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16章 滅びの季節

16-6 玉座

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 アスア王国の王都にある王城の謁見の間にはものすごい人数が詰めかけていた。
 扉から溢れるほどだった。
 王城に侵入した多くの者たちはここに集結していた。
 謁見の間にいたのは宰相。
 国王や新英雄を出せと騒ぎ立ててみたものの、宰相に要望を聞かれたりと時間は過ぎていっていた。
 宰相は玉座には座っていない。
 その前に立って、国民たちと同じ高さで話している。
 横に座っている事務官に要望を書き取らせており、真摯な対応をしているように見えた。

 国王はなぜ謁見の間にこれほどの人間が残っているのだと訝しむ。
 目的であった玉座が人だかりでなかなか見えない。一番遠い出入口の扉でも人が溢れていて、玉座の下が見えない。

 国王は、おかしい、と思い始める。
 あそこが開いていれば、我々が逃げたと思って、人々は追いかけるはずだ。
 多くの人間が深く考えずに、その通路に吸い込まれていくだろう。

 国王の背に冷や汗が流れる。
 玉座の下が閉じられているのなら、玉座が元通りの位置にあるのなら。
 それが意味するものは。
 国王は膝を地面につく。

「おい、そこの爺さん、具合が悪いんじゃないのか」

「ここは人が多いし殺気立っている。どこか違う場所で休ませたらどうだ」

 通路に沈んだ様子で蹲る国王を、周囲の人間が気づき始めた。
 護衛たちが国王を労わるようにして姿を隠しながら、その場から遠ざけようとする。

「お前たち、玉座はどうなっている」

 しゃがれた声で国王は護衛に聞いた。
 一番背の高い護衛が背伸びをして何とか人々の隙間から見る。

「玉座はいつもと同じ位置にあるように見受けられますが」

 それは国王にとって絶望に近い言葉だった。
 国王が顔面蒼白になっている姿は、護衛たちにも異常を知らせる。
 
「と、とにかく、どこかの部屋に」

 護衛たちは国王を群衆から見えないようにしながら、近くの部屋に入った。
 謁見の間からさほど離れていないが、あのまま通路にいるよりはマシだろう。
 もし誰かが入って来ても、具合が悪くなった者を休ませていると言い訳も立つ。
 護衛たちは扉の外で見張ることはできない。今、それをやると余計に怪しまれる。

 国王は護衛たちの心配をよそに、ソファに座って顔を手で覆っていた。

 あのとき孫娘のアリシアを探すために、国王が皆に先に行くように指示した。
 国王と孫娘アリシア以外の王城にいる王族は全員あの場にいた。
 今、アスア王国の王族で生き残っているのは二人だけだ。

 あの玉座の逃げ道は、閉じてはいけない。
 追わせるための通路である。
 追手として入った者がすべて死ぬというえげつない罠が満載である。

 ならば、逆は。
 そう、玉座を元に戻してしまうと、中に入った者が死ぬ仕組みである。
 それは何も知らない王族が助かりたいと、追手が来ないように他の王族や臣下を犠牲にしてまで玉座を元に戻すのならば、王族としての資格がないと判断される通路なのである。
 その事実を知っている者ならば、そんな愚行は侵さない。
 だが、国王は思い返してみると、そのことを誰にも教えた記憶がなかった。

 自分たちが王城から逃げることなど露ほども考えていなかった。
 火事や災害等の万が一のこともあるので、逃げ道が玉座の下にあることは確かに伝えてはいた。
 王族で逃げるなら、自分が必ず共にいるはずだったから。

 宰相は元々民衆との交渉役として王城に残るつもりだった。
 だとしたら、息子たちは宰相に感謝までして玉座を元に戻してもらったのだろう。
 自分たちが死ぬとは思わずに。

 国王は自分とアリシアが生き延びないと、アスア王国の王族が絶えることを知った。

「なぜ、こんなことになったんだ」

 国王は呟く。
 本人も自覚なしに口から漏れていた。

 護衛たちは自分たちがその理由をわかっていると思っている。
 ただ彼らは国王の言葉を王族が二人以外死亡したということではなく、国民の反乱についての言葉だと勘違いしていたが。
 それは、すべては国王の愚策のせいだと思っていた。
 護衛たちも国民である。
 それでも、仕事だから、彼らは国王に付き従っている。
 国王に対する忠誠心というのもほんの少し前まではあったはずだった。
 英雄ザット・ノーレンが生きている間、そして、亡くなったしばらく後までは。

 英雄がいなくなり、国民が蔑ろにされた。
 英雄のギフトを持っている新英雄は王城から出さずに、護衛たちに守らせた。
 この国王は国民を守るためには一兵たりとも出さないのに、新英雄を守るためには護衛をつけたのだ。
 英雄のギフトを持っているのならば戦わせればいいのに、と誰もが歯軋りをした。
 そもそも、一年も経って英雄のギフトを使えないのならば、やはり英雄から奪ったものではないのかという考えが国民の間では主流になっていた。
 ギフトが譲られたものであるのならば、多少なりとも扱えて当然。そもそも、国王を黙らせてまでも、魔物退治に出てくるのが英雄ではないか。そんな考えが国民の間では広まっている。

 国民からも新英雄と呼ばれるようになってほどほどに長いが、それでも一応アスア王国内では英雄として扱われてきた。国民も口ではともかく心のうちでは英雄だと信じたかった。
 だが、もはやこれまでだった。
 王城占拠は完全に国民の不満の表れだ。

 今、謁見の間に新英雄ロイが颯爽と現れ、これから魔物退治に出ると言ってくれれば、アスア王国の国民はそれ以上の手荒な真似はしなかっただろう。
 魔物を倒せなければ文句は山積みになっただろうが、それでもこの場の感情は上手く収まっていたはずだ。

 だが、新英雄ロイは現れない。
 それどころか国王も王族一人も残っていない。
 謁見の間には宰相が残っていた。
 国民の話を聞くために、事務官はいたが護衛もいなかった。
 国民もそんな丸腰の人間を襲うほどの残忍性はない。ただ窮状を知ってもらい、国に対策を立ててもらいたかっただけだ。国を自分たちが変革するとまでは考えていない。自分たちが上に立って国を変えていこうとまでは露ほどにも考えていないのだ。
 宰相は国側の人間だが、それでも国民は国王にこの場に残されたのだろうと同情しているし、この場から逃げなかったことで尊敬に値する者として認めて皆が現状を訴えている。
 事務官がその訴えを記録していった。




 国王は長い間、座っていた。
 護衛たちも動かす方が危険と見て、その部屋に居続けた。
 時折この部屋を覗く人影が現れたが、具合が悪くなった者を休ませていると言うとあっさりと去っていった。
 アスア王国の国王は英雄が現れてから自信満々に国民の前に立っていた人間である。
 王都に住む住民もある程度の距離を置いてだが、国王を見る機会は多かったので、顔は知っている。知っているのだが。
 青白い顔をして一気に老けたようにさえ見える男と一致しなかったのである。

 王城は国民に占拠されているが、宰相が苦情を拾い上げていったため落ち着いたものである。
 使用人も一部の者が城に戻り、料理を作って謁見の間で夕食の炊き出しまでしている。簡単なスープとパンのみであったが、望む者には配られた。
 宰相や事務官も書類に囲まれながらも同じ食事をもらって食べる。
 そこにいた者たちは床に座って食べながらも、彼らをじっと見ていた。

「どうした?椅子やテーブルが使いたいのなら他の部屋の物を使えばいい」

 さすがに食事姿をジロジロ見られては気になる。

「いや、アンタたち国の役人や貴族もいつも美味しいものを食べていると思っていたが、普通にこういうのも食べるんだな」

「我々も食料がこの国に乏しくなってきたと判断されてからは、この城の者たちも食料を避難してきた者たちにできるだけ回せないかと試行錯誤してきた。こんな状況でもいつもと変わらない生活を送っていたのは、、、いや何でもない」

 宰相がつい口にしてしまった言葉の先の推測は誰でもできた。

「国王がもう少し国民のことに目を向けてくれれば」

 そこに座っている者たちが口々に国王の悪口を言い出す。
 だが。

「我々もここで話を聞いているが、残念ながら貴方がたのこのすべての要望を叶えることはできない。ご存じの通り、今のアスア王国にはお金も人も足りない。魔物討伐できる冒険者の数は少ないのは、我々が英雄を頼り切っていて冒険者を育てていなかったのが原因だ。本当なら誰か一人に頼る国は国として危ない。それが現実になっただけの話だ。他国から冒険者に来てもらうには多額の報酬が必要だが、アスア王国にはその金がない。だが、できるだけ国民が飢えないように周辺の各国に働きかけている。魔物からは身を潜める生活が続きまだまだ我慢を強いることになって申し訳ないが、協力してはくれないだろうか」

 今までも我慢してきた。
 我慢の限界だと思っていたからこそ大人数で王城に押しかけた。
 王城では大捜索が行われたが、新英雄ロイはどこにも見つからなかった。
 王族とともに逃げてしまったのだろうと噂された。王族も見つからなかったのだから。

 英雄がいなければ、アスア王国の国民は我慢できる者たちだ。
 元々、周辺の宗教国家に迫害された者たちの避難先である。アスア王国の国民の我慢強さは他の国よりも秀でている。

 そう、英雄がいなければ。
 新英雄ロイはこのとき英雄の地位を失った。

 アスア王国は王城に押しかけて来た代表者数名と、王城に残っていた宰相たち国の大臣たちで暫定政府を立ち上げた。
 新英雄は発見されれば、犯罪者として処罰されることになった。
 新英雄を囲った国王以下王族たちも同罪として。
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