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第二十一話
しおりを挟むあの日の騒動から四日後。
クライヴの邸宅へと向かう日が来た。
「ラティリナ⋯⋯悲しい顔をしないで。来月一度戻るから」
「約束ですよ、お姉様⋯⋯っ」
泣きすぎてぐしゃぐしゃのラティリナにティアーリアは微笑むとそっと自分のハンカチでラティリナの涙を拭ってやる。
そんな娘二人の様子を後ろから眺めていた両親は、いつもの光景に苦笑していた。
今日はティアーリアをクライヴ自ら迎えに来る、との連絡を受けていた為家族が見送りに来ていた。
顔合わせ期間が残っている状態で相手の邸宅へ招かれるという異例中の異例ではあるが、それが無ければ通常の婚約と手順は変わらない。
最初は驚きに戸惑っていた両親だったが、そこまでティアーリアがクライヴに強く望まれている、という事がとても嬉しく愛娘の旅立ちに寂しさは感じるが晴れやかな気持ちでいっぱいである。
「ほら、ラティもそろそろお姉様を解放してあげなさい」
「ううぅ、お母様⋯⋯っ」
二人の母親が微笑みながらラティリナの背を撫でてやる。
泣き過ぎて体温があがってしまったら熱を出すかもしれない。
「ラティリナが体調を崩したらティアーリアが心配するだろう。ティアーリアを悲しませたくないだろう」
「──はい」
父親の言葉にラティリナは小さく頷くと、ティアーリアに渡されたハンカチでそっと目元を押さえる。
「お姉様、幸せになって下さいね」
「ありがとう、ラティリナ。クライヴ様と幸せな家庭を築くわね」
家族四人でそう話していると、伯爵家の正門にアウサンドラ公爵家の馬車が到着したのだろう。
俄にざわめき始め、程なくしてクライヴが姿を表した。
クライヴの後ろにはいつもの侍従、イラルドもおりクライヴは朗らかに微笑みながら迎えに出ていた皆に胸に手を当て頭を下げた。
「クランディア伯爵、この度は私の我儘を聞いて下さりありがとうございます。本日、ティアーリア嬢を我が邸宅に迎え入れたくお迎えに上がりました」
「うむ⋯⋯、アウサンドラ卿、ティアーリアを宜しくお願いします」
伯爵家当主がそう伝えた所で、伯爵家の使用人達がティアーリアの荷物をアウサンドラ公爵家の使用人達へ渡し始める。
そつなく進められる迎え入れの準備に、ティアーリアとクライヴは見つめ合うとお互い照れくさそうに笑い合う。
それではそろそろ、とクライヴに公爵家の家令が伝えるとクライヴは伯爵家の面々に視線を移して再度頭を下げた。
「ティアーリア、体に気を付けてね」
「アウサンドラ卿に迷惑をかけないようにな」
「お姉様、また⋯⋯!」
「はい、行ってまいります」
ティアーリアもクライヴの横に立つと、微笑んで家族に手を振る。
三人それぞれティアーリアに手を振ると父親である伯爵がクライヴに向かって頭を下げた。
クライヴも伯爵のその行為に気付くと再度伯爵家の面々に向けて頭を下げる。
そうして、ティアーリアとクライヴはクライヴが乗ってきた公爵家の馬車で邸宅へと向かう為二人馬車へと乗り込んだ。
馬車に乗り込んで暫く。
ティアーリアは遠ざかる自分の伯爵家を窓からじっと眺めていた。
自分が17年間過ごした邸だ。
クライヴと共に過ごす事に、嬉しさや幸せはあるがやはり寂しさや悲しいという感情が込み上げて来てしまう。
眉根を下げ見慣れた景色が遠ざかっていく光景に様々な感情が入り乱れる。
(どうしましょう⋯⋯何だか、泣いてしまいそう⋯⋯)
ぐっ、と自分の唇を噛み締めてじわじわと込み上げてくるその感情に負けてしまわないようにティアーリアは真っ直ぐ窓の外の景色に視線を向ける。
ティアーリアの前に座っていたクライヴは、ティアーリアの表情を見て、自分の腕を伸ばしそっとティアーリアの唇に触れた。
「ティアーリア、唇を噛み締めてはいけない⋯⋯貴女の唇に傷が付いてしまいます」
困ったように微笑むクライヴに、ティアーリアはくしゃり、と表情を歪める。
今は、クライヴの優しさも辛くなる。
「ティアーリア⋯⋯隣に行っても?」
「──はい」
クライヴの言葉にティアーリアはこくり、と頷くとクライヴがそっとティアーリアの隣に移動して腰掛けた。
そしてそのままティアーリアの肩に手を添えると、そっと自分へ優しく抱き込んだ。
大人しくクライヴの行動に従いクライヴの胸元に自分の顔を寄せると、ティアーリアはクライヴの背中を自分の指先で小さく摘んだ。
二人はクライヴの邸宅に到着するまでしっかりと抱き合いながら馬車の中で過ごした。
もう間も無く狩猟祭が開催される。
狩猟祭はこの国では大きな開催行事の一つだ。
自分の愛する女性の為に優勝を目指す者もいれば、自分の狩の腕を売り込むのを目的とする者もいる。
勿論クライヴは前者で、愛するティアーリアの為に狩猟祭では優勝を目指す事となるのだった。
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