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8章 初夏の風が吹く

8-2 父子 ※ククー視点

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◆ククー視点◆

「と、時計塔の上まで行くとは思わなかった」

 息を切らしたノーレン前公爵は、手摺につかまって肩で息をしている。途中で休みながら来たが、貴族とはいえ街歩き大好き人間だから一般の人よりは体力がある方だが、さすがにきついようだ。

「体力ないですね、ノーレンさん」

「ぼ、冒険者の体力と比べないでくれ。私は隠居ジジイなんだから」

「聖都に来るなら、この時計塔の上からの絶景を見ないのは大損!必見とのことですよ。あ、注意書きで小さく、階段が相当きついので体力のある方限定と書いてありました」

 レンはガイドブックをそのまま読む。ページがバサバサとうるさい。下とは違ってここでは強風が吹いている。

「まあ、確かにこの景色は一度は見ておいた方がいいだろうな」

 息が整い始めたノーレン前公爵は、周囲を回り始めた。

「聖都を一望できますね」

 先程見た大教会の屋根も眼下に見える。
 遥か彼方に見える山脈も、雲からの切れ間からの光景が美しい。
 二人がどんなに目を凝らしても、アスア王国の都市までは見えない。レンは見ようと思えば見ることができる気もするが。

「おおっと、仕事も終わって、広場から呆れた顔でこっちを見ている。風も強いし、下に降りましょうか」

「ん?キミの言っていた案内人か。神聖国グルシアの者かな。私もまだ数日はこっちにいるから案内を頼みたいのだが」

 ノーレン前公爵は俺をガイドの人間だと思っているようだ。
 レンも笑顔だし、コレは押しつけられるなーーーー。まあ、いいけど。あ、俺、神官服のまま時計塔へ向かっている。通りすがりの人が全員礼をしていく。レンが何かしでかさないかと思って着替えるのも後回しにしてしまっていたからな。
 ノーレン前公爵は英雄ザット・ノーレンの養父である。英雄はすぐさま王城に連れて行かれたので、名前だけの親子関係のようだったが。
 二人が広場から仲良く談笑していたのを過去視すると、ノーレン前公爵はレンの正体を感づいている気がする。
 レンはアスア王国の人間は一切気づかないと考えていたはずなのに、良好な関係の者がいるのを忘れていたのだろうか。

 二人がようやく時計塔から降りてきた。

「ククー、そう怒るなよー。時計塔に来ただけじゃん」

「おやおやおや、そこにいるのは神聖国グルシアの元諜報員のストーカーくんじゃないか。私は二人の仲を認めないよー」

「人聞きの悪いっ。そして、本当に血の繋がりはないのにソックリだな」

 元諜報員と言っているクセにいきなりストーカー扱いかよ。

「はっはっはー、何を覗いたのやら。私たちが出会ったのはつい先刻だぞー。まあ、気の合う者同士になるのは、時間の長さではないからなー」

 そういうところがソックリだ。
 確かに公爵位をすでに実の息子に譲って、前公爵という一線を離れた存在にはなっていても、ノーレン前公爵の力はまだまだアスア王国に強く残る。英雄と言う言葉をまったく発しなかったのも、レンに確認をしないのもそういうことだろう。

「ククー、俺はシアリーの街に帰るから、明日から少し聖都の街をノーレンさんに案内してもらえないかなー」

「うわー、アンタのなかではもう決定事項なんだろう、ソレ」

「俺の大切な人に大切な人を案内してもらうのが一番安心だろ?」

「そうきたかー。わかった。少しならつきあう。ノーレンさんの都合のいい家探しの情報を回せってことだろ」

「さすが、ククー、わかってるー」

 その調子を見ていたノーレン前公爵は腕組みをやめた。

「どうやらキミらの関係は良好なようだ。冒険者のレンが神聖国グルシアの神官に有無を言わさず協力させられているのなら、連れて帰ろうかと思ったが、うん、やはり私もこの聖都で家探しをしなくては」

 ノーレン前公爵が何やら納得してしまったようだぞ。冒険者のレンって強調しなくても良いのに。

「ククール・アディくん、今後ともよろしく頼む」

 にこやかに微笑まれてしまった。しかも、自己紹介もしていないのに、俺のフルネームをしっかり掴んでいるんじゃねえか。コイツら、そっくりだよ。

「旦那さまっ、ようやく見つけましたっ」

 大きな声を上げて、若き執事姿の一人が駆け寄ってくる。

「旦那様、ご無事で何よりです」

 静かにもう一人、初老の執事姿がやって来る。後ろから豪華な馬車もやって来る。

「おや、もう見つかってしまったか。二人の出会いから根掘り葉掘り聞こうと思ったのだが、それは明日以降、ククーくんに聞こう」

「話すこともないのに、根掘り葉掘り聞かれてもなー」

 二人の出会いって、つい最近ですよ、ノーレン前公爵。。。アスア王国では直接会っていませんからね。ストーカーって言っている時点で知ってるか。
 初老の執事がレンを見ていたが、ノーレン前公爵に向き直る。

「旦那様、ご夕食にお約束がございます。そちらの方は反故にすると後々厄介なことになるかと」

「それもそうだな。では、明日からククーくん、よろしく頼む」

「こちらの方は同行されないので?」

「残念だが、レンはシアリーの街に帰ってしまうそうだ。我々も聖都で家を見つけて落ち着いたら、一度行ってみよう」

「それは残念ですね。では、そのように」

 この執事の言葉も含みがあるな。
 ノーレン公爵家の従業員たちも勘が鋭いのか。こっちの若いのはそうでもないが。。。この執事だけが別格か?
 旦那様と呼ばれたノーレン前公爵は若い執事に馬車に押し込まれようとしている。かなりの約束をすっぽかしてここにいるのだろう。

「ノーレンさん、ランチをご馳走いただき、ありがとうございました」

「レン、今後も冒険者として活躍を心から祈っているよ。けれど、無理はしないようにね」

 この二人は本当に似た者同士だ。
 表面上は他愛もない言葉に、お互い深い意味を入れ込んでいる。そして、お互いにその意味を理解している。
 レンは今まで言えていなかった感謝を、ノーレン前公爵は息子に対する愛情を。
 初老の執事が我々に一礼して乗り込むと、馬車は素早く去っていった。

 俺たちは教会の方へ歩いていく。

「レン、アンタはアスア王国の人間が自分の変わった姿を認識しないと言っていたが、アレはわかっていただろう。あの人の存在を忘れてたのか?」

 アスア王国にも一人ぐらいはいるだろ、さすがに。
 レンが俺を見る。

「ノーレンさんは勘が鋭いからね。けど、あの人はアスア王国の人間じゃないよ」

「は?ノーレン公爵家はアスア王国の生粋の貴族じゃないか」

「あの人は他国の王族だよ。第三王子だ。当時のノーレン公爵の一人娘に一目ぼれして、宗教国家を跨いで婿入りした。ノーレンさんは公爵家にとっては知識も教養も地位も金もある願ったり叶ったりの人物だったんだ。あの執事さんも元の国からついてきた人だよ」

「あー、だからか。鋭いと思った」

「うーん、過去視できるのに、宝の持ち腐れ」

「、、、ぐっ、言いたいことはわかるが、俺が生まれる前から公爵やってる人間の過去なんか、何かない限り追いかけないぞ」

「うんうん、ククーの言いたいこともわかるけど、アスア王国で生まれ育った人は英雄を英雄としてしか見ない」

 レンが言うその英雄という意味は含みがある。

「息子としても見ないというのか。アスア王国の教育の賜物か?土地に根差したものか?」

「さあねー。で、ヴィンセントと王子にお土産を買っていきたいんだけど」

「それなら、ついでに、アンタの家の候補を一つぐらい見ておけ。それを基準にするから」

「近いのか?」

「そこそこある。聖都のド真ん中が希望なら、大神官長から譲られた方が手っ取り早いぞ」

 聖都の一等地は大教会周辺である。この辺りは教会に行く人も大勢通るため、商売人にも人気があるので非常に高い。

「あー、あの人はもういいのー。この国のトップと繋がりを詮索されても面倒だからー」

「アンタは大神官長に渡した結界のための魔石の成果を見に、今日ここに来ていることを忘れるなよ」

「そりゃー、ククーに会いに来たー、なんて言ったらヴィンセントがキレちゃう」

 聖都とシアリーの街は離れている。
 それなのに、移動日程も考えずに、なぜレンが今日一日だけ聖都に来れるのか。

 堂々とダンジョンマスターがダンジョンに現れないワケがない、と言われてしまった。ミニミニダンジョンが転移の鍵となるらしい。万能のギフトの英雄のときにさえできなかったものが、できるようになるのって反則ではないか?英雄は仲間や護衛を置いていくというかなりの高速移動はしていたが転移はできなかった。

 ダンジョン内に家を造ったのに、聖都に家をって言っている時点で気づけば良かった。
 ダンジョンとミニミニダンジョンの間は今はレンのみが転移できるようだが、その地に拠点を作れば、ダンジョンとの行き来をレンが許可した者ができるらしい。本当に便利な能力だな。だから、俺に英雄との能力の違いをしっかりと教えておいてほしい。レンが主張したとおり能力は違うが、どちらも等しく規格外だから。




 ノーレン前公爵はあの初老の執事と馬車の中で会話する。

「旦那様、家探しのためとはいえ、神聖国グルシアの神官をあっさり信用したのですか」

「だって、レンが紹介してくれたから」

 レンは俺のことをノーレン前公爵に紹介らしい紹介はしていないぞ。

「それと、彼の左耳のピアスですか」

「そう、小さい塔の、可愛いものがぶら下がっていたじゃないか」

「そうでしたね」

「アスア王国の人間にとって、左耳のピアスかイヤリングは親愛の証の贈り物だ。アレはあの子が贈った物だろうから、彼は大丈夫だ」

「そうですか」

 ノーレン前公爵と初老の執事は穏やかに笑う。

 そういえば、レンの角ウサギたちも左耳に赤い飾りをつけている。
 従魔を示すものとして、ただ付けられていると思っていたが、アレはそういう意味があったのか。
 適当に左耳を引っ張られてピアスにつけられたわけじゃなかったのか。


 俺の頬がほんの少し緩んでしまったのは仕方ないことだ。
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