偽装溺愛 ~社長秘書の誤算~

深冬 芽以

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2.偽装契約

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「それは――」

「――しっちょも~っ!」

 エレベーターが止まり、扉が開く。

「力登」

 如月さんが力登を抱き上げようと脇に手を差し込む。が、身を捩って抵抗される。

「力登! とりあえず、下りよう」

「い~やぁ~っ! しっちょ~!」

「力登!」

「やぁぁぁっ!」

 母子の攻防はまさにカオス。

 俺はエレベーターから轟く悲鳴のような泣き声と、その声量に負けじと息子の名を叫ぶ声に、住人が通報するのを防ぐべく、力登をパンの袋ごと抱き上げた。

「わかったから、もう泣くな」

 ひっくひっくとしゃくりあげながら、力登は俺の首に両手を巻き付けた。

 もう、パンの原形はないだろう。

「室長」

「玄関まで送らせてください」

「すみません」

 如月さんが先を歩いて、玄関のドアを開ける。

 少し苦しいほど強く首にしがみつく子供を押し剥がすのは気が引けた。

「男の人と関わることがないので、興奮してるんだと思います」

 如月さんが肩を落として、力登の背中を撫でる。

 父親は? と思ったが、聞かなかった。

 彼女がパートタイマー勤務の理由は、家庭の事情。

 それが、ひとり親で子供が小さいから、という理由なら納得だ。

 だが、なぜそれを黙っているのかは、わからない。

「力登、おいで。ママとパン、食べよう?」

「……」

 無言だが、俺の首から手を離さない。

「りき。室長は忙しいの」

「や……」

 か弱い声と、少しだけ力がこもる腕。

 子供は面倒だ。

 我がままで話が通じないし、大したこともできないくせにできると思っている。

 こっちの都合はお構いなしに、はしゃぐし泣くし眠るし。

 突き放したいのに、屈託のない笑顔を向けられたり、涙目で見つめられたりしたら、何も言えなくなる。

 女の笑顔と涙なら対処できるのに、子供には通用しない。

 ずるい。

 なによりずるいのは、ずるいとわかっているのに憎めないことだ。



 ……ったく。



「よかったら、少し遊び相手をしましょうか」

「え?」

 如月さんが聞き返す。

「さすがに、この状態で帰るのは心苦しいですし」

「でも……」

「しっちょーと遊ぶ」

 力登が顔を上げる。

 俺の首は力登の涙と涎でベトベトだ。

「俺ん家、来るか?」

「さすがにそれは申し訳ないので、室長さえよければうちでお好み焼きを食べていかれませんか? 私、作るので」

 気は進まないが、これ以上玄関ドアの前であーでもないと言うより、早く力登を満足させて解放されたい。

 どうしてこうなったかと言えば、全ては只野姫のせいだ。

 俺は力登の頭をぽんぽんと撫で、彼女の部屋に足を踏み入れた。

 玄関に男物の靴がないことを確認し、力登を下ろす。

 如月さんが力登の靴を脱がせた。

 タオルを借りて首を拭くと、力登も真似して顔を洗った。

「しっちょー、パパン!」

「今食べたら、お好み焼きが食べられなくなるぞ?」

「だじょ!」

「半分だけな?」

「おっけー」

 通されたリビングでソファに座り、力登を膝にのせてパンの袋を開ける。

 案の定、パンは潰れていた。

「子供に慣れてるんですね」

 如月さんが、俺用にグラスに入ったお茶と、力登用のストロー付きマグをテーブルに置いた。

「年の離れた弟の世話をしたことがあるので」

「そうですか」
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