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10章 熱い夏が来る前に

10-5 人の理

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 イヤリングについている青い石を鏡で見る。
 青い石が揺れる。
 自然に俺の頬が緩む。

 俺の色の巨大な魔石を見せる前に、この色を贈られるとは思ってもみなかった。
 ククーも俺に隠し事をするのが上手くなっている。
 終始監視役のミニミニダンジョンをつけているのに。ミニミニダンジョンもククーに絆されているのかなあ?
 ミニミニダンジョンも角ウサギも俺にソックリだからなあ。

 知らない方が驚きが増す。
 それは確かだ。
 嬉しくて、愛おしい。
 俺が他人に諦めていた想いだ。

 この家に鏡は一つしかない。
 ここはヴィンセントの部屋だ。鏡台でイヤリングを見ている。
 外して見るのが一番じっくり見ることができるのかもしれないが、せっかくククーにつけてもらったものだ。自分でつけるのはなんとなく違う気がする。いつかは自分で外すこともあるかもしれないが、まだ余韻に浸りたいのだ。

 自分の誕生日を祝われることが、こんなにも嬉しい。


 ヴィンセントからもらった魔術書も手にする。
 今、彼は街に出かけることができないし、プレゼントの品を教会に発注してしまうとククーにバレてしまう。
 彼の手持ちのなかで、彼のなかで最も価値のあるものを贈ってくれた。
 コレは歴代のノエル家の魔術師が自分の最高傑作の魔術を書き記したものだ。
 一点物とは言ったが、ノエル家の知識の財産なので術を複写したものは残しているようだ。じゃないと誕生日だからといって軽々しく貰えない。家を継ぐ長男ではなく、なぜヴィンセントが持っているかというと、この家も魔力が一番高い者にこの本を譲ることになっている。そういう家こそ、魔力が高い者が途中で押し潰されずに成長することができる家なのである。

 この魔術書が俺の興味を引いたのは、未来視。
 コレ自体はまだ完成された術ではないと注記されている。絶対的な未来視ではなく、確率が高い未来視ができるという過程の魔術である。ククーがギフトを磨いたらできる魔法と同じ性質のものだ。
 研究を引き継ぐものが現れるように、過去視から現在の説明もされているため、過去視の術も併記されている。
 過去視が使えると便利だよねー。
 たった一秒でも過去は過去。見える幅が広がる。今の俺の魔法では自分のダンジョンに関すること中心にしか見えていない。昔、当たり前のように使えた魔法が使えないのはけっこうというか、相当使い勝手が悪い。魔術で多少なりとも過去視が使えるようになるのなら、試してみる価値がある。




 さて、昼から誕生日を祝ってくれたのだが、夕食後まで俺とククーはのんびりダラダラと酒を飲んでいた。今日ククーが持って来た酒は、いつものと比べてさらに美味しいものが揃えられていた。気合いを入れて選んでくれたのだろうか。
 俺たちはダラダラと飲んでいたと言っても、さすがに泥酔まではしていない。
 夕食後にククーを俺のダンジョンのあの家のあの扉まで見送った。無事に隠し部屋に帰っていった。
 王子もククーに泊っていってほしそうだったが、今日は俺の誕生日だということでククーには何も伝えなかった。
 が、ククーも王子の表情でわかったようで、王子の頭をクシャクシャっと撫でていた。
 ククーもミニミニダンジョンを持っているので、いつかククーにはダンジョンとの行き来を扉を介さずに、自らの意志で飛べるようにしたい。これも魔術か何かで解決するといいな。

 俺の代わりに働いていたのが角ウサギたち。せっせと食べて、お皿を片付けていた。彼らも満腹になり、満足してくれれば幸いだ。

「レン、帰っていたのか」

 先にシャワーを浴びていたヴィンセントが部屋に戻ってきた。

「ああ、ヴィンセント、ただいま」

 俺の手元の開いている魔術書にヴィンセントの目が行く。

「どう?役に立ちそう?」

「うーん、俺が使えるかどうかはわからないけど、無尽蔵な魔力はあるからダンジョンでいろいろ試したいと思ってる」

「うん、ダンジョンで試してもらうのが、一番安全かもね。その書いた当事者しか使えない、再現できない魔術も書かれているというから」

「それは魔術として正しいものなのか?」

「人が持つ魔力の質が違うのかもしれないな。繊細な術というだけで間違っているわけではないのだろう」

 魔力に色があるのだから、魔術が発動するための条件が把握され切れていないということか。
 魔術が発動しないときは一般的には魔力が足りないとされることが多い。

 鏡台の前のイスに座っている俺に、ヴィンセントが抱きついてきた。
 彼の髪から水滴が落ちる。
 俺は魔術書を鏡台に置いた。

「ちゃんと乾かさないと風邪ひくぞー」

 俺はヴィンセントの肩にかけてあるタオルを奪い取って、頭をぐりぐり拭く。

「シャワーはもう一度入るから大丈夫だよ。これからもっと汗かくし」

 ヴィンセントは俺の首筋に唇を這わせる。
 ねっとりとした愛撫は、すぐに俺の服を脱がしにかかる。

「ヴィンセント、」

 彼の名を呼ぶ。
 俺に向ける瞳が優しい。

「今日はレンの誕生日だから、レンの意志を尊重したいと思っていたから、ククーとの会話もあまり邪魔しなかったけど、本当はレンを独り占めしたかった気持ち、わかってくれる?」

 ヴィンセントと唇を重ねる。
 彼は一滴も酒が入っていないのに照れもせず、真正面から愛情を伝えてくれる。
 そういうところは尊敬に値する。
 俺はベッドに押し倒され、ヴィンセントから更なる愛撫を受ける。

 この手が、この熱が、この愛情がなくなることを俺は恐れている。
 けれど、俺もヴィンセントの意志を尊重したいという気持ちは同じだ。

 祝いの席で、ヴィンセントは俺と結婚したいと言った。
 神聖国グルシアでは、神官であっても、同性であっても、結婚できる抜け道があるのだそうだ。
 神官の相手となるのは、国にとって重要であり不可欠な人物であり、かつ、他国の人間であるという制約がつく。
 つまり、神聖国グルシアがどうしても繋ぎとめたい相手のみ許可が下りる。
 ククーが渋々言うには俺なら許可が出るらしい。

 老いて死ぬまで一緒にいよう。

 プロポーズみたいな言葉だが、ヴィンセントは結婚指輪を贈ることがプロポーズだと考えているようだ。指輪は聖都で作って渡すからと言われた。本当にコレはプロポーズじゃないのか?
 神官だから、少々その辺は世間の常識とは違うのかもしれない。普通なら一生結婚できない人間だからな。
 そして、神官は定年退職というものがない。一生を神に捧げる存在だからだ。

 そう、人は老いる。

 俺はこの姿になってから髪も伸びず、爪も伸びていない。
 魔力を込めれば長さを調節することはできるが、自発的には伸びない。
 あまり考えたくはなかったのだが、このカラダは年齢を刻んでないのではないかという疑念が生じている。
 魔法や魔術による若さを保つ方法というのは確かに存在する。
 しかし、あの英雄のギフトでさえ、老いはとめることができなかった。
 だからこそ、俺はアスア王国の英雄になりたくなかった。

 俺はずっとアンタと一緒にいたい。

 ククーの言葉だ。
 ククーとヴィンセントの言葉は似ているようで異なる。
 ヴィンセントは人の理を外れていない。外れようがない。

 俺は後々ヴィンセントに怒られるだろう。
 説明してくれれば、と。
 説明してくれればすべてを受け入れたのに、と言われてしまうだろう。
 けれど、違う。
 コレは自由な意志で決めなければならない。

 人として生きるかどうか。
 人よりも長い年月を生きられる人間というのは数少ない。
 肉体が持っても、どこかで精神が破綻する。
 不老長寿を自分自身のまま生きられる人間というのは、なかなかいない。

 だから、ククーに誓いになるぞと脅したのに。
 できれば、俺は長い長ーい年月をたった一人で生きていたくない。
 ククーが自分の意志でその一歩を踏み出してくれるのなら、俺はいつでも迎え入れる。迎え入れてしまう。

 ヴィンセントにいくら恨まれようとも。
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