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10章 熱い夏が来る前に

10-6 赤い液体 ※ビスタ視点

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◆ビスタ視点◆

 血みどろの遺体が浮かんでいる。
 アレは人か、魔物か、形さえ崩壊しているので、判断が難しい。
 が、ダンジョンであっても異常であることだけがわかる。
 ここは地獄と化していた。




 シアリーの街の北にあるダンジョンは、三十層あたりからは中級冒険者以上が推奨されている。だからといって二十九層まで初級冒険者が問題なく来れるかというと難しいと言わざる得ない。

 朝、冒険者ギルドに寄ると、俺たちに緊急依頼が来た。
 その三十層あたりからが以前とは異なって禍々しくなり、魔物も凶悪化、凶暴化しているということである。
 それらの原因の調査、わからなくとも魔物の数を減らしてこい、という依頼である。

 周辺国家の呪いのせいだろうか。
 だが、神聖国グルシアに限ってみれば、レンが大神官長に魔石を譲ったことで結界が強固になり、影響は出ないはずである。
 ダンジョンに北の女王はいるのだろうか。

「、、、レンって、この頃冒険者ギルドに来ているのか?」

「たまに薬草納品に来てくれますよ。だいたい昼過ぎですけど」

 受付カウンターでメイサ嬢が答えてくれる。

「それじゃ、遅いよなあ」

「ビスタはレンにそんなに会いたいの?」

「レンに頼りたい気持ちはわかるけど、魔物が出て来なかったら凶悪化しているか判断できないよー」

「レンは魔物討伐をしないのだから、三十層から先は難しいのでは?」

 センリ、リンカ、イーゼンがそれぞれの考えを口にする。
 そうなんだけど、そうではない。

「いや、ダンジョンに異変があるのなら、北の女王に聞くのが一番早いと思って。北の女王が出てくるときって、レンが一緒にいるときが多くないか?」

「それを言われるとそうかも。まあ、あそこのゴーレムを全部倒したのはレンだから、北の女王もビスタだけのときにはあまり出てきたくないのかもね。会う必要ないもんね。イケメンでも、もう年齢が年齢だしオッサン臭がするのかなあ。連絡にはメモ持ったちびゴーレムが来ることが多いし」

「リンカ、事実は事実だけど、少しはオブラートに包んで話そうよー」

 俺は優しくされないと泣いちゃうぞー。

「今日から中級以上の冒険者でも、三十層から先に潜る場合は注意喚起しています。普段よりも装備の準備も厚めでお願いしています。あと、レンは北の女王に会いに行くのならそこまでご一緒するのは良いのですが、彼はまだ初級冒険者なので三十層から先には行くことは推奨してません」

「は?」

 メイサ嬢の言葉に、俺も仲間も目が点になった。

「レンってまだ初級冒険者だったのっ?」

「実は魔物討伐をまったくしておらず、その上、昇級試験も受けたがらないので、中級にはなっていないのです」

「あ、わざと?強くなって祖国にバレたくないから?」

「いや、待て、センリ。メイサ嬢、レンはゴーレムを山ほど倒しただろう。アレで中級ぐらいにはなるんじゃないか?」

「ビスタ、ゴーレムの討伐部位を持って帰った記憶あります?お金にならないからすべて放置してきたでしょう」

 おお、メイサ嬢が超笑顔だ。言いたいことはわかるけど。

「あー、収納袋があるんだから二、三個詰めて来れば良かった。そしたら、レンの討伐記録は残ったのに」

 俺より強い英雄がまだ初級冒険者だったなんて思いもしなかった。知っていれば、こっそりと仮本部に連絡して上級とは言わずともさっさと中級ぐらいにはしておいたのに。
 けれど、初級冒険者であっても自己責任で三十層以上行くことは可能である。新規加入した初級冒険者が含まれる中級冒険者たちの仲間も珍しくない。荷物持ちや後衛で仲間にしている。

 レンのように実力はあるのに低い評価を受けている冒険者に対しては、冒険者ギルドも昇級試験を用意している。コレは冒険者ギルドから受けるように言われた場合は、ほとんどが出来レースである。自ら受けに来るものは大体が実力不足として落とされる試験である。
 が、受けに来てもらわないと、昇級できる実力がある者も勝手には昇級できない。冒険者ギルドも大義名分が必要なのである。試験によって冒険者ギルドが実力を認めたー、とかでね。レンの実力は大神官長と剣で戦ったのでシアリーの街の冒険者なら結構知ることになった。俺たちのように、は?初級冒険者?アレで?という反応する者の方が多いのではないだろうか。
 実際、アスア王国の英雄ザット・ノーレンの冒険者ギルドの扱いは別格。最上級冒険者と言われているが、彼への依頼はアスア王国の国王しかできなかったので別格で正解なのである。とことん強いという認識で合っているが。

「とりあえず、今、この場にいないレンのことを言っていても始まらないのでは?一応、レンが冒険者ギルドに来たら、ビスタが会いたがっていたとは伝えておきますね」

「メイサ嬢、とっても会いたがっていた、にしてね」

 何を言っているんだ、センリ。
 けれど、会いたいときに会えないのが、レンである。何か連絡方法ないのかな、、、教会を通す?それこそ面倒。。。




 冒険者ギルドや商店を回り、追加で食料や薬品等を補充した。
 本当なら日帰りで行こうと思っていたダンジョンだ。数日間ダンジョンにいても問題ないようにしておかなけばならない。

「俺らが原因を探るというのは難しいだろうな。北の女王に会えるのなら会った方がいいが」

「ダンジョンに異変があるのなら、会うのは難しいのではないか?まずは三十層である程度魔物を間引きした後、帰りに畑に寄って行くという予定でどうだ」

 イーゼンがまとめた。

「そうだな。連絡用ゴーレムでもいれば、メモぐらい渡せるんだけどな」

 とりあえず、今のうちにメモを書いておく。だいたい北の女王の連絡用ゴーレムは返事を待たないときは、北の女王からのメモを渡してさっさと消えてしまう。俺からメモを渡すのなら書いておかないと持って行ってはくれない。

「三十層かー、普通でも強い魔物が出るのに、凶悪化、凶暴化したと言ったらどんだけ強くなっているんだろうね」

「五十から六十層程度の魔物や階層ボスが出ると想定して動いた方がいいかもな」

「この頃、ビスタが帰りに畑に行くから、割と低層にしか行ってなかったからねー。ビスタは上級冒険者なのに」

 俺のせいか?
 俺はともかく、こいつらの成長の妨げにはなっていたか。中級冒険者から上に行こうとするのならば、より深い層に潜らなければならない。深層に潜れば、日帰りで帰れなくなる。誰だって、暖かくて柔らかいベッドで寝たいよね。

「転移陣で三十層の様子を見に行くぞ」

 四人で転移陣に乗り、二十九層の階層ボス討伐後のスペースにある転移陣に着く。
 そこから階段を降りると、三十層だ。
 三十層なのだが。 
 階段から出られなかった。
 急に悪臭が立ち込める。気怠い熱さが漂う。
 四人とも歩みを止めた。
 赤い液体が一面に流れている。
 水のようではなく、少し粘度があるようだ。まるで血のようだが、血ではないと思いたい。
 マグマではない。マグマであるなら、この近さでこのぐらいの暑さで済むわけがない。

 赤い液体から黒い物体が出ているのを確認する。
 最初はただの岩かと思っていたが、その物体は流れている。
 流れていくのは遺体か?
 赤い液体にまみれているのだから、それは血みどろにしか見えない。
 冒険者だったものだろうか、それとも、魔物か。

 凶悪化、凶暴化した魔物がいると聞いてきたが、今、視認できるのはそんな状況ではない。

「三十層から先、すべてこういう状態なのか」

「というか凶悪化した魔物はどこに?この状態は何?」

 リンカは慌てて聞いている。

「下手に三十層の転移陣に飛ばない方が良いのかもしれないな。もしかすると、これより下がこの状態だとすると」

「三十層の転移陣は、すでにこの赤い液体の下ってこと?」

「たぶん。昨夜まではまだ魔物の異常で片付けられた状態だったってことだ。冒険者ギルドもここまで急速に事が進むとは思っていなかったんだろう。この層もいつまで持つかわからない。原因と言っても、深層に潜れないとすると探るのは難しいかもしれないな」

「ビスタ、この液体、持って帰るの?」

 センリが空の小瓶を取り出した。

「瓶はまだあるか?」

「うん、あるけど?」

 センリから小瓶を受け取り、俺は瓶の先端を持ったまま半分ほど赤い液体に慎重につけてみる。ゆっくりと湯気のようなものが発生し徐々に溶けてきているようだ。階段の上に置いてみると、赤い液体につけた部分がゆるりと形が崩れてきている。

「瓶でコレなら、巨大な魔物でも溶けていくのかもしれないな。この液体は今の装備では持ち帰れないと判断する。冒険者ギルドに報告してから、レンをつかまえて、北の女王に会いに行く」

 階段を上がって転移陣に向かう。
 その前には小さなゴーレムが待っていた。

「北の女王に」

 メモを渡そうとした俺に、連絡用ゴーレムが小さいメモを渡す。
 その文章を見た俺は、自分のメモを渡せなくなる。

 レン、助けてください。

 その字はいつもの綺麗な文字とは違い、殴り書きである。
 連絡用ゴーレムはぷるぷると震えているだけでそこから立ち去らない。
 いつも帰る場所がすでにないのかもしれない。
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