていくのか。
★記憶を失くした代わりに前世を思い出した、ちょっとだけ感情豊かな少女が新たな家族の優しさに触れ、信頼できる友人に出会い、助け合い、そして忘れていた大切なものを取り戻そうとするお話です。
※前世の記憶がありますが、転生のお話ではありません。
※一話あたり二千文字前後となります。
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【完結】婚約者にウンザリしていたら、幼馴染が婚約者を奪ってくれた
よどら文鳥
恋愛
「ライアンとは婚約解消したい。幼馴染のミーナから声がかかっているのだ」
婚約者であるオズマとご両親は、私のお父様の稼ぎを期待するようになっていた。
幼馴染でもあるミーナの家は何をやっているのかは知らないが、相当な稼ぎがある。
どうやら金銭目当てで婚約を乗り換えたいようだったので、すぐに承認した。
だが、ミーナのご両親の仕事は、不正を働かせていて現在裁判中であることをオズマ一家も娘であるミーナも知らない。
一方、私はというと、婚約解消された当日、兼ねてから縁談の話をしたかったという侯爵であるサバス様の元へ向かった。
※設定はかなり緩いお話です。
【完結】私を捨てて駆け落ちしたあなたには、こちらからさようならを言いましょう。
やまぐちこはる
恋愛
パルティア・エンダライン侯爵令嬢はある日珍しく婿入り予定の婚約者から届いた手紙を読んで、彼が駆け落ちしたことを知った。相手は同じく侯爵令嬢で、そちらにも王家の血筋の婿入りする婚約者がいたが、貴族派閥を保つ政略結婚だったためにどうやっても婚約を解消できず、愛の逃避行と洒落こんだらしい。
落ち込むパルティアは、しばらく社交から離れたい療養地としても有名な別荘地へ避暑に向かう。静かな湖畔で傷を癒やしたいと、高級ホテルでひっそり寛いでいると同じ頃から同じように、人目を避けてぼんやり湖を眺める美しい青年に気がついた。
毎日涼しい湖畔で本を読みながら、チラリチラリと彼を盗み見ることが日課となったパルティアだが。
様子がおかしい青年に気づく。
ふらりと湖に近づくと、ポチャっと小さな水音を立てて入水し始めたのだ。
ドレスの裾をたくしあげ、パルティアも湖に駆け込んで彼を引き留めた。
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
最終話まで予約投稿済です。
次はどんな話を書こうかなと思ったとき、駆け落ちした知人を思い出し、そんな話を書くことに致しました。
ある日突然、紙1枚で消えるのは本当にびっくりするのでやめてくださいという思いを込めて。
楽しんで頂けましたら、きっと彼らも喜ぶことと思います。
もうすぐ婚約破棄を宣告できるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ。そう書かれた手紙が、婚約者から届きました
柚木ゆず
恋愛
《もうすぐアンナに婚約の破棄を宣告できるようになる。そうしたらいつでも会えるようになるから、あと少しだけ辛抱しておくれ》
最近お忙しく、めっきり会えなくなってしまった婚約者のロマニ様。そんなロマニ様から届いた私アンナへのお手紙には、そういった内容が記されていました。
そのため、詳しいお話を伺うべくレルザー侯爵邸に――ロマニ様のもとへ向かおうとしていた、そんな時でした。ロマニ様の双子の弟であるダヴィッド様が突然ご来訪され、予想だにしなかったことを仰られ始めたのでした。
私も貴方を愛さない〜今更愛していたと言われても困ります
せいめ
恋愛
『小説年間アクセスランキング2023』で10位をいただきました。
読んでくださった方々に心から感謝しております。ありがとうございました。
「私は君を愛することはないだろう。
しかし、この結婚は王命だ。不本意だが、君とは白い結婚にはできない。貴族の義務として今宵は君を抱く。
これを終えたら君は領地で好きに生活すればいい」
結婚初夜、旦那様は私に冷たく言い放つ。
この人は何を言っているのかしら?
そんなことは言われなくても分かっている。
私は誰かを愛することも、愛されることも許されないのだから。
私も貴方を愛さない……
侯爵令嬢だった私は、ある日、記憶喪失になっていた。
そんな私に冷たい家族。その中で唯一優しくしてくれる義理の妹。
記憶喪失の自分に何があったのかよく分からないまま私は王命で婚約者を決められ、強引に結婚させられることになってしまった。
この結婚に何の希望も持ってはいけないことは知っている。
それに、婚約期間から冷たかった旦那様に私は何の期待もしていない。
そんな私は初夜を迎えることになる。
その初夜の後、私の運命が大きく動き出すことも知らずに……
よくある記憶喪失の話です。
誤字脱字、申し訳ありません。
ご都合主義です。
妹に全てを奪われた令嬢は第二の人生を満喫することにしました。
バナナマヨネーズ
恋愛
四大公爵家の一つ。アックァーノ公爵家に生まれたイシュミールは双子の妹であるイシュタルに慕われていたが、何故か両親と使用人たちに冷遇されていた。
瓜二つである妹のイシュタルは、それに比べて大切にされていた。
そんなある日、イシュミールは第三王子との婚約が決まった。
その時から、イシュミールの人生は最高の瞬間を経て、最悪な結末へと緩やかに向かうことになった。
そして……。
本編全79話
番外編全34話
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しています。
前世の旦那様、貴方とだけは結婚しません。
真咲
恋愛
全21話。他サイトでも掲載しています。
一度目の人生、愛した夫には他に想い人がいた。
侯爵令嬢リリア・エンダロインは幼い頃両親同士の取り決めで、幼馴染の公爵家の嫡男であるエスター・カンザスと婚約した。彼は学園時代のクラスメイトに恋をしていたけれど、リリアを優先し、リリアだけを大切にしてくれた。
二度目の人生。
リリアは、再びリリア・エンダロインとして生まれ変わっていた。
「次は、私がエスターを幸せにする」
自分が彼に幸せにしてもらったように。そのために、何がなんでも、エスターとだけは結婚しないと決めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる