復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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番外編*甘いお仕置き

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 俵に堕とされなかった女が、一人だけいる。

 正確には、俵が堕とそうとしなかった女。

 俵曰く、奴も生理的に受け付けない女。

 いや、負け惜しみだろう。

 初対面で『自分に堕とせない女はいない、とか自惚れてたりする?』と笑われたから。

 俺たちより五歳年上の倉木美花《くらきみはな》とは、企業の後継者たちが集うパーティーで出会った。

 商社系デベロッパーの倉ビルの創業者一族の彼女には年の離れた弟の付き添いで来ていた。

 彼女は優秀だった。優秀過ぎるほど。

 だが、旧時代的な考えの彼女の父親は、娘の優秀さを『小賢しい』と言い捨てた。

 どうしても後継者息子が欲しい父親は、彼女の母親を捨て、若い女と再婚した。

 それが、弟の母親。

 そんな話を聞いたのは、何度目かの食事の後の、何度目かのセックスの後だった。

 彼女は父親に認められたかった。

 だから、俺にあるビジネスを持ちかけた。

 当時、営業部にいた俺は彼女の提案に乗り、成功と共に別れた。

「ご結婚、おめでとう」

 五年前と変わらない、自信に満ちた微笑みで、彼女は言った。

「ありがとうございます。倉木社長」

 俺は恭しく頭を下げた。

「そんな他人行儀に呼ばなくてもいいじゃない? 皇丞」

「他人でしょう?」

「夫婦だって、元は他人だわ」

「元は、です」

「あら。奥様に夢中だって噂は本当だったのね」

 倉木社長は、なぜかとても嬉しそうに笑う。

 倉木社長は、俺と別れた後に結婚し、離婚と同時に社長に就任した。

 社長就任が決まって不要となった夫を捨てたのだと噂に聞いたが、真意を訊ねるつもりはない。

 彼女が野心家なのは知っているし、噂が事実でも俺には関係ない。

「部下ですって? 本当に意外だわ」

「私もです。人の感情はどこでどう変わるかわからないものですね」

 皮肉を込めて言った。

 それは伝わっただろう。

 その証拠に、彼女の俺を見る目が冷ややかだ。

「ぜひ、お会いしたいわ。結婚願望のなかったあなたを、そこまで本気にさせた女性に」

 口元は笑っているのに、目は無感情。

 この女に梓を会わせるなんて、冗談じゃない。

「残念ながら――」

「――こちら、二年後に完成予定のショッピングモールとそこに直結するマンションの企画書です。既に告知しているように、マンションの購入者には特典として家具の購入割引があるの。その家具をトーウンコーポレーションに開発してもらいたい」

 急に話が変わり、倉木社長がテーブルに冊子を置いた。

 表紙には、何も書かれていない。

 俺はその冊子を手に取り、ページをめくる。

「既存のラインではなく?」

「ええ。倉ビルの為だけの高級ラインを。それも、部屋の規格に合わせてのサイズ展開と、カラーバリエーションは最低でも五色。多ければ多い方が良い」

 ペラペラと企画書をめくり、予算案のページで手を止めた。

 詐欺を疑うほど十分な開発予算。

「なぜ、トーウンコーポレーション我が社にこの話を? 懇意にしているメーカーがありますよね?」

「ああ。元夫のことを言っている?」

 彼女は離婚後も、元夫の実家である家具メーカーとの契約を切らなかった。

 円満離婚のアピールかと思っていたが、共同開発した単身者向け家具付き低価格マンションが好評に終わり、この利益が離婚の条件だったのかもしれない。あくまで、憶測だが。

「いつも同じじゃつまらないでしょう?」

「いつも、じゃなくても、我が社とも組んだ過去がありますが?」

「確かな実績があるのも、強みだわ」

 まったく。

 五年経っても相変わらずだ。

 過去の俺は、こうして対等に、時に上からの裏のない会話を楽しんでいた。

 新鮮だったからだろうが、俺の肩書に興味のない彼女と一緒にいるのは、とても楽だった。

「企画書はお預かりしても? 持ち帰って検討します」

 倉木社長が、瞬きと同時に目を見開いた。

「あら、意外」

 過去の俺と比べているのだろう。

 五年前の共同プロジェクトの際は、二つ返事で了承した。

 当時の俺には決定権はなかったが、父親にごり押ししてでも企画を通す意気込みがあった。



 今思うと、若さゆえの……いや、やけくそだったな。



「ご存じの通り、就任して日も浅く、何の権限も持ち合わせていない穴埋めの兼業専務ですから」

 ふふっと笑いながら、彼女が記憶と変わらないショートウルフの黒髪を指で梳き上げた。

 その仕草に色っぽさを感じた頃が懐かしい。

 と同時に、梓の髪に指を通した感触を思い出す。

 女性にしては硬めの髪質を気に入っていると言った、倉木社長。

 柔らかくてパサつくのが嫌だと言う、梓。

「猶予は?」

「トーウンさんからのお返事は、一週間以内に欲しいわね」



 トーウンさん『からの』ねぇ……。



「承知いたしました」

 企画書をしまおうと足元のバッグを膝にのせた。

 すると、倉木社長は真っ白い封筒を差し出した。今度はテーブルに置かず、真っ直ぐ手を伸ばしている。

「こちらも、ご一緒に」

「なんでしょう?」

 上質で厚手の封筒は、結婚式やパーティーの招待状らしい。

「来週末、我が社の創立五十周年記念パーティーを開くの」



 五十周年記念……。



「それは、おめでとうございます」

 にこりと微笑みながら、胸の内では舌打ちしていた。



 普通はひと月以上前に渡すだろ。



「お渡しするのが遅くなってごめんなさいね? どうしても直接お渡ししたかったの」

 わかりやすい、含みのある微笑み。

 俺は封筒に手を伸ばした。

「社長のスケジュールを確認の上、早急にお返事を――」

「――東雲専務ご夫妻でお席を用意させていただいております。ぜひ、奥様とご一緒にいらしてください」

 喉元まで出かかったため息を飲み込み、素早く封筒を彼女の手から抜き取る。

「当日、お会いできるのが楽しみだわ」

 どうあっても梓に会いたいらしい。

 俺は招待状を握り潰したい衝動を抑えて、立ち上がった。

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