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6章 花が咲く頃

6-7 英雄

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「アンタ、酒は飲んでも飲まれるなって言葉知ってるか」

「知ってるぞ。それがどうした」

「昨晩の発言のこと覚えているか」

「しっかり覚えているが?」

「それがどうした、って顔しないでくれ。アンタの神経はどこまで図太いんだよ」

 昨晩のあの発言もククーのせいだとも思うのだが。俺のせいだけにする気か?

「嘘ではないし、正直な気持ちを言ったに過ぎないから、何も問題ない」

「問題ありまくりだろ」

「ククー、そんなにヴィンセントに弱みを握られるのがそんなに嫌か?この神聖国グルシアも宗教国家で他の国よりはマシだとはいえ上層部の蹴落とし合いに巻き込まれるのは嫌だと思うが、ヴィンセントの弱みを握っているお前では特に問題ないだろ」

「そういうことじゃない」

 ククーは深い深いため息を吐く。
 台所にて俺は朝食の準備をしている。その横のテーブルでククーは水を飲んでいる。

「おはよー、あ、ククーも早いねー」

 角ウサギを一匹連れて王子が台所に入ってきた。本日のお庭番以外の四匹は早々にそれぞれの仕事に戻っている。あの子たちも働きものなのだ。
 王子は早起きして朝食づくりを手伝ってくれるのが習慣になってきたようだ。この寒い時期は俺の方が朝寝坊してしまうときがあったぐらいだ。

「おはよう、王子」

「すごい空き瓶の量だね」

 空き瓶の入った箱が三箱ほど並んでいる。リサイクルできるから、ククーの荷馬車で持ち帰る。
 二人で飲んだとはいえ度数が強い酒ばかりだ。一晩でよく飲んだな。
 ククーも酒には強いタチで、二日酔いにもならずにごくごく普通に早起きしている。
 昨晩は酒が入ったため、二人とも口が軽くなったのは仕方ないことだと思う。

「レン、かなり酒の在庫が減ったんじゃないか?来月は多く持って来ようか、、、」

「普段は晩酌に小さいグラスで、一、二杯ほど飲む程度だから在庫は大丈夫だよ」

 ヴィンセントは酒を飲まないから、ダラダラと付き合わせるのも悪い。

「あ、いや、そうか。次にアンタと会うのはシアリーの街になるな」

「あ、大神官長の表敬訪問か」

 外でククーと会うことはないから新鮮だな。大神官長はククー以外にも他の神官たちや護衛たちと一緒になって大行列で来るんだろうから、街でククーと話すことはあるのだろうか?見かける程度の気がするが。

「ということは、ククーの神官姿が見れるのか。おっと、生で見るのははじめてだな」

「遠見も過去視も心眼も俺のギフトができる範囲のことは全部できたアンタにはじめて、と言われてもな」

「んー、でもな、お前は普段、全然神官服着てないだろ。諜報員の俺の担当時代、袖を通したことないだろ」

「必要なかったからな。ここ数年は聖都でたまーに着ているぞ」

「聖都の神官なのに、ここまで神官服を着ないのも珍しい。ああ、そういやお前は神官以外になりたかったものがあったんだっけ」

 ククーが自嘲気味にほんの少し笑う。

「アンタと同じだよ。アンタに英雄以外の道がなかったように、俺には神官以外の道はなかった」

「そう、俺になかったのは昔の話だ。今の俺には英雄以外の道がある。というか、ギフトがない以上、アスア王国の英雄には戻れないが。ククー、お前が神官以外の道を行きたいというのなら、俺は力を貸すぞ」

「、、、アンタがそう言うと道が開けそうだが、意外と俺も大神官たちに重宝がられているんだよ」

「けど、お前にとっては俺の安全なダンジョンは最も魅力的な場所だろう?」

「戦闘能力皆無ですいませんね」

「捻くれるな。お前自身も上級以上のダンジョンにお前が単独で入れる実力がないことは承知しているはずだ。そして、冗談で返そうとするな。願い事は願わなければ叶わない。研究の道で生きていける者などこの世界では数少ない」

 俺は真剣な目でククーを見る。
 ククーは俺から視線を外し少し俯いた。

「、、、ヴィンセントが羨ましかったよ。派手な魔術で何でも自由自在なのを見て。俺にはこのギフトしか他人に自慢できるものがなかった」

「神に愛されたギフトなんだから、そうなるだろう。まあ、それも俺に凌駕されたけどな」

「ああ、上には上がいるってわかったよ。けど、俺も攻撃魔法を使って、魔物たちを討伐したかったよ。英雄は俺の憧れた姿だ。無理とはわかっていたが、あんな風に俺もなりたかった」

「それがお前のギフトの制約だからな。強いギフトには必ず制約がある」

「アンタのギフトには制約がないだろ。反則だ」

「俺だってあのギフトを育てるのに苦労した。何もなく得られた能力ではない。お前が俺の姿に憧れたとは言っても、冒険者としての姿だろう。お前は魔石による魔法の可能性を探りたかった。が、研究には魔石が必要。強い冒険者にでもならなければ多くの魔石は手に入らない。お前にとっては堂々巡りだったか。それでも、お前は今でも手に入る小さな魔石でこそこそとやっているのだろう」

「あー、ミニミニダンジョンでバレているのか」

「冒険者でありながら、研究者。探究者というべきか?どちらが主の目的なのか俺には区別はつかないが、区別をつける必要もない。英雄時代、お前らが裏で動いてくれて助けられたことは一度や二度ではない。その恩もいつか返そうと思っていた。こういう形で返すとは思いもしなかったが、お前がやりたいことなら俺はいつでも協力する」

 ククーは頭を掻いた。

「お前のために魔石を量産することも可能だからな」

「うっ、自重しろ。魔物も倒してないし、北のダンジョンの鉱物エリアにも頻繁に行っていないアンタが山ほど魔石を持っていたら、薬草納品よりも怪しく思われるぞ」

「お前のために、って言っただろ。俺のダンジョンで採れた魔石を冒険者ギルドに納品なんかできるか」

 大量に市場に流すと値崩れが起きるからね。
 それに、俺のダンジョンで採れる魔石は、魔物から採れる物や、ダンジョンの内部の鉱山で採取される物とは少々違い、魔力が高密度で濃縮されているようだ。小さくとも純度が高いと言えば良いか。質が高い。
 だから、大神官長に渡す魔石は小さいもので大丈夫なのである。
 一年とは言え、この国の全土を覆う結界を維持できるほどの魔力が内包されているのだから、それですら市場に出てしまえば高額になる。アホな鑑定士が見てしまうと、大きさしか見ない輩がたまにいるが。

「杖や剣に魔石を組み込んで、強力な魔術や魔法を使う技術は今でもあるが、それは使う本人の魔力を増幅させる方向だ。もしも、その魔術や魔法を使えない者でも使えるようになれば、技術は大幅に躍進する」

「ああ、それは様々な国で研究されているが、攻撃の強化を考えているのは主に軍事国家だ。平和利用のためではない。他国を蹂躙するという形で元がとれるからな」

「俺も魔物相手に攻撃魔法を使ってみたいと思っていたんだけど?」

「ククー、俺のミニミニダンジョンを身につけている限り、お前の防御はこの大陸随一だ。攻撃魔法を使いたいというのなら止めないが、もうお前には必要ないと思うぞ」

 ククーがミニミニダンジョンの実力をわかっていないようなのでとりあえず言っておく。
 小さい塔がククーのピアスにぶら下がって揺れている。

「俺にはミニミニダンジョンをくれたのに、ヴィンセントと王子にはやらないのか?そばにいると言っても二人が別行動したら難しい話じゃないか?」

「長期間、二人がそれぞれ違う国に行くというのでないなら、そこまでの支障はない。俺自身がダンジョンだから何ら問題はない。そもそもククーは俺が英雄だという認識が強すぎるから、そのミニミニダンジョンを渡さないと繋がらないんだ」

「アンタのことを英雄だと思っていたら悪いのか?」

「ヴィンセントも王子も俺のことをダンジョンマスターであることを認めている。そこが大きな違いだ」

 ククーは腑に落ちない表情をしている。だが、仕方ない。ククーは英雄時代の俺を見続けてしまったから、今はダンジョンマスターだよ、ダンジョンの管理者なんだよーと言っても、言葉では理解しているが、彼の中では俺は英雄のままなのだ。英雄の能力でも同じようなことができると思っている。
 ダンジョンマスターと英雄の能力は違う。
 確かに英雄時代でも一時的な結界は張れた。だが、残念なことに籠城向きな結界かと言われると完全に一時的なものだ。せいぜい数日から持っても一週間ほどである。
 今の俺の能力だと基本的に俺が生きている限り、そのククーの結界も、俺のダンジョンの結界も鉄壁の守りを誇る。魔石等を活用すれば、半永久的に持つかもしれない。

「あれ?ということは、ククーはまだ俺のこと英雄だと思ってくれているんだ」

「悪いか」

 ククーがほんの少し赤くなって、横を向いた。
 確かに、俺のことたまに英雄やらクソ英雄やら呼んでいたけど。
 もう俺には英雄のギフトはないのに。
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