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4.大人の事情

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 ダメだな、私……。



 早く自立して、このマンションも出て行かなければと思うのに。



 自立か……。



 室長を見た時の力登の嬉しそうな表情を思い出すと、胸が痛い。



 力登に我慢をさせて、室長に助けられて、なにが自立よ……。



 もっとちゃんとできると思っていた。

 でも、なにもできていない。

「う……」

 情けない。

 ちゃんとできない自分も、めそめそしてる自分も。

 コンコン

 ノックの音に、慌てて寝返りを打ってドアに背を向ける。

 カチャと静かにドアノブが下げられ、力登の声が聞こえないところをみると室長ひとりなのだとわかった。

 泣いてるなんて知られたくない。

 私は声をひそめた。

 でも、涙が小鼻を伝って鼻の中に侵入したから、ムズムズして仕方がない。

 鼻をつまんでくしゃみを耐えていたら、身体に変な力が入る。

 うまく呼吸ができなくて、苦しい。

 早く出て行ってほしい、と思った時、頬にひやりとした感触があって、ハッとした。

 汗で頬にはり付いた髪を指先で払ってくれているのがわかる。



 なんで、こんな――。



 一瞬、呼吸を忘れ、次の瞬間には我慢しきれなくて盛大なくしゃみが出た。

「へっくしゅ!」

 関節が痛い。

 そのくらい、遠慮なしのくしゃみ。

「へっぶ!」

 我慢しようと鼻を押さえたら、変な声が出た。

 どうしようもなくなって、素直に鼻水をすする。

 すると、また鼻の奥がムズムズする。

「おい。鼻をすするな。かめ」

 いつも私が力登に言っていることを言われてしまい、恥ずかしくなる。

 頬にサラッとくすぐったい感触。

 私は正体を見ようと首を回した。

 ティッシュが数枚、差し出されている。

 受け取り、起き上がって、はなをかむ。

 びーーーっと激しい音が響く。

「力、入れすぎだろ」

 くくくっと笑われて、恥ずかしさから鼻からティッシュを離せない。

「ほら、りんご」

 目の前に、透明なガラスのデザートボウルに入ったりんご。

 皮が剥いてあって、ひと口大。

 私はティッシュで鼻を拭いて、ボウルを受け取った。

 ひんやりしていて気持ちいい。

「食べさせてやろうか」

 彼がフォークをつまむ。

 りんごにフォークの先端が突き刺さり、ボウルから浮き上がる。

「ほら、あーん」

「じっ自分で――」

「――病人の特権だ」

「いりませんっ」

 ムキになって言ったら、それだけで息切れする。

「じゃあ、口移しで?」

「からかわないで!」

 はぁと肩で息を吐く。

 疲れる。

 今は、室長と言い合うのも体力の消費が激しい。

「ムキになるな、熱が上がる」

「室長が……悪いんじゃ……」

「あんなキスしたのに、口移しくらいでムキになるなよ」

「あれはっ、室長が――」

 口の中にりんごが突っ込まれ、私は言葉ごとかみ砕く。

 瑞々しくて、美味しい。

「食べたら、飲めよ」

 ベッドの頭側の横に置いてあるローチェストの上に、ペットボトルのミネラルウォーターと市販の解熱剤、それから銀色の小さな袋が置かれた。

「それは俺が常備している漢方薬。風邪によく効く」

「……ありがとうございます」

 ムカつくほど気が利く。

 漢方薬を常備し、タイミングよく力登が好きなりんごまで持って登場するなんて。



 ……りんご?



「あの、このりんごって……」

「ああ。まぁ、見舞いだ」

「……なにからなにまですみません」

「いや……」

 室長が手で口元を押さえ、ふいっと視線を逸らした。



 照れてる……?



 室長が部屋を出て行き、私はりんごを食べた。

 薬を飲み、横になる。

 すぐに眠気に襲われた。



 あ、室長は会社に戻るのに……。



 そう思った時には、脳がスリープモードに入っていた。

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