復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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番外編*甘いお仕置き

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「はぁ~~~」

 両肘を机に突いて、組んだ両手を額に当てる。

「専務。仕事中にため息をつくのはやめてください」

 未だ言われ慣れない、俵の『専務』呼び。

「業務の進行に問題があるのでしたら、やはり早急に秘書を――」

「――それは、まだいい」

 専務と広報部部長を兼任している俺は、秘書を置いていない。

 俵は早く秘書を就かせたいらしいが、断っている。

 急な専務交代と専務秘書退職で、秘書課も人員の補充ができていないし、今の秘書課の面々は、長く就いている重役がいるから、交代は簡単ではない。

 俺は専務としての仕事もさほどないし、必要に応じて俵が就いてくれているから、今は十分だ。

 とはいえ、俵の仕事量を考えると、いつまでもというわけにはいかない。

「つーか、ため息の理由をわかってるだろ」

「専務、今は――」

 タイミングよく、昼休憩を告げるチャイムが鳴る。

「――休憩だ」

 俵がふぅっと息を吐くと、親指と人差し指で眼鏡のブリッジを上げた。

「梓ちゃんには?」

「おい」

「休憩中だろ?」

「だとしても、だ」

 何度言っても、俵の『梓ちゃん』呼びは変わらない。欣吾も、だ。



 俺の嫁を馴れ馴れしく呼びやがって!



「で? 言ったのか?」

「いや」

「言うつもりは?」

「……」

「社長秘書として寿々音さんのお世話もしてきた俺が、臨時専務秘書として梓ちゃんのお世話もしてやろうか?」

 俵が言うと、冗談に聞こえない。

 いや、きっと冗談のつもりはない。

「秘書としてって言うなら、俺をこの業務から外して――」

「――ご指名だ」

「俺はホストか!」

「あちらにとっては、同じだろ」

「お前が代わりに――」

「――相手は社長だぞ。臨時専務秘書の対応じゃ失礼だ」

「なら、副社長か――」

「――往生際が悪い!」

 容赦なく言い捨てられて、俺はまたため息をつく。

「腹を括って梓ちゃんに話せ。で、堂々と挑め。たとえ相手が元カノでも」

 俵が器用に片方の口角を上げ、あからさまに鼻で笑って出て行った。



 くそっ――!

 人ごとだと思って面白がって!



 俺はノートパソコンを少し乱暴に閉じて、立ち上がった。

 足早に廊下を闊歩し、エレベーターを待たずに階段を使う。

 目的の階のドアを開けようとノブに手をかけた時、スマホが鳴った。ジャケットのポケットから取り出す。

【調子が悪いから、帰ります】

 梓からのメッセージ。

 すぐに電話をかけると、最初の呼び出し音の途中で止んだ。

『もしもし?』

 小さくて、低い声。

「梓? 調子悪いって、大丈夫か? 熱は?」

『大丈夫』

「大丈夫じゃないから早退したんだろ? まさか、電車で帰るつもりじゃ――」

『――タクシー、乗った』

 余程つらいのだと思う。

「俺もすぐに――」

『――会食があるって言ってたでしょ? 私は、ほら、いつものことだから、大丈夫。薬もあるし、寝てれば治る』

 言いにくそうなところを見ると、生理痛か。



 そういや、月末か……。



「早めに帰るから、買い物あったらメッセージ入れといて」

『うん』



 これは、言えそうにないな。



 俺はドアに背中を預け、今下りてきた階段を見上げた。

「愛してるよ、梓」

『なに!? どうしたの?』

 誰に聞かれているわけでもないのに慌てる梓が可愛い。

 思えば、結婚してからはベッド以外で愛を囁くことが減った。

 結婚前が必死だったとも言えるのだが。

「なにも? マジで、早く帰るから」

『……うん?』



 帰ってから話すか。



 会食の相手が元カノだなんて、体調が悪い妻に言うことじゃない。

 お決まりの展開だが、その判断が間違いだったと知るのは、後のことだった。

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