184 / 208
番外編*甘いお仕置き
2
しおりを挟む*****
俵に堕とされなかった女が、一人だけいる。
正確には、俵が堕とそうとしなかった女。
俵曰く、奴も生理的に受け付けない女。
いや、負け惜しみだろう。
初対面で『自分に堕とせない女はいない、とか自惚れてたりする?』と笑われたから。
俺たちより五歳年上の倉木美花《くらきみはな》とは、企業の後継者たちが集うパーティーで出会った。
商社系デベロッパーの倉ビルの創業者一族の彼女には年の離れた弟の付き添いで来ていた。
彼女は優秀だった。優秀過ぎるほど。
だが、旧時代的な考えの彼女の父親は、娘の優秀さを『小賢しい』と言い捨てた。
どうしても後継者が欲しい父親は、彼女の母親を捨て、若い女と再婚した。
それが、弟の母親。
そんな話を聞いたのは、何度目かの食事の後の、何度目かのセックスの後だった。
彼女は父親に認められたかった。
だから、俺にあるビジネスを持ちかけた。
当時、営業部にいた俺は彼女の提案に乗り、成功と共に別れた。
「ご結婚、おめでとう」
五年前と変わらない、自信に満ちた微笑みで、彼女は言った。
「ありがとうございます。倉木社長」
俺は恭しく頭を下げた。
「そんな他人行儀に呼ばなくてもいいじゃない? 皇丞」
「他人でしょう?」
「夫婦だって、元は他人だわ」
「元は、です」
「あら。奥様に夢中だって噂は本当だったのね」
倉木社長は、なぜかとても嬉しそうに笑う。
倉木社長は、俺と別れた後に結婚し、離婚と同時に社長に就任した。
社長就任が決まって不要となった夫を捨てたのだと噂に聞いたが、真意を訊ねるつもりはない。
彼女が野心家なのは知っているし、噂が事実でも俺には関係ない。
「部下ですって? 本当に意外だわ」
「私もです。人の感情はどこでどう変わるかわからないものですね」
皮肉を込めて言った。
それは伝わっただろう。
その証拠に、彼女の俺を見る目が冷ややかだ。
「ぜひ、お会いしたいわ。結婚願望のなかったあなたを、そこまで本気にさせた女性に」
口元は笑っているのに、目は無感情。
この女に梓を会わせるなんて、冗談じゃない。
「残念ながら――」
「――こちら、二年後に完成予定のショッピングモールとそこに直結するマンションの企画書です。既に告知しているように、マンションの購入者には特典として家具の購入割引があるの。その家具をトーウンコーポレーションに開発してもらいたい」
急に話が変わり、倉木社長がテーブルに冊子を置いた。
表紙には、何も書かれていない。
俺はその冊子を手に取り、ページをめくる。
「既存のラインではなく?」
「ええ。倉ビルの為だけの高級ラインを。それも、部屋の規格に合わせてのサイズ展開と、カラーバリエーションは最低でも五色。多ければ多い方が良い」
ペラペラと企画書をめくり、予算案のページで手を止めた。
詐欺を疑うほど十分な開発予算。
「なぜ、トーウンコーポレーションにこの話を? 懇意にしているメーカーがありますよね?」
「ああ。元夫のことを言っている?」
彼女は離婚後も、元夫の実家である家具メーカーとの契約を切らなかった。
円満離婚のアピールかと思っていたが、共同開発した単身者向け家具付き低価格マンションが好評に終わり、この利益が離婚の条件だったのかもしれない。あくまで、憶測だが。
「いつも同じじゃつまらないでしょう?」
「いつも、じゃなくても、我が社とも組んだ過去がありますが?」
「確かな実績があるのも、強みだわ」
まったく。
五年経っても相変わらずだ。
過去の俺は、こうして対等に、時に上からの裏のない会話を楽しんでいた。
新鮮だったからだろうが、俺の肩書に興味のない彼女と一緒にいるのは、とても楽だった。
「企画書はお預かりしても? 持ち帰って検討します」
倉木社長が、瞬きと同時に目を見開いた。
「あら、意外」
過去の俺と比べているのだろう。
五年前の共同プロジェクトの際は、二つ返事で了承した。
当時の俺には決定権はなかったが、父親にごり押ししてでも企画を通す意気込みがあった。
今思うと、若さゆえの……いや、やけくそだったな。
「ご存じの通り、就任して日も浅く、何の権限も持ち合わせていない穴埋めの兼業専務ですから」
ふふっと笑いながら、彼女が記憶と変わらないショートウルフの黒髪を指で梳き上げた。
その仕草に色っぽさを感じた頃が懐かしい。
と同時に、梓の髪に指を通した感触を思い出す。
女性にしては硬めの髪質を気に入っていると言った、倉木社長。
柔らかくてパサつくのが嫌だと言う、梓。
「猶予は?」
「トーウンさんからのお返事は、一週間以内に欲しいわね」
トーウンさん『からの』ねぇ……。
「承知いたしました」
企画書をしまおうと足元のバッグを膝にのせた。
すると、倉木社長は真っ白い封筒を差し出した。今度はテーブルに置かず、真っ直ぐ手を伸ばしている。
「こちらも、ご一緒に」
「なんでしょう?」
上質で厚手の封筒は、結婚式やパーティーの招待状らしい。
「来週末、我が社の創立五十周年記念パーティーを開くの」
五十周年記念……。
「それは、おめでとうございます」
にこりと微笑みながら、胸の内では舌打ちしていた。
普通はひと月以上前に渡すだろ。
「お渡しするのが遅くなってごめんなさいね? どうしても直接お渡ししたかったの」
わかりやすい、含みのある微笑み。
俺は封筒に手を伸ばした。
「社長のスケジュールを確認の上、早急にお返事を――」
「――東雲専務ご夫妻でお席を用意させていただいております。ぜひ、奥様とご一緒にいらしてください」
喉元まで出かかったため息を飲み込み、素早く封筒を彼女の手から抜き取る。
「当日、お会いできるのが楽しみだわ」
どうあっても梓に会いたいらしい。
俺は招待状を握り潰したい衝動を抑えて、立ち上がった。
1
お気に入りに追加
561
あなたにおすすめの小説

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました
瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。
出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜
泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。
ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。
モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた
ひよりの上司だった。
彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。
彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……
捨てられた花嫁はエリート御曹司の執愛に囚われる
冬野まゆ
恋愛
憧れの上司への叶わぬ恋心を封印し、お見合い相手との結婚を決意した二十七歳の奈々実。しかし、会社を辞めて新たな未来へ歩き出した途端、相手の裏切りにより婚約を破棄されてしまう。キャリアも住む場所も失い、残ったのは慰謝料の二百万だけ。ヤケになって散財を決めた奈々実の前に、忘れたはずの想い人・篤斗が現れる。溢れる想いのまま彼と甘く蕩けるような一夜を過ごすが、傷付くのを恐れた奈々実は再び想いを封印し篤斗の前から姿を消す。ところが、思いがけない強引さで彼のマンションに囚われた挙句、溺れるほどの愛情を注がれる日々が始まって!? 一夜の夢から花開く、濃密ラブ・ロマンス。
御曹司の極上愛〜偶然と必然の出逢い〜
せいとも
恋愛
国内外に幅広く事業展開する城之内グループ。
取締役社長
城之内 仁 (30)
じょうのうち じん
通称 JJ様
容姿端麗、冷静沈着、
JJ様の笑顔は氷の微笑と恐れられる。
×
城之内グループ子会社
城之内不動産 秘書課勤務
月野 真琴 (27)
つきの まこと
一年前
父親が病気で急死、若くして社長に就任した仁。
同じ日に事故で両親を亡くした真琴。
一年後__
ふたりの運命の歯車が動き出す。
表紙イラストは、イラストAC様よりお借りしています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる