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番外編*甘いお仕置き
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しおりを挟む俺たちは、一緒に風呂に入ったことがない。
梓が恥ずかしがって、だ。
だから、彼女の問いに、大きく頷きそうになった。が、堪えた。
「いや、軽く食べてからの方がいいな」
「さっき、食べたよ?」
「あんなんじゃ足りないだろ」
「そんなに大食いじゃないモン」
むぅっと唇を尖らせた妻の可愛さに口元がだらしなく緩み、手で隠す。
コホンと咳払いをして、口を覆っていた手でネクタイの結び目を緩めた。
「あっ、待って」
梓の細い指が俺の手に触れる。
「私がやりたい」
梓が俺のネクタイを解いていく。
薄い布は彼女の肌を微かに透かし、下着をつけていないのがわかる。
俺は脳内で自分に言い聞かせた。
落ち着け。
話し合いが先だ。
「ね、皇丞」
「ん?」
「倉木社長にも、こうして解いてもらったりした?」
「……は?」
引き抜かれたネクタイが、床に放られる。
梓は次に、シャツのボタンに手をかけた。
「私の初恋の人はね――」
話が変わり、返事をし損ねた。
「――私のこと『あーちゃん』って呼んでくれたの」
「……」
潤んだ瞳で俺を見上げ、妻が俺じゃない男の話を続けた。
「私、彼に抱きしめられるのが好きでね?」
間違いない。
梓は怒っている。
「毎日彼に会うのが本当に楽しみだった」
学生の頃のことだろうか。
中学生? 高校生?
「梓」
「もうっ。うまく取れない」
そう言うと、梓は俺の腕を掴んで歩き出した。
隣の部屋まで行くと、ベッドに座れと言う。
座ると、梓が跨ってきた。
「おいっ。まず、話を――」
「――じっとしてて!」
梓が再び、俺のシャツに手をかける。
わざとかと思うほど、ボタンが外れない。
真っ直ぐ歩いてはいたが、やはりしっかり酔っているようだ。
梓の顔が俺の顔のすぐ目の前にあり、ちょっと目線を下げたら浴衣の合わせ目が見えた。
そしてまた、自分を戒める。
話し合い、話し合い……。
「梓、倉木社長のことは本当に――」
「――なんて呼んでたの?」
「は?」
「社長のこと。名前、可愛い名前よね。美花って呼んでた?」
「梓」
「教えてよ。私も教えたでしょ? 初恋の人は『あーちゃん』って呼んでくれてたって」
「梓」
「あーちゃん!」
これは、俺もそう呼べと言うことだろうか。
「あーちゃん」
梓がにこりと微笑む。
初恋の男と同じ呼び方をさせるのは、俺への罰か。
「彼ね? いつも私のこと可愛いって言ってくれたの。頭を撫でてくれてね?」
想像したくないのに、どうしたってしてしまう。
顔もわからない男が、梓に触れる想像。
体内がマグマのように熱くなる。
梓の思うつぼだ。
「梓、今日のことは――」
「――歯が抜けた時なんかね?『泣かないで偉いね』『大人の仲間入りだよ』って言ってくれたの」
「だから――っ! ……は?」
歯……!?
「もうっ! はずれない! もういいっ!」
梓が下りて、俺の足の間に跪いた。
そして、今度はベルトに手をかける。
「梓! 何して――」
「――あーちゃん!」
「あーちゃんって呼んでたのは誰だよ!?」
「ケンちゃん先生」
「だから、誰!?」
「幼稚園の園長先生」
「……」
それで、歯、ね。
「くまさんみたいに大きくて、お腹の中に赤ちゃんがいるの? って聞かれるくらいお腹が大きくて、食べられちゃうんじゃないかって思うくらい大きな口を開けて笑う先生。大好きだった」
「そう……っか」
「妬かないのね」
「え?」
「私の初恋を聞いても妬かないのね!」
いや、妬く要素あったか?
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