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19章 儚く散っていく

19-3 屋敷の格 ※ヴィンセント視点

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◆ヴィンセント視点◆

 神聖国グルシアの聖都の大教会に着いても、報告会やら挨拶まわりやら。兄のクレッセに教会を引き摺り回されてから、実家に放り込まれて生贄の家で起こったことの説明をした。
 珍しく父も屋敷にいて、その晩は実家に泊った。さすがにこの日はレンは現れなかった。

 翌日の夕方、ようやく実家からも解放された。
 シアリーの街の近くにある生贄の家から出発して十日も過ぎてしまった。
 レンの家に行くために馬車をー、と思ったら、アディ家から馬車が回ってきた。
 くそー、負けないぞーっ。

「おかえりー、ヴィンセントーっ」

 華やかな笑顔でレンが迎えてくれた。
 玄関先でレンを抱きしめる。
 だが、しかーし、ククーには言いたいことが山ほどある。
 ククーと王子が気を使って遅れて迎えに出てきたが、ククーを見て言ってしまった。

「なぜレンを止めなかった?」

「あー、、、」

 ククーが私から視線を外す。
 私はあの家から動けなかったが、ククーは聖都でレンと一緒に物件探しをしたはずだ。
 私は今日はじめてこの屋敷を見る。

「レンにはもっとふさわしい立派な屋敷があっただろう。場所も中心地から遠いし、屋敷の大きさも足りないっ」

「それな、、、」

 ククーの視線がレンに向いた。
 あ。
 レンがしゅんとしている。
 角ウサギだったとしたら、タレタぐらい耳が垂れている状態である。
 レンの要望がこの屋敷だったとしたら、ククーがレンをとめられるわけもない。。。
 庭がわりと広い家というのは聖都の一等地では珍しい。角ウサギのためを思うなら庭が重要な要素になるのは仕方ないのだが。

「やっぱりヴィンセントの好みには合わなかったか。。。」

「うわっ、そうじゃなくて、、、この聖都の住民は大教会からの距離や方向、屋敷の大きさでそこに住む人間の価値を推し量る。レンのこの国での重要性を考えても、この屋敷では役不足だ」

 ますますレンを落ち込ませてしまった。
 ククーでさえ頭を押さえている。フォローのしようもないと?

「ごめんな、、、ヴィンセント。どう言われても俺は自分に不相応な家を持つことはできない」

「ヴィンセントー、レンは一等地も一等地の大神官長の屋敷を断って、自分の目で見た上でこの家を購入しているんだ。その意味を少しは考えろ」

 ぐっ。

「レンは自分を不相応と言っているが、」

「ヴィンセント、そこまでだ。傷口に塩を塗るな」

 ククーには私が次に告げる言葉がわかってしまったようだ。
 だが、それはレンにもわかったらしく俯いたままだ。

「レンー、僕はこの屋敷も好きだよー。前の家も好きだけどー」

 王子がレンの手を握って慰めている。

「うん、ありがとう、王子」

 握られていない方の手で、レンは王子の頭を撫でる。

「ヴィンセント、この家が受け入れられないのなら、ノエル家の実家にいて。毎晩、そっちの部屋に行くことを許してくれると嬉しい」

 レンが微笑みながら提案した。
 目はひたすら寂しそうだった。

 レンはアスア王国の英雄だった。
 神聖国グルジアの聖都の事情なんてどうでもいいはずだ。
 気にすらしていなかっただろう。
 レンは住みたい家を選んだだけだ。
 私にこの家を気に入ってもらいたいと思っていたのは、出迎えた表情でもわかった。

 けれど、私がこの屋敷で、事情も知らない他人にレンを軽んじられるのが嫌だった。

「ヴィンセント、お前、レンが聖都の事情を知らないでこの家を選んだと思っているのか」

「え、」

「ンなワケあるか。レンは腐ってもクソ英雄なんだぞ。全部知った上で、ここを買っている。気がかりだったのはお前の反応だけだ。いや、お前だけじゃなくて俺の反応もだ。ノエル家もアディ家も聖都の一等地に屋敷がある。うちの実家を見て、俺がただの孤児のままだったのなら、お前たちと言葉を交わすこともなかったのだろうな、とレンに言われた俺の気持ちがお前にわかるか。英雄だろうと冒険者だろうと、どんなレンでも、俺はっ」

 ククーは声を荒げ、最後には言葉を詰まらせた。
 けれど、大きく息を吸い込んでから言葉を続けた。続ける必要があったからだ。

「それでも、お前のためだけに、レンは家を選べなかった。お前が生きている間、他の屋敷を手に入れるという選択肢もあることにはあるが、聖都での本拠地を移すのはかなり難しい。一度一等地のかなりいい場所に屋敷を持ってしまうと、同じ一等地であってもランクが下がった場所に引っ越すと落ちぶれたと取るのがこの聖都の住民だ。それならば、最初からほどほどの物件にしておいた方が良い。だから、この家の持ち主は、ノエル家やアディ家の人間ではないレンなんだ。レンは俺たちのことも気にしてそうしたんだ。それに、レンは国からもノエル家からもアディ家からも何も受け取っていない。俺たちができたのは使用人の紹介ぐらいなものだ。レンには俺たちには想像もできないくらいの長い期間、聖都の本拠地となる屋敷が必要だ。維持費もそれなりのものになる。金が実家からやってくる神官の俺たちがとやかく言えることではない」

「ごめん、ヴィンセント。俺はもう国とか家とかに縛られるのは嫌なんだ。援助を受ければ確かにヴィンセントが望むような屋敷が手に入ったんだろうけど、、、」

 最後は小さい声になった。隣には王子がいて手をつないだままだ。
 それはアスア王国の英雄の傷。
 国に縛られ続けた英雄の願い。
 だから、レンは神聖国グルシアに恩を売る。利用されないために。
 いつもならレンは私の言葉などのらりくらりとかわして、自分のやりたいように誘導するのに、今回のレンは私に謝るだけだ。
 レンにとってこれより立派な屋敷を得ることは心情的にも無理だからこそ、謝るだけなのだ。

 そして、私は聖都の屋敷の購入費や維持費が実際どれほどのものであるかを知らない。知る必要さえなかった。

「ヴィンセント、レンは他人の噂話なんてどうだっていいんだ。お前や王子、俺と静かに暮らせる家ならな。教会近くの一等地なんか手に入れてみろ。監視する奴らや秘密を暴こうと厄介な輩が湧いて出てくるぞ」

「それはノエル家が後ろ盾になれば」

「坊ちゃんめ」

 とうとうククーが吐き捨てた。
 完全に私が守られている側の人間だと言い捨てたのだ。

「はいはい、お腹が空いていると人間ロクな考えが浮かばなーい。今日は夕食の時間を早めるから、そこの坊ちゃんも食べていけばいい。その後、ご実家に帰るなり、ここに住むなり選択すれば問題ないだろう」

 コックコートを着ている料理人と思しき人物が手を叩いて、この場を閉めた。

「レンー、温かい紅茶をいれてやる。部屋に持って行ってやるぞー」

 こくんと料理人に頷いて、王子に手を引かれてレンはこの場を去っていった。
 ククーも舌打ちをすると、俺から去っていく。

「あ、俺はこのうちの料理長でーす。ノーレンさんちからの紹介です。英雄の野営とかで稀に食事も作った仲なので、レンとは昔ながらのお知り合いっ。良い職場を紹介してもらいましたー」

「そう、よろしく」

「ヴィンセントさん、今のでレンが貴方を大切にしていることはわかりましたが、貴方は何なんです?聖都での屋敷の格などどうでもいいことじゃないですか。レンは貴方の飾りではありませんよ」

 絶対零度の料理長の目がそこにはあった。
 ノーレン前公爵が単なる料理人をこの家に紹介するはずもなかった。
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