16年目のKiss

深冬 芽以

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9.幸せのカタチ、一緒ならきっと

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「お母さん、匡は?」

「え!?」

「匡は今日、来ないの?」

 ダジャレかと思ったが、湊は真剣そのもの。

「来ないと思うけど?」

「……ふーん」

 実家に帰って二か月。

 私は匡との付き合いを両親や子供たちに隠すことはせず、子供の反応を見て一緒に過ごすようにもしていた。

 梨々花は新しい中学校で吹奏楽部に所属し、念願のフルートを吹いている。仲のいい友達もできて、毎日楽しそうだ。

 引っ込み思案の湊は新しい暮らしに慣れるのに少し時間がかかったが、実家の三軒隣に同じクラスの男の子がいて仲良くなれた。

 ある地域では残暑が厳しかったり、台風による警報が出ているらしいが、札幌の九月は暑さも和らぎ過ごしやすい。

 食べ放題だった庭のミニトマトが終わり、湊が口を尖らせていた。

 蝉の声が聞こえなくなり、トンボが行き交うシルバーウイーク。

「匡に用事?」

「……ううん」

 茹で上がったとうもろこしを半分に折ってやると、湊が手の上でポンポン弾ませながら持って行った。

「匡ちゃんとサッカーがしたいんだって」

 お母さんがキッチンにやって来て、残っている半分のとうもろこしを咥えた。

「相変わらず塩が効いてない」

「だからお母さんが茹でてって言ったのに」

「とうきび自体が甘いからいいよ」

 もう一本を半分に折り、私も咥えた。

 いつもながら、私は塩が効かない。

「で、サッカーって?」

てつくんが休みの日にお父さんとサッカーしてるの、羨ましいみたい」

 哲くんは三軒隣の子で、お姉ちゃんと妹がいる。休みの日はお父さんと遊んだり出かけることが多いそうだ。

「約束してたの?」

「ううん。前に匡ちゃんが元サッカー部だって聞いたから、一緒にできるかもって思ったみたい」

「そっか……」

 東京ではない光景だったが、札幌は道幅も広いし車通りが少ない住宅地では子供が家の前でキャッチボールをしたりサッカーをしたりするのはよく見かける。

 休日は校庭で遊ぶのも許されているし、住宅地にある公園も東京より広い。

 東京の友達とは違って、毎日習い事や塾に追われている子供は少ないから、湊は学校が終わるとよく哲くんと遊んでいる。

 スニーカーを真っ白に汚すほど遊ぶだなんて、東京にいた頃では考えられない。

 あの日以来、喘息の発作もない。

 毎日の薬は飲んでいるが、以前ほど神経質に掃除洗濯しなくても、思いっきり走り回っても、大丈夫なようだ。

 梨々花はコンクールが近いからと、毎日午前中は学校に行き、午後は友達の家で練習している。

 だから、シルバーウイーク中は、湊ひとり。

「お母さんとキャッチボールでもしようか。あ、サッカーの方がいい?」

 とうもろこしを食べ終えてごみを捨てに来た湊に言ってみた。

 思いもしなかったようで、きょとんとして、少し考えて、首を振った。

「いいよ。ボールないし」

「あ、そっか。買いに行く?」

「ううん。いい」と呟き、湊は階段を駆け上がっていく。

 せっかく湊がやりたいと思った子供らしい遊びなのに、相手になれる父親がいないなんて。



 まぁ、紀之がキャッチボールやサッカーの相手になれるとは思わないけど。




「千恵! このボールならあるよ」

 お母さんが手にしていたのは、湊が赤ちゃんの時に買ったアンパ〇マンの柔らかいボール。

「これでサッカーは無理じゃないかなぁ」

 そう言いながら、受け取ったボールをふにふにと握る。

「家の中ならいっか」

 そもそも、いきなり外で思いっきり投げられても蹴られても、私が受け取れない。

「湊ー!」

 私が今できることで向き合おう。

 弾まないボールを握りしめて、息子の元へと足を弾ませた。

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