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4.忘れたい、消えない過去
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しおりを挟む「振っちゃったの?」
「保留……ってことになった」
「保留?」
「口説く時間をくれって」
「やだ、カッコいいじゃん」
私は自分の手を頬に当て、大袈裟に言う。
「茶化さないでよ。私もそう思っちゃったんだから」
「青春時代に好きだった女の髪に触れながら、近藤は何を考えてたんだろうねぇ」
他人事ながら、甘酸っぱい恋心に頬が緩む。
「ヤりたかったって」
「はぁ?」
「私の髪触りながら、めっちゃ妄想してたって! 言う? 普通。私のトキメキを返せって感じじゃない? 余韻も何もあったもんじゃない!」
「トキメいたんだ」
ピザとパスタが運ばれてきて、私はカルーア、槇ちゃんはジントニックを注文する。
ピザにはちみつをたっぷりかけて、それぞれ頬張る。
「んーーーっ! 美味し」
はちみつの甘さとチーズのしょっぱさが絶妙で、たまらない。
離婚前は、外食する時は子供たちの食べたいものに合わせていたから、こうしてお酒を飲むことはもちろん、蟹クリームパスタもクワトロフォルマッジもガーリックステーキも滅多に食べなかった。
ママ友とのランチで、たまにホテルブッフェに付き合わされたが、気を遣うことに疲れ、味なんて憶えていない。
もう、ママ友のご機嫌を窺いながら、ママ友たちと同じものを頼む必要もないんだ。
独りになってからずっと、こうして独りの良さを見つけては自分に言い聞かせている。
そうしていないと、子供たちのことを恋しく思ってしまうから。
トキメキ……か。
トキメいたって認めてる時点で、近藤脈ありなんじゃない?
案外、遠くないうちに槇ちゃんは堕ちそうだ。
ん……?
槇ちゃん、今――。
「余韻て、何の?」
ゴフッと、槇ちゃんがパスタにむせる。
何となく気になった言葉だが、彼女の反応からすると、トキメキのようなロマンティックな意味合いではなさそうだ。
私は頬杖をつき、大袈裟にため息をついた。
「寝た後にトキメキも何もないじゃん」
「誰もそんなこと――っ」
「酔ってヤッて正気に戻って告白って、順番めちゃくちゃじゃん」
やれやれと手振りで表現する。
「千恵こそっ! 柳澤とどこに消えたのよ? 普通に元サヤじゃん」
元サヤに普通も普通じゃないもあるのだろうかと思ったが、今はどうでもいいことだ。
「違うし」と、否定する。
「けど、寝たんでしょ?」
「……睡眠は大事よ」
「なに初心ぶってんのよ」
「失礼ね」
本当に初心な女は、こんな話をしながらガーリックステーキなど食べないだろう。
店内の客の出入りが忙しくなる。
隣にいた若いカップルが、いつの間にかサラリーマン三人に変わっている。
同年代だろう。
営業がどうとか企画がどうとかと話している。
一番年長に見える男性のスマホが鳴り、その場で耳に当てる。
「もしもし? ――うん、そう、何も食べられないらしくて。うん。は? ポテト? そんな脂っこいもん? ――へぇ。わかった」
何も食べられない、ポテト、でわかった。
妊娠中の女性のことだ。
私が隣を横目で見ていると、槇ちゃんもまたそうした。
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