16年目のKiss

深冬 芽以

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4.忘れたい、消えない過去

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「振っちゃったの?」

「保留……ってことになった」

「保留?」

「口説く時間をくれって」

「やだ、カッコいいじゃん」

 私は自分の手を頬に当て、大袈裟に言う。

「茶化さないでよ。私もそう思っちゃったんだから」

「青春時代に好きだった女の髪に触れながら、近藤は何を考えてたんだろうねぇ」

 他人事ながら、甘酸っぱい恋心に頬が緩む。

「ヤりたかったって」

「はぁ?」

「私の髪触りながら、めっちゃ妄想してたって! 言う? 普通。私のトキメキを返せって感じじゃない? 余韻も何もあったもんじゃない!」

「トキメいたんだ」

 ピザとパスタが運ばれてきて、私はカルーア、槇ちゃんはジントニックを注文する。

 ピザにはちみつをたっぷりかけて、それぞれ頬張る。

「んーーーっ! 美味し」

 はちみつの甘さとチーズのしょっぱさが絶妙で、たまらない。

 離婚前は、外食する時は子供たちの食べたいものに合わせていたから、こうしてお酒を飲むことはもちろん、蟹クリームパスタもクワトロフォルマッジもガーリックステーキも滅多に食べなかった。

 ママ友とのランチで、たまにホテルブッフェに付き合わされたが、気を遣うことに疲れ、味なんて憶えていない。



 もう、ママ友のご機嫌を窺いながら、ママ友たちと同じものを頼む必要もないんだ。



 独りになってからずっと、こうして独りの良さを見つけては自分に言い聞かせている。

 そうしていないと、子供たちのことを恋しく思ってしまうから。



 トキメキ……か。

 トキメいたって認めてる時点で、近藤脈ありなんじゃない?



 案外、遠くないうちに槇ちゃんは堕ちそうだ。



 ん……?

 槇ちゃん、今――。



「余韻て、何の?」

 ゴフッと、槇ちゃんがパスタにむせる。

 何となく気になった言葉だが、彼女の反応からすると、トキメキのようなロマンティックな意味合いではなさそうだ。

 私は頬杖をつき、大袈裟にため息をついた。

「寝た後にトキメキも何もないじゃん」

「誰もそんなこと――っ」

「酔ってヤッて正気に戻って告白って、順番めちゃくちゃじゃん」

 やれやれと手振りで表現する。

「千恵こそっ! 柳澤とどこに消えたのよ? 普通に元サヤじゃん」

 元サヤに普通も普通じゃないもあるのだろうかと思ったが、今はどうでもいいことだ。

「違うし」と、否定する。

「けど、寝たんでしょ?」

「……睡眠は大事よ」

「なに初心うぶぶってんのよ」

「失礼ね」

 本当に初心な女は、こんな話をしながらガーリックステーキなど食べないだろう。

 店内の客の出入りが忙しくなる。

 隣にいた若いカップルが、いつの間にかサラリーマン三人に変わっている。

 同年代だろう。

 営業がどうとか企画がどうとかと話している。

 一番年長に見える男性のスマホが鳴り、その場で耳に当てる。

「もしもし? ――うん、そう、何も食べられないらしくて。うん。は? ポテト? そんな脂っこいもん? ――へぇ。わかった」

 何も食べられない、ポテト、でわかった。

 妊娠中の女性のことだ。

 私が隣を横目で見ていると、槇ちゃんもまたそうした。
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