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新しい日常
朝食
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僕たちが食堂へと顔を出すと、エスカリーナは椅子にちょこんと座り、両手を膝の上に置きながら、律儀に主人の帰りを待っていた。
「先に食べてて良いって、いつも言っているのに、せっかくリリスさんが作ってくれた食事が冷めちゃうでしょ。」
「パパが、食事は家族でって。だから忙しくても、待たなきゃダメなの。」
パパとは先代の魔王のことであろう。
かつてはティアマトと対峙した存在であるということは知っているが、ソレ以外にはどのような人物だったかは想像も付かない。
「ありがとう。待たせたね。さぁ食べようか。」
僕たちは向かい合ったまま、会話することなく食器を鳴らした。
気まずい。
僕が見ていたのは、魔王としてのエスカリーナであって、少女の頃の律儀な彼女ではない。
でも、こんなことになってしまった原因の根管は僕であり、彼女に何かしてやれることが有れば、積極的にサポートしていきたいと……思う。
果たして彼女がソレを望んでいるのか、そのこと自体も検討がつかないが。
ふと、彼女を見てみると、サラダに入っているニンジンを目玉焼きが乗っている皿に避けているようである。
「ニンジン、嫌いなの? 」
彼女はコクリと頷いた。
彼女はソレから、プレートに乗った目玉焼きとソーセージをパンの上に載せると、ニンジンも一緒に載せて、たっぷりの卓上調味料をかけてから、眼を瞑って 齧り付いた。
プルプルと身体を震わせてから、咀嚼して、ゴクリと飲み込む。
「パパが好き嫌いはダメだって。私は魔王の娘だから。」
「ニンジンが嫌いなこと、リリスさんは知っているの? 」
「多分、知らない。でもダメなの。リリスはそのことを知ったら、食事にニンジンを出さなくなるから。」
[魔王からの命令だ。食卓にはニンジンを出さない。]
彼女はクビをブンブンと振った。
「ダメ。私は魔王になる器だから、好き嫌いはいけないの。どの魔族にも、どの人間にも平等に接するようにならなきゃいけなくて、嫌いなモノは克服しないと。」
果たして、先代はどのような趣旨があって、娘に、このような事を叩き込んだかは分からない。
彼女に厳しくしたのも、彼なりの愛情だったに違いない。
彼女の運命は生まれた時から決まっていた。
自分の部下たちの上に立つ存在へと彼女を昇華させなくてはならなかった。
いや、現に彼女は、彼の部下たちの上に立つ存在へと昇華した。
彼女のあの時の叫びを忘れない。
彼女も父親の愛情を理解していた。
魔王の命令、ディアストも僕の考えも同じだった。
リリスさんも言っていたように、僕たちは魔王因子を受け継いだ魔王だ。
もう彼女に全てを背負わせなくて良い。
嫌いなモノは嫌いだと言って良いし、好きなモノを胸を張って好きだと言える環境にしたい。
「大丈夫。君はもう魔王じゃない。好きなものは好きだって言って良いし、嫌いなモノは嫌いだって言って良いんだよ。」
彼女は目を白くして、ソレから目に涙を溜めて、放心状態になった。
「魔王じゃない。」
「じゃあ私は何者…… なの? 」
どうやら、僕は彼女の中にあるアイデンティティを否定してしまったらしい。
[気に止むなアスィール。]
ディアストは僕から身体の主導権を奪い取ると、彼女にこう告げた。
「お前はエスカリーナだ。魔王じゃなくても、魔王だった女帝。」
「そして、俺に二度目の人生をくれた存在だ。」
「どんな存在であろうとも、どのような姿であろうとも、お前が俺の恩人であることは変わりない。」
「世界を手に入れれば、半分はお前にやる。」
「そういう約束だっただろ。」
「ありがとう。ディアスト兄ちゃん。」
彼女の目が怪しく光る。
魔眼。
今、彼女にその力が宿った。
彼女は僕とディアストの存在を見分けている。
彼女にも着実と力が戻りつつあった。
彼女に力が全て戻って時、僕たちはどうなるであろうか。
[でも一つ成果はあったぜ相棒。どうやら俺たちは混じり合っても、魔術的には別々の個人として認識されている。]
「なにコレ、黒い線。オレンジ、青、赤。」
黒い線とは食卓の十字架の内部構造のことか?ソレは僕たちの慧眼からも見てとれた。次に僕たちの胸部を指差し、今度は、隠し通路の魔術機構を順番に指差す。
僕は彼女の目に右手を当てると、そっと魔術を施した。
「あっ、見えなくなった。」
「うん、見えなくなったね。いつもの食堂でしょ。」
* * *
「ご馳走様。」
彼女は皿に数本のニンジンを残しながら、食器を持って、厨房の方へと歩いて行ってしまった。
「ご馳走様。」
僕も、両掌を合わせて、軽くお辞儀をすると、皿を全て重ねて、彼女の後を追う。
厨房に入ると、リリスさんは、エプロンをつけて、既に調理器具の後片付けに入っていた。
「「ご馳走様」」
「お粗末様……です。」
「はて、今日はニンジンを残されたのですか? エスカリーナ様。」
「ニンジン、嫌い。」
彼女は、ソレから肩をブルブルと震わせて、目から涙を流し始めた。
「ごめんね。リリス。ごめんね。」
「いえ、エスカリーナ様は悪くありません。悪いのは私の方です。」
「エスカリーナ様の事を知った気でいました。好き嫌い無くなんでもお召し上がりになる方だと。幼い頃から、お仕えさせて頂いていたのに、貴方様の趣味趣向すら理解していなかったなんて。」
僕はリリスさんを宥めた。
「仕方ないよ。彼女にも立場があった。ソレを他人に打ち明ける余裕なんて無かったんだ。」
無かった。
過去形だ。
彼女もソレを理解したらしく、涙を拭いて、そしてそれから頷いた。
「今から、もう一度彼女と向き合おうと思います。」
彼女は、しゃがみ込み、エスカリーナと目線を合わせると、彼女の好き嫌いについて訊き始めた。
「ケッケッケ。エスカリーナという女がどんな存在かと思いきや。」
「まざかニンジン一つ食べられないガキだったとはな。」
「厨房には立ち寄るなと、何度も申し上げておりますが、アモス様、ベリアント様。」
彼女の名誉を守らなくては。
[おい、アスィール。落ち着け。さっきの言葉を忘れたか、平等に扱うって。今、彼らに暴力を振るえば、お前も先代と同じになる。]
「放っておけ。」
「コレはコレはアポカリプス様。貴方様は、エスカリーナ様の伴侶となり、王位を彼女から受け継いだようですが…… 」
僕の喉笛に、彼らの爪が突き立てられる。
「人間だよなお前。なんで、人間のお前が魔族の王を名乗っている。」
僕はソレを手で制した。
「待て、ここじゃモノが壊れるし、リリスさんに迷惑だ。」
「中庭に来いよ。」
「先に食べてて良いって、いつも言っているのに、せっかくリリスさんが作ってくれた食事が冷めちゃうでしょ。」
「パパが、食事は家族でって。だから忙しくても、待たなきゃダメなの。」
パパとは先代の魔王のことであろう。
かつてはティアマトと対峙した存在であるということは知っているが、ソレ以外にはどのような人物だったかは想像も付かない。
「ありがとう。待たせたね。さぁ食べようか。」
僕たちは向かい合ったまま、会話することなく食器を鳴らした。
気まずい。
僕が見ていたのは、魔王としてのエスカリーナであって、少女の頃の律儀な彼女ではない。
でも、こんなことになってしまった原因の根管は僕であり、彼女に何かしてやれることが有れば、積極的にサポートしていきたいと……思う。
果たして彼女がソレを望んでいるのか、そのこと自体も検討がつかないが。
ふと、彼女を見てみると、サラダに入っているニンジンを目玉焼きが乗っている皿に避けているようである。
「ニンジン、嫌いなの? 」
彼女はコクリと頷いた。
彼女はソレから、プレートに乗った目玉焼きとソーセージをパンの上に載せると、ニンジンも一緒に載せて、たっぷりの卓上調味料をかけてから、眼を瞑って 齧り付いた。
プルプルと身体を震わせてから、咀嚼して、ゴクリと飲み込む。
「パパが好き嫌いはダメだって。私は魔王の娘だから。」
「ニンジンが嫌いなこと、リリスさんは知っているの? 」
「多分、知らない。でもダメなの。リリスはそのことを知ったら、食事にニンジンを出さなくなるから。」
[魔王からの命令だ。食卓にはニンジンを出さない。]
彼女はクビをブンブンと振った。
「ダメ。私は魔王になる器だから、好き嫌いはいけないの。どの魔族にも、どの人間にも平等に接するようにならなきゃいけなくて、嫌いなモノは克服しないと。」
果たして、先代はどのような趣旨があって、娘に、このような事を叩き込んだかは分からない。
彼女に厳しくしたのも、彼なりの愛情だったに違いない。
彼女の運命は生まれた時から決まっていた。
自分の部下たちの上に立つ存在へと彼女を昇華させなくてはならなかった。
いや、現に彼女は、彼の部下たちの上に立つ存在へと昇華した。
彼女のあの時の叫びを忘れない。
彼女も父親の愛情を理解していた。
魔王の命令、ディアストも僕の考えも同じだった。
リリスさんも言っていたように、僕たちは魔王因子を受け継いだ魔王だ。
もう彼女に全てを背負わせなくて良い。
嫌いなモノは嫌いだと言って良いし、好きなモノを胸を張って好きだと言える環境にしたい。
「大丈夫。君はもう魔王じゃない。好きなものは好きだって言って良いし、嫌いなモノは嫌いだって言って良いんだよ。」
彼女は目を白くして、ソレから目に涙を溜めて、放心状態になった。
「魔王じゃない。」
「じゃあ私は何者…… なの? 」
どうやら、僕は彼女の中にあるアイデンティティを否定してしまったらしい。
[気に止むなアスィール。]
ディアストは僕から身体の主導権を奪い取ると、彼女にこう告げた。
「お前はエスカリーナだ。魔王じゃなくても、魔王だった女帝。」
「そして、俺に二度目の人生をくれた存在だ。」
「どんな存在であろうとも、どのような姿であろうとも、お前が俺の恩人であることは変わりない。」
「世界を手に入れれば、半分はお前にやる。」
「そういう約束だっただろ。」
「ありがとう。ディアスト兄ちゃん。」
彼女の目が怪しく光る。
魔眼。
今、彼女にその力が宿った。
彼女は僕とディアストの存在を見分けている。
彼女にも着実と力が戻りつつあった。
彼女に力が全て戻って時、僕たちはどうなるであろうか。
[でも一つ成果はあったぜ相棒。どうやら俺たちは混じり合っても、魔術的には別々の個人として認識されている。]
「なにコレ、黒い線。オレンジ、青、赤。」
黒い線とは食卓の十字架の内部構造のことか?ソレは僕たちの慧眼からも見てとれた。次に僕たちの胸部を指差し、今度は、隠し通路の魔術機構を順番に指差す。
僕は彼女の目に右手を当てると、そっと魔術を施した。
「あっ、見えなくなった。」
「うん、見えなくなったね。いつもの食堂でしょ。」
* * *
「ご馳走様。」
彼女は皿に数本のニンジンを残しながら、食器を持って、厨房の方へと歩いて行ってしまった。
「ご馳走様。」
僕も、両掌を合わせて、軽くお辞儀をすると、皿を全て重ねて、彼女の後を追う。
厨房に入ると、リリスさんは、エプロンをつけて、既に調理器具の後片付けに入っていた。
「「ご馳走様」」
「お粗末様……です。」
「はて、今日はニンジンを残されたのですか? エスカリーナ様。」
「ニンジン、嫌い。」
彼女は、ソレから肩をブルブルと震わせて、目から涙を流し始めた。
「ごめんね。リリス。ごめんね。」
「いえ、エスカリーナ様は悪くありません。悪いのは私の方です。」
「エスカリーナ様の事を知った気でいました。好き嫌い無くなんでもお召し上がりになる方だと。幼い頃から、お仕えさせて頂いていたのに、貴方様の趣味趣向すら理解していなかったなんて。」
僕はリリスさんを宥めた。
「仕方ないよ。彼女にも立場があった。ソレを他人に打ち明ける余裕なんて無かったんだ。」
無かった。
過去形だ。
彼女もソレを理解したらしく、涙を拭いて、そしてそれから頷いた。
「今から、もう一度彼女と向き合おうと思います。」
彼女は、しゃがみ込み、エスカリーナと目線を合わせると、彼女の好き嫌いについて訊き始めた。
「ケッケッケ。エスカリーナという女がどんな存在かと思いきや。」
「まざかニンジン一つ食べられないガキだったとはな。」
「厨房には立ち寄るなと、何度も申し上げておりますが、アモス様、ベリアント様。」
彼女の名誉を守らなくては。
[おい、アスィール。落ち着け。さっきの言葉を忘れたか、平等に扱うって。今、彼らに暴力を振るえば、お前も先代と同じになる。]
「放っておけ。」
「コレはコレはアポカリプス様。貴方様は、エスカリーナ様の伴侶となり、王位を彼女から受け継いだようですが…… 」
僕の喉笛に、彼らの爪が突き立てられる。
「人間だよなお前。なんで、人間のお前が魔族の王を名乗っている。」
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