復讐溺愛 ~御曹司の罠~

深冬 芽以

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13.御曹司の罠

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 きらりの机を片付けるように指示したのは、皇丞ではなく彦谷部長だった。

 たった一晩で、急に背中が丸くなった気がする。

「私物は専務のご自宅にお送りして」

 そう言うと、深いため息を残して部屋を出て行った。

「もう専務じゃないけどね」

 平井さんが頬杖をついて言った。

 昨日の会議の後、社内は兼子さんが送ったメールで騒ぎになっていた。

 しっかり見てしまった人、まったく見ていない人、見ている最中に消された人。

 しっかり見てしまったのはデスクワークの人が多く、噂は瞬く間に広まった。

 昨日、きらりの荷物を取りに来たのは直だったらしい。

 ついでに引き出しを開けて、見るからに私物らしいものはバッグに詰め込んでいたと聞いた。

 だからか、きらりの机の中に、自宅に送るべきものはさほどない。

 昨日、私は平井さんと山倉さんに会議でのことを話した。

 もちろん、皇丞の許可を得て。

 広塚家具の電話を私の名前で受けた上、平井さんのパソコンを操作してメールを削除したのがきらりである証拠があること、私の担当を外そうと圧力をかけたのが林海専務であること、きらりの妊娠は嘘だったこと。

 二人とも、特に驚きもせずに聞いていた。

 そして、二人とも兼子さんのメールを開いていた。

 動画のファイルはウイルスでもあったらと開かなかったという。

「兼子さんのしたことはえげつないけど、自業自得よね」

 平井さんは、少し困ったようにも悲しそうにも見える表情で、言った。

 どちらがより悪いかなんて、誰にも決められない。

 人の心の痛みは、他人には量れないから。

「木曽根さんの担当してた仕事ってどうなるんでしょうね」

 きらりの荷物を片付けていた私は、山倉さんの言葉に顔を上げた。

「戻すんでしょ?」と、平井さん。

「いいえ」と私は言った。

「外れた案件には戻らないつもりです」

 今朝、電車の中で皇丞に聞かれて、そう答えてあった。

 昨日のうちに話すつもりが、プロポーズの興奮のままベッドに潜ったものだから、今朝も時間ギリギリに起きて、思い出したのが電車の中だったそう。

 林海専務が私の担当外しに動いた会社には、副社長が謝罪に行くことになった。それにあたって、私に担当に戻る気があるかと聞かれたのだ。

 何度も担当が変わるのは、先方の担当者も混乱するし気まずいだろうと思う。だから、戻らない方がいいだろう。

 私は思ったままを伝え、皇丞も納得してくれた。

「平井さんと山倉さんには申し訳ないんですけど……」

 二人の負担が増えたままなのが、本当に申し訳ない。

「新規が入るまでは『HOME+@』に専念?」

「そうさせてもらえたら」

「確かに、担当変更の挨拶に行ったばかりですしね」

「しばらく新規が入らないのは、有難いかも」

 二人には、いつも本当に助けられている。

「お詫びに奢ります。食事に行きません?」

「そんな、気を遣わなくても――」

「――いいの? ありがとう!」

 遠慮しようとした山倉さんを押し退け、平井さんがずいっと顔を寄せる。

「焼肉食べたい! 梓ちゃんと俵さんが食べてる写真見て、食べたくていたの」

「平井さん! いつも俺に空気読めとか言いますけど、自分だって読めてないじゃないですか!」

「ばっかねぇ。気を遣うようなことじゃないでしょ。梓ちゃんにやましいことがないんだし、なにより、兼子さんときらりのやらかしたことが酷すぎて、みんな忘れてるわよ」

 平井さんの言う通りだ。

 今朝の社内は、私への好奇の視線より、同情の視線の方が多い気がした。

 実際はどんな気持ちで見られているかなんてわからないけれど、私を見て笑いながらヒソヒソ話すような人はいなかったように思う。

 まったく、人のうわさ話に盛り上がる余裕があるなんて、平和な会社だ。

「どこの焼肉屋さんがいいでしょうね」

「そうねぇ――」

「――あれ? このボイスレコーダー、木曽根さんのじゃないですか?」

 山倉さんがきらりの机の引き出しから、見覚えのあるボイスレコーダーを見つけた。

 確かに、私の物のようだ。

 印にと貼っておいたシールが証拠だ。



 なんで林海さんの机に……?



「林海さんがレコーダーを使ってるのなんて、見たことないわよね」

「確かに」

「嫌がらせのつもりで取ったとか?」

「ボイスレコーダーを?」

「落ちてたから拾っておいたとか」

「ま、正解はわからないですし。はい」

 山倉さんに差し出されたレコーダーを受け取る。

 私は同じボイスレコーダーを二つ持っていて、交互に使うようにしているから、ひとつがなくてもすぐに気づかなかったのだろう。

 最近はバタバタしていて、使うこともなかった。

 私はレコーダーをバッグに入れ、きらりの荷物の片付けを続けた。
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