闇堕勇者と偽物勇者

ぼっち・ちぇりー

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イーストランドへ

嵐が去って

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「ディアスト兄さんは? 」
 僕が昏睡から覚醒して最初に聞いた言葉だった。
「お嬢様!! アスィール様にかける言葉は、もっと他にあるでしょう。」
「大丈夫だよクリートさん。」
 そうだ。僕はアスピにそれを伝えなければならない。
 ディアストさんは殺さなかった。いや、僕には
「うん大丈夫。生きている。彼は魔族に連れて行かれてしまったけど。」
 金色の冠に真っ赤なマント、立派なツノの生えた女魔族のことを僕は彼女に話さなかった。
 彼女を心配させるわけにはいかない。
 コレも勇者の責務だから。
「起きたか少年。」
 フォースがお盆にマグカップとポットを乗せて部屋に入ってきた。
「その衣装、とっても似合ってるよ。」
「その様子じゃ、もう大丈夫そうだな。」
「うん、スッカリ。この通りだよ。」
 フォースはテーブルにマグカップを4つ並べると、ポットの中のお湯を、それぞれ注ぎ始めた。
 アスピがそわそわし始める。
 彼女は一刻も早く兄に会いたいのだ。
 こうしちゃいられない。
 僕はベットから起き上がった。
「待て少年。ココアを飲んでから……だ。」
「そんな悠長にしてられないわよ。」
 彼女が立ち上がり、ドアを目指す。
 クリートがそれをガッチリ掴んで、フォースはカップを皿ごと持ち上げると、右手で取っ手を掴み、湯気の立つその液体を口へと流し込んだ。
「アスピ。お前はどうしたいんだ? 」
「決まってるでしょ。兄さんに会うの。大丈夫。兄さんは勇者だから。」
「ディアストに会ってどうする? 」
 それが最大の課題だ。
 ディアストはアスピを見た時、攻撃を緩めるどころか、彼女を躊躇なく殺そうとしていた。
 彼女が再びディアストの前に立てば、彼は必ず彼女を……殺す。
「まぁ良い。それもおいおい考えていくとしよう。」
 アスピは意外にも理性的で、自分の席に戻り、ココアを口に運んだ。
「悔しいけど、貴方の言ってることは正しいわ神父さん。私、まだ分からないの。ディアスト兄さんに会ってどうしたいのか。だって兄さんは…… 」
 そこで彼女は口篭ってしまう。
「さて、コレからどうするか……ですか? 私たちはコレからひとまずイーストランドのバロアまで帰ります。」
「そこで提案なのですが。アスィール様た地にも、ご同行願いたいのですが。」
彼女はベットに立てかけてあったドゥルガの盾を見た。
 アレ? そうだ。僕はドゥルガの盾と契約して、武具の持ち主になった。
 武具を集める。
 それが僕たちの旅の目的だと言うのなら、彼女たちと旅路は同じ。
 だがその前に……
「この盾のことをビギニア王に話さなきゃ。このままじゃ僕は盗人だよ。」
「アスィール様、そのことなのですが…… 」
 僕が宿屋を出ると、外では盛大なセレモニーが開かれていた。
 今日は何かのお祭りなのだろうか?
 宿屋から路地へ、それからメインストリートに出ると、人集りが……
 ビギニアの外まで続いている。
「勇者様。いってらっしゃい。」
「頑張れ勇者。」
「悪き魔王を倒してくれ。」
「ウェストランドを、世界を頼んだぞ勇者。」
 コレは……どういう。
 フォースが先に一歩踏み出した。
「お前たちの真夜中の喧騒を、吟遊詩人が見ていた。噂は瞬く間に広まったよ。魔王に対抗しうる選ばれしものが現れた……とな。」
 人の噂には尾鰭が付く。
 とは言ったものの、こんなに?
「それだけ人々が追い詰められているのです。最近、魔物の動きが活発になって、村がいくつも滅んでいるのですから。」
 そうだ、セカンドが言っていた。急に魔王が動き出したと。
 一刻も早く、武具を集めなくては。
「ビギニア王には私から封書を出しておいた。我らウェストサイドが、王から盾を買い取る形でな。」
「人の友情を買い取るなんて。」
「友情では世界は救えないぞ。少年。」
「フォースってさぁ。ホントウに面白く無いよね。」
「いつも楽しませてもらっているぞ、少年。」
 僕たちはビギニアを出ると、そのままアスピたちの船に乗った。

      * * *

「少年、傷跡が気になるか? 」
 僕は甲板のハンドレールに両手をかけながら、ディアストにつけられた傷の後を見ていた。
「傷の呪いなら祓っておいた。なんせ私は神父だからな。」
「ありがとうフォース。いや、あのズキズキ痛む傷、なんだったんだろうって。そうか呪いか。」
「あっ、いた。」
 アスピたちも甲板に上がってくる。
「この前は言い忘れていたけど、この前はありがとう。私に回復魔術をかけてくれたでしょ? 」
「貴方に回復呪文も心得があったなんて。」
 傷陽のことだ。が、アレは回復魔術では無い。
「違いますよ、お嬢様。アレは治癒魔術と申しまして。細胞を活性化させることにより、傷の治りを早くする呪文です。回復魔術とはまたカテゴリが違います。」
「細胞!? 活性化!? 」
 彼女はガクブルと震え始めた。
 どうしたのだろう?
「気がついたようですね。そうです。私たちは、彼に治癒魔術をかけられて、おばあさんになったんですよ。」
「何してくれてんのよ!! 」
 彼女に頬を打たれる。
「ごめん、そんなに怒られるとは思わなくて、でもあの時は必死だったんだ。」
「もう治癒魔術は禁止!! 」
「そんな、アスピが死んじゃうよ。」
「シワシワになるぐらいだったら死んだ方がマシよ。」
 彼女はズカズカ音を立てながら、下へと降りていってしまった。
「お嬢様!! 」
「やれやれ。少年。治癒魔術はピンチの時以外使うな。回復は私がやる。」
 彼はパーティーの貴重なダメージソースだ。
 少々僕は納得できなかった。
「前は任せたぞ。少年。」
 そうだ。ならその分、僕が前線に立って、フォースの代わりをすれば良い。
「うん、分かった。僕頑張るよ。」
 フォースはアスピたちの後を追い、階段を降りていった。
「ドゥルガ? 」
 返事はない。
 怒っている……のかな?
[怒っているよ。僕は。すごく。]
「だったら返事をして欲しかったな。」
[この僕を…….あんな使い方するなんて。]
 彼女のレクチャーでなんのことか理解できた。
 僕は最後、ディアストの右手にナイフを投げるために、手元をドゥルガで隠した。
 それに彼女は怒っているのだ。
「ごめん。もうしないから。しなくて良いように、僕、強くなるから。ただ、実力が足りなかったんだ。ディアストを相手するには。」
[……分かった。じゃあ約束ね。来るべき時、僕が君を試してあげる。その時までに、君の力量が備わっていれば再び力を貸してあげる。君のことは…….好きだから。]
 それから彼女はまた、何も言わなくなった。
 彼女の頭の尖りを優しく撫でる。
 潮の流れが変わったことに気がつき、見上げると、太陽が沈みかけていた。
 キッチンの配管からいい匂いが漂ってくる。
 僕の腹がググッと鳴った。
 そういや、起きてから何も食べてなかったな。
 ビギニアは人でいっぱいで食事どころでは無かったからな。
 ようやく落ち着けた。
 落ち着けたら急にお腹が空いてきた感じだ。
 僕も食堂へと降りていった。

 


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