復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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14.罠の行方

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 ピーッと電子音がして、目の前のドアのロックが解除された。

 俺は勢いよく開けると、猛ダッシュでエレベーターまで行き、子供がいたずらするかのようにボタンを連打した。

 そうしたから早く来るわけじゃない。

 わかっているが、じっとしていられなかった。

 俺の焦りをせせら笑うかのようにのんびりと降りてきて、ゆっくりと開く扉に、また苛立つ。

 ようやく俺を梓の元へと運ぶ気になった箱の中で、俺はふぅっと息をついた。

 暑い。

 東北から着てきたウールのコートを脱ぎ、腕にかけた。ネクタイも緩める。

 喉が渇いた。

 ンッンッと喉を鳴らす。

 エレベーターが目的の階に到着し、お手並み拝見とでも言いたげに陽気な電子音を奏でた。

 走らなかった。

 走れなかった。

 プロポーズした時、人生でこれ以上緊張することなんてないと思った。

 なのに、ひと月もしないで上回る緊張を強いられるとは。

 心臓がやけに激しく血液を循環させる。

 暑くてコートを脱いだはずなのに、指先が冷たい。

 あんなに急いでいたはずなのに、足が重い。

 だからと言って、歩く速さに変わりはない。

 玄関前のインターフォンを押そうとした時、ドアが開いた。

「梓っ」

 思わずドアに手をかけ、大きく開く。

 梓が反射的に後退る。

「あず――」

「――まだかかるって聞いてたけど、出張」

 低く落ち着いた声に、拒絶の色が見えた。

 帰って間もないのか、彼女はまだ着替えていないし、疲れた顔をしている。

 頬に手を伸ばしても、今はきっと触れさせてもらえないだろう。

 喜んでもらえる状況でないのはわかっているが、目も合わせてもらえないのはさすがに堪える。

「明日には戻らなきゃいけない」

「……そう」

「どうしても、話したくて」

「なにを?」

 開け放ったドアから冷たい空気が部屋に流れ込む。

 梓が片手でもう片方の腕をさする。

 寒いのだろうとドアを閉めた。と同時に、梓がまた一歩下がった。

「梓――」

「――部屋には入れないわよ」

 冷ややかな声に、俺の方が後退りたくなる。が、ドアはすぐ後ろでそれはできない。

「俺が出張に出た日、俺と天谷の話を聞いたんだろう?」

 素早く頷く。

「ボイスレコーダーも」

 もう一度、頷く。

「誤解だ」

「なにが?」

「俺は林海に天谷を誘惑するように指示したりしていない」

「……否定しなかったわ」

 確かに、しなかった。

 天谷にも、林海きらりにも。

「ムキになるようなことじゃなかったからだ。林海と天谷にどう思われていても、気にならない」

「そもそも、どうしてそう誤解させることになるの!? きっかけがなければ――」

「――それはっ!」

 つい大声が出てしまい、ハッとして手で口を覆う。

 ゆっくり深呼吸をする。

「俺は、林海が天谷を狙っていると知っていて、止めなかっただけだ」

「知って……た?」

 ゆっくりと梓の視線が俺を捉える。

 十日ぶりに、互いの姿を互いの瞳に映した。

 今の俺は、彼女にはどんなふうに見えているのだろう。

「ああ。そもそも林海が社内に相手のいる男ばかりに手を出していたのは、俺にフラれた腹いせからだった。自分はこんなにいい女なのに、とかなんとか言って」

 男を堕とすたびに自慢気に報告してきたが、俺は無関心、無関係を貫いた。

 事実、俺は無関係だったし、どうでも良かった。

「だが、社内で騒ぎを起こしまくるってのは、上司の監督責任が問われる。だから、最後通告をした。バカな真似はやめて、真面目に働けと。働く気がないなら、辞めろと。だいぶ、強く言った」

 ちょうどその頃、俺は苛立っていた。最高に。だから、言い過ぎるほど、言った。

「しばらくは大人しくしていたと……見えた。だが――」

「――直を誘惑していた?」

 少し迷って、頷いた。そのまま、視線を落としたまま、続ける。

「卑怯なのはわかっていた。でも、チャンスだと思った」

「なに……が?」
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