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第二十話

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「正式な婚約が取り交わされる前に、お姉様が、出ていかれる、と?」

一言一句、はっきりと聞き逃さないように言葉を紡ぎ、にっこりと笑顔を見せているラティリナにティアーリアは戸惑う。

「ラティリナ⋯⋯?どうしたの?この間応援してくれたじゃない?」
「ええ、お姉様。確かに応援致しましたわ、けれど──」

そこまでラティリナが言葉を紡ぐと、我慢出来ない、とでも言うようにクライヴをキッと睨んだ。

「こんなに早くお姉様を連れ去ろうとするなんて⋯⋯っ!」

酷いです!とわっと泣き出すラティリナに、ティアーリアはおろおろとして妹を慰めなければ、と腰を浮かそうとした。
だがその気配を目敏く察知したクライヴは素早くティアーリアの腰に自分の腕を回すとその場に留まるように力を篭める。

「え、えっ」
「──申し訳ない、ティアーリア嬢を一刻も早く我が邸宅に迎え入れたいという私の我儘なのです」
「⋯⋯婚約が成立する前にお相手の邸宅に移り住むというのは男性側にリスクが発生すると聞いております。アウサンドラ公もそのようなリスクは回避した方が宜しいのではないでしょうか?」
「ご心配には及びません、私からお断りするつもりは一切ございませんし、私の妻となる方はティアーリア嬢しか考えられませんから」

ははは、ふふふ、とにこやかに笑いながら会話を続けるクライヴとラティリナに冷り、とした底知れない雰囲気を感じ取りティアーリアはきゅっと唇を結んだ。
自分が言葉を挟んではいけない気がして、ティアーリアはただ二人の会話を静かに聞いた。

「あら、ですがお姉様が万が一⋯⋯という可能性もございますし、やっぱり通常の形式通りが宜しいのではないでしょうか?」
「そうですね、そうなってしまった場合は悲しいですが私はそれでも構いません、私には生涯ティアーリア嬢以上に愛せる女性は現れませんので」

クライヴの言葉にラティリナは悔しそうに唇を噛み締めると説得は無理なのだろうと理解する。
クライヴの態度にも恐怖を覚える事なく逆に見惚れるように頬を染めてクライヴを見つめるティアーリアの姿に、この二人に万が一の事など起きようがない。

ラティリナは悲しそうに目を伏せると、唇を開いた。

「──いつ、お姉様は出て行ってしまうのですか⋯⋯」
「ラティリナ⋯⋯」

クライヴはティアーリアの腰の拘束を解くと、ティアーリアが伺うように見上げてくる。
その視線にクライヴは頷くと、クライヴを見つめていたティアーリアはソファからそっと腰を上げてラティリナの隣に腰を下ろして大切そうに妹の手を握る。

「四日後に、クランディア伯爵家からクライヴ様の邸宅に向かう予定なの」

ティアーリアの言葉にラティリナはくしゃり、と表情を歪ませるとティアーリアの胸に泣き付いた。

「お姉様っ、私はとても寂しいですっ」
「ええ、急な話になってごめんね」

自分の胸で嗚咽を上げるラティリナをしっかりと抱き締め頭を撫でてやる。
体が弱い妹を、自分は大層可愛がっていた。
病を克服した自分は妹が寝込むとその辛さを誰よりも理解出来る自分は姉としていつも傍にいたし、夜に熱が上がり魘される妹を慰める為に一緒のベッドで眠る事もあった。
両親には少し過保護すぎないか?と笑われる事もあったが、たった一人の自分の大好きな妹だ。
何れはどちらかがこの伯爵家から嫁に行く事は理解していたが、別れが突然過ぎた。
今生の別れではないが、クライヴの公爵家に妻として嫁ぐという事は他の貴族家に嫁ぐというのとは訳が違う。
邸宅に迎え入れて貰って、婚姻式を迎えるまでは恐らく多忙に極めそう簡単に会う時間を作る事は出来ないだろう。

暫くの間、会う事が出来なくなるという事を察し、ラティリナは悲しんでいる。
体の弱いラティリナをクライヴの邸宅に度々招く事は出来ないのだ。

二人の悲しむ姿を見て、クライヴは口を開いた。

「これは考えていたのですが、もしティアーリア嬢が宜しければ月に一度妹君に会いに行かれる時間を作るのは如何ですか?」
「──えっ、」
「宜しいのですか⋯⋯」

クライヴの言葉に反応したラティリナとティアーリアが縋るような視線をクライヴに向ける。

「私の我儘でご迷惑お掛けするのです⋯⋯、月に一度程しか時間は作れないとは思いますが、息抜きにご実家に戻る時間を設けては如何でしょう?」
「クライヴ様──っ宜しいのですか!?」
「ええ、勿論です」

クライヴの言葉にティアーリアは表情を綻ばせ、ラティリナはぼろぼろと涙を零す。

クライヴは、ラティリナが姉であるティアーリアをとても慕っている事は知っている。
月に一度程度で申し訳ないが、それくらいの時間も設けられず自分の我儘を押し通すつもりは最初からなかったのだ。
ティアーリアが大切に思う家族も、とっくにクライヴにとっても大切な家族だ。
大切な家族を悲しませるつもりは無い。

「ラティリナ嬢⋯⋯貴女の大切な姉君は必ず私が幸せにします。なので⋯⋯、どうか私を許して下さい」
「──はい、大好きなお姉様を宜しくお願いします」
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