すべてを奪われた英雄は、

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2章 愛をたぐる者

2-9 街へと消える ※ククー視点

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◆ククー視点◆

 行商人役をやる時期が近付いた。
 いつもは面倒だと思っているが、今月ばかりは今か今かと待ちわびている自分がいることに気づく。
 隣国アスア王国の英雄ザット・ノーレン。
 彼に会いたいと思っているのを、もはや否定しない。

 ついつい自分のギフト『遠見』でレンを見ている。
 俺のあの家の監視は、王子とヴィンセントだけである。レンを含めるようには上からはまだ言われていない。

 この国で保護されるのならば、ザット・ノーレンは崇め奉られる存在だから監視など必要ないと思っているのかもしれない。彼を監視するなどおこがましいとさえ思っているのかもしれない。
 神聖国グルシアの上層部は聖職者なのに腐っているが、他の宗教国家に比べてまだマシな方だ。信仰心が篤いという意味では、レンにとってはアスア王国の英雄とどっちがマシなのだろうと考えてしまうくらいではある。
 ザット・ノーレンがもし『蒼天の館』というギフトを持って神聖国グルシアに生まれていたのならば、間違いなく神に対するのと同レベルの扱いを受けていた。神を意味する単語が入ったギフトを持った者たちは教会で大切にされる。ただ、神聖国グルシアには数世代に渡ってそういう者が存在していない。

 というか、現在この世界で、神を意味する単語が入ったギフトを持った者はザット・ノーレンしかいない。
 それだけザット・ノーレンはこの世界にとっても重要な人間だ。
 神聖国グルシアどころか世界各国が渇望してやまない人間である。

 たとえ、彼がギフトを失ったとしても、彼は絶対なる神からそのギフトを授けられた人間だ。
 各国によってギフトがなくなった彼に対する考え方は異なるだろうが、ザット・ノーレンを失ったことに対する失望は大きい。

 すでに各国から有数の暗殺者がアスア王国に集結している。
 アスア王国の英雄からギフトを奪った者に死を。
 アスア王国の英雄を死に至らしめたものに死を、と。

 つまり、ザット・ノーレンからギフトを譲られたとされる彼の仲間の一人は、護衛なしにはアスア王国の王城の外には出られなくなった。
 けれど、現在は各国の足並みはそろっていない。
 本当にザット・ノーレンからギフトを譲られたのなら、その者はそのギフトを多少なりとも扱えるはずなのだから。表に出ない今、それがまったくわからない。
 一切扱えないと判明した時点で、恐ろしいほど各国の足並みは揃ってしまうのだが。
 だからこそ、アスア王国の国王も彼を王城の外に出さないのだろう。

 誰もあのザット・ノーレンがダンジョンのラスボスにやられたなんて思っていない。




 話せるとは思っていなかった。
 触れられるとは思っていなかった。
 そばに居られる人物とさえ思っていなかったのだ。

 本気でヴィンセントをずるいと思った。
 何でザット・ノーレンが白い髪で赤い目にならなければならなかった。
 ヴィンセントが願望が抑えきれず、呪いでもかけたのではないかとさえ疑った。
 その姿でなければ。
 俺が攫っていくのに。
 ヴィンセントの想いもわかるから、何とか踏みとどまれる。
 他の姿で、ヴィンセントが興味も何も持っていなければ、と何度も思った。
 白い髪、赤い目の未婚者もこの世に一人だが、ザット・ノーレンもこの世にたった一人だ。

 なぜ、レンを助ける人間が俺ではなかったのか。
 諜報員を続けていれば、彼の助けになれたのに。彼の元へ飛んでいけたのに。




 行商人役用の馬車の荷物にカイマが隠れていた。
 出発前に気づいていたが、知らない素振りをした。
 帰ったら、教会から秘匿業務への介入と職務放棄で重い罰を受けるのはカイマ一人である。
 引き返すには難しい休憩地で見つけて、上には既に報告済みである。

 カイマというのは顔は可愛いが、性格が悪い。ヴィンセント命過ぎて、ヴィンセント以外はどうでも良い。昔からヴィンセントの幼馴染みである俺にもかなり攻撃を仕掛けてきた。けれど、体格で劣るカイマは俺をどうこうできるわけもなく、口でも勝てるわけもなく今に至る。
 カイマへの対応方法は基本放置である。ヴィンセントも基本放置している。
 けれど、レンに対してはヴィンセントの対応は悪手であったと思う。

 レンは『蒼天の館』という己の主軸となるべきギフトを失い、精神的に不安定だ。
 彼は英雄時代で見られなかった、感情が表情に出るようになった。
 いや、英雄のときでも、ちょいちょい目が語っていたが。
 
 ヴィンセントと王子といるレンは本当に幸せそうだ。

 けれど、ヴィンセントといるレンはほんの少し辛そうだ。
 ヴィンセントは言葉が足りていない。
 もはやレンにはバレバレなのだから、真実を話したっていいはずだ。
 仲間に殺されかけ、ギフトを奪われ、人間不信になっていたっておかしくないのに。


 カイマが入ることによって、ヴィンセントとの仲が壊れれば良いのにと思ったのは事実だ。
 一人で泣かせたいと思ったわけではない。
 連れて来なければ良かったと思ってももう遅い。
 俺にはレンを慰める資格なんかない。




 夕食の時間になった。
 俺は王子に新しい絵本を読んでいた。
 王子は俺が来ると嬉しそうな表情で出迎えていたが、レンがこの家に来てからも変わらずに笑顔で俺のそばに来る。

「え?」

 レンの気配が台所からいきなり消えた。
 慌てて王子の部屋から出て、台所へ駆け込む。
 数秒遅れてヴィンセントもやって来る。

「ククーっ、レンはっ」

 ヴィンセントは俺を押し退け台所に入ったところで、この台所にレンが隠れる場所があろうはずもない。
 台所に連なる食堂のテーブルには四人分の食事が並ぶ。
 そこにメモが置かれていた。

 四人で召し上がってください。

 そこにはレンが含まれていない。
 先程まであった台所にいた気配は、レンのお得意の偽装だ。
 その証拠に並んだ料理は冷めかけている。

 カイマがゆっくりと食堂に現れ、俺が持っているメモを見る。

「あー、気が利くじゃん。あんな不気味な白い髪見ながらの食事なん、てっ」

 ヴィンセントの手がカイマの首を押さえて、壁に打ち付けた。
 目が尋常じゃない。
 ヴィンセントにとって、白い髪は不気味などではない。愛すべき象徴だ。カイマは神官学校に入る前のヴィンセントの初恋なんて知ったことじゃない。誰もそんなことをカイマに伝えない。

「カイマ、二度とその口を開くな。次に話したら、この家から追い出すからな」

 その目の本気度が伝わったのか、何かを言おうとしたカイマもただ頷いただけだった。
 カイマはヴィンセントからそんな目を向けられたことがなかったのだろう。
 多少咳き込んで黙った。

 遅れて、王子が食堂に入ってきた。
 身長差があるので急いできても遅れるのは仕方がない。

「ククー、どうしたの?」

 俺は王子に向けて笑顔を作って、赤茶色の柔らかい髪を撫でる。

「レンが街に買い物に出ちゃったから、夕食は四人で食べような」

「街に?でも、」

 王子は窓を見た。
 チラチラと雪が舞っている。寒いと思ったら、とうとう降り出した。
 俺は食堂から出ようとしたヴィンセントの腕をつかんだ。

「ヴィンセント、お前の職務を忘れるな。お前は許可なく街に出ることは許されていない」

「でも、レンが」

「レンは子供じゃない。雪で帰って来れないようなら、街の宿にでも泊まるだろう」

「何でお前がレンの居場所を」

「大丈夫だ。レンは街に向かっている」

 レンの姿は完全に消えている。ヴィンセントの魔術では引っ掛からないだろう。
 が、長年ザット・ノーレンを追いかけまわした俺だ。彼のクセもわかる。
 それでも、街へ向かったとわかったのは、ほんの少しの綻びを彼が残していたせいだ。コレはわざと、俺たちに心配かけまいと残した綻びだ。
 俺が見つけると思って。


 俺たちは沈黙のまま冷めた夕食を食べた。


 夕食後、王子と二人で食器の後片づけをする。
 ふと見ると、レンは明日の朝食の準備までしている。四人分。
 朝までに帰ってくる気がなかったのだろう。それとも、ここに帰ってくる気がないのだろうか。カイマは明日には俺と聖都に帰るのに。

「レンはいつ帰ってくるかな?」

 食器を拭きながら、王子が俺に問う。

「さあ、いつかな。本当ならレンはこの家にいなくても大丈夫な人間だからな」

「レンは元気になったからねー。僕も元気になれるといいなー」

 俺は王子に微かに頷くと、酒の瓶二本が置かれているのに気づいた。カイマに開けられてしまった二本だ。
 レンが酒をしまっていた戸棚を開けると、手をつけていない酒を見つける。前回の分もレンはまだ一本も飲んでいなかったようだ。

「どれも減ってないな。酒が気に入らなかったかな?」

「違うよー、レンはこの酒を見てニマニマしていたよ。僕もククーからお菓子もらったらニマニマして食べちゃうけど、レンは見てるだけで飲まないから聞いたんだよ」

 隣に王子も座り込んで一緒に戸棚を見ている。

「何を?」

「これはククーが自分のために選んでくれた宝物だからって。大切にしたいんだって」

 本当にアンタは。俺が今、泣いていないのが不思議なくらいだった。

「王子、元気になりたいのなら、レンを味方にしろ。王子のことを何とかできるのは俺たちじゃなくて、レンの方だ。これだけはしっかり覚えておけ」

 王子はキョトンとした目をしていたが、笑顔になった。

「うん、レンには僕の人生をすべて捧げたからね。でも、ほんのちょっとだけ僕の人生ククーにも分けてあげるように頼んでみるね」

「ああ、ありがとな」

 俺は声を絞り出して王子に答えた。
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