それを人は愛と呼ぶ

菊池昭仁

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第16話

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 千秋はよく働いてくれた。
 その物覚えの良さ、気配りに私は驚かされた。
 言えば必ず一度で理解した。

 「千秋、今日はお前が「まかない」を作ってみろ」
 「何を作ればいいですか?」
 「お前が食べたい物を作ればいい。
 ただし店にある物でだけどな?」
 「うーん、親子丼なんかどうですか? 親子丼なら簡単だし、家でも作ったことがありますから」
 「親子丼が簡単? じゃあ作ってみろ」

 千秋は親子丼の材料を準備し、テキパキと親子丼を作り始めた。

 出汁を張った平鍋に鶏肉を入れ、玉ねぎを入れて沸騰し始めたら溶き卵を入れ、蓋をして蒸らすと、それを白飯の丼の上に乗せた。

 「親方、出来ました」
 「5点」
 「まだ食べてもいないのに酷い」
 「親子丼は簡単ではない。俺が作る親子丼をよく見てろ」

 私は娘に料理を教える父親のように、手順を説明しながら親子丼を作り始めた。

 「まず鳥はモモ肉を使う。出来ればブランド鳥がいい。
 鶏皮が旨いからだ。胸肉ではパサパサしているからな?
 ウチの店はラーメンのスープに会津地鶏を使っているからこれを使う。
 よくいきなり鍋に鶏肉を入れるヤツもいるが、安い鶏肉だと臭みがある。
 まずは鶏肉を火で炙り、臭みを取り香ばしさを出す。
 炭火ならなおいい。遠赤外線効果で中まで火が通りやすく香りもいいからだ。
 千秋は出汁醤油を使ったが、それだけでは甘みが足りない。 
 タレは重要だ。
 タレには出汁、醤油、煮切りの酒、味醂、水飴、蜂蜜を入れて作る。
 舐めてみろ」

 千秋はタレの味見をした。

 「美味しい! 深みのある味! これだけご飯に掛けても美味しいです!」
 「それから鶏肉は少し薄めにスライスして使うとタレを良く吸い、食感もいい。
 そして中火で煮込むんだ。
 野菜は玉ねぎとささがきゴボウを使う。ゴボウは肉との相性がいい。
 そして重要なのが卵だ。
 千秋はそのまま溶き卵を掛けて蓋をした。
 俺は一人前の親子丼には卵を3つ使う。
 まずは2個の卵を軽く黄身が崩れるくらいに混ぜ、煮立っている鶏肉にきちんと火が入ったら回し掛けて蓋をする。
 そして半熟のウチに蓋を取り、三つ葉を入れて火を止めるんだ。
 それをメシに乗せ、その上に卵黄を乗せれば完成だ。
 好みで七味を掛けてもいい」
 「うわー、美味しそう!」
 「食べてみろ」
 「いただきまーす!」

 千秋はなんでも美味そうに食べる。
 夢中で親子丼を食べる千秋。
 私はそんな千秋に目を細めた。

 「旨いか?」
 「これ、お店で出したらどうですか? 凄く美味しいよ、親方!
 こんな美味しい親子丼、食べたことないもん!」
 「このタレはカツ丼にも応用が効く。
 店のメニューにカツ丼と親子丼も加えてみるか?
 千秋、お前が作って客に出せ。
 お前をどんぶり担当に任命する」
 「親方、私が作ってもいいの?」
 「やってみろ、お前ならやれる。自信を持って出せるように練習しろ。
 しばらくまかないは親子丼とカツ丼だ」
 「はい!」

 千秋は軽くジャンプするほど喜んでいた。
 日増しに成長していく千秋。



 
 千秋の作るカツ丼と親子丼の評判は上々だった。

 
 「この親子丼、千秋ちゃんが作ったのか?」
 「そうですよ中山さん。美味しいでしょうー?」
 「とっても旨いよ! 今度はカツ丼を食ってみようかな?」
 「ぜひ食べに来て下さいね? 凄く美味しいカツ丼を作りますから」
 「大将、いい後継者が出来たじゃねえか?」
 「いつ俺が引退しても大丈夫ですね? あはははは」
 「親方に比べたら、まだひよっ子ですけどね?」
 

 私はうれしかった。
 千秋が店に来てから千秋のファンも増え、売上は以前の2倍になっていた。


 「支那そばの仕込み、やってみるか?」
 「いいんですか? 親方」
 「俺が言うとおりにやってみろ」
 「はい!」
 
 千秋はとてもうれしそうだった。
 私と千秋はまるで本当の親子のようだった。

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